小水路においてメダカが高い選好性を示す底質条件

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要約

水田に隣接するコンクリート小水路を想定し、底質に対するメダカの遊泳時の選好性を評価した、流速約6~15cm/sの本実験によれば、底泥のみ、擬似植生のみの空間に比べ底泥かつ擬似植生の存在する空間への選好性が安定的に高い。

  • 担当:農業工学研究所・農村環境部・生態工学研究室
  • 代表連絡先:0298-38-7686 Mail Address
  • 区分:研究
  • 分類:参考

背景

水田に隣接する小水路ではコンクリート素材の利用が多くみられるようになり、底質などの物理環境が大きく変化してきた。水田域に生息し、産卵や成長に応じて移動・分散するメダカにとって小水路は重要な空間である。メダカのコンクリート小水路の利用可能性を考えるため、メダカの遊泳行動時の底質に対する選好性を実験的に評価する。

成果の内容・特徴

  • 屋外に造成したコンクリート製実験水路内に金網で仕切った4つの領域を設け、泥、植生の有無を想定した(1)擬似植生区、(2)擬似植生+底泥区、(3)底泥区、(4)対照区の各実験区を設置した(図1)。金網の堰上げによる流れの違い(流速は約6~15cm/sの範囲)や上流側の実験区からの影響等を考慮し、実験区の配置順を替えた計4ケースの実験を行った(図2)。各実験区において、上・下流端からメダカ成魚10個体ずつを放流し、30分経過ののち各区間への分布個体数を約30分ごとに目視観測した(図1)。
  • 1つの観測記録ごとに各区間の分布個体数をχ2検定により比較し、分布個体数が有意(5%水準)に大きな一つの区間をメダカが集中している区間とした。全212回の観測記録のうち、メダカの集中がみられなかったのは21回のみであった。
  • 領域ごとに観測記録回数に対する各区間への集中割合を求めた。配置位置が領域1の場合には底質条件区間への集中割合が、また領域1以外の場合にはコンクリート区間Bへの集中割合が最も高かった。金網での堰上げにより流速は領域1で最も遅く、最上流にあるか否かがメダカの行動に影響を与えたためと考えられた。領域1の場合と領域1以外の場合を区別して底質条件区間への集中割合により選好性を評価した(図3)。
  • 集中割合を相互比較すると、その傾向について次のように述べることができる。領域1の場合底泥区および擬似植生+底泥区で集中割合が高い。共通点は底泥で、領域1では底泥が存在する空間への選好性が高いことを示す。領域1以外の場合擬似植生+底泥区および擬似植生区で集中割合が高い。共通点は擬似植生で、領域1以外では植生が存在する空間への選好性が高いことを示す。領域1と領域1以外の場合で選好性の高い底質条件が異なる理由は本実験のみでは明らかでないが、流れからの待避や泥による保護色の効果などが予想される。ここで、擬似植生+底泥区では領域1および領域1以外の場合共に集中割合が高く、泥が堆積しかつ植生が存在する空間に対する選好性が安定的に高いことが明らかとなった。

成果の活用面・留意点

メダカのコンクリート小水路の利用可能性について限定的条件下で検討したものであり、活用に際しては流速、水深や水質などの条件を含めた総合的な検討が必要である。

具体的データ

図1 実験水路、実験区の種類と各部の名称および個体数分布の観測方法
図1 実験水路、実験区の種類と各部の名称および個体数分布の観測方法

図2 実験区の配置順の入れ替えと実験条件
[流量:3l/s、水温:平均28°C、流速:6.1~15.1cm/sの範囲(平均8.2cm/s)]
1日に1ケースずつ実施(2001年8月下旬)

図2 実験区の配置順の入れ替えと実験条件

図3 底質条件に対するメダカの選好性
図3 底質条件に対するメダカの選好性

その他

  • 研究課題名:環境条件の相違に対する小魚類の選好性・適応性の解明
  • 中期計画大課題名:水田及び農業水路等が持つ生物相保全機能の評価及び水田を中心としたビオトープ・ネットワーク形成要件の解明
  • 予算区分:交付金研究
  • 研究期間:2001~2003年度
  • 研究担当者:竹村武士・奥島修二・山本勝利・小出水規行・端 憲二
  • 発表論文等:1)竹村武士・小出水規行・奥島修二・山本勝利・加藤 敬、小水路の物理環境とメダカの群泳について(流速と底質を環境因子とした実験から)、農業工学研究所技報第201号、37-45、2003
    2)竹村武士・小出水規行・奥島修二・山本勝利・加藤 敬、メダカの群泳を可能とする小水路の物理環境、第3回自然環境復元研究発表会発表要旨集、13-18、2002