ユスリカ類の炭素安定同位体比を利用した農業水路の生物生息環境の把握

要約

農業水路に頻出する水生動物のうちコカゲロウ類は主に藻類を餌としているが、ユスリカ類は陸起源有機物を主な餌としている。ユスリカ類の炭素安定同位体比は、流速や水深と非常に強い相関があり、農業水路などにおける生息場所の多様性の指標となる。

  • キーワード:環境配慮対策、流速、水深、環境指標性、水生昆虫
  • 担当:農工研・農村環境部・生態工学研究室
  • 代表連絡先:電話029-838-7685
  • 区分:農村工学
  • 分類:研究・参考

背景・ねらい

水域における流速や水深などの物理的環境因子は、水生生物の生態に直接的に影響するだけでなく、土砂の堆積や植生の発達など、水生生物の分布を決定しうる生息場所の多様化に貢献する重要な因子である。しかし農業水路においてはこれら環境因子と生息場所の多様性の関係は明らかでなく、また生息場所の多様性の評価手法も開発されていない。
安定同位体比とは、同位体(原子番号が同じで質量数が異なる物質)のうち放射壊変をしない安定同位体が存在する比率を、標準物質との偏差(‰)で表したものである。動物の炭素安定同位体比(δ13C)は、餌とする有機物のδ13Cに近い性質を持つことから、窒素安定同位体比とともに食物連鎖の系統解析に用いられている。生息環境が多様であれば食物連鎖を通じた物質フローも複雑であり、環境の多様さは生物のδ13C分布に影響を与えていると考えられる。このような安定同位体比の特徴を利用した、生息場所の多様性評価手法の開発にむけて、農業水路に生息する水生昆虫の炭素安定同位体比と物理的環境因子との関係を明らかにしたうえで、水路内の生息環境を把握する。

成果の内容・特徴

  • 国営いさわ南部地区の原川排水路の、工法の異なる3つの環境配慮区間(二面張り水路の標準断面区間、拡幅した幅広水路、水路底を急勾配とした急流落差工)で採取したコカゲロウ類のδ13Cは陸起源有機物より低い値を示し、しかも生息場所により異なる値を示すため藻類を主な餌としていることがわかる(図1)。δ13Cの生息地による違いがハビタットの環境要因によるものか、光合成基質である溶存態無機炭素のδ13Cの違いによるものか判別できないので、生息場所の環境の違いをうまく表現し得ない。
  • 一方、これら3区間で採捕したユスリカ類のδ13Cの標準偏差と流速の標準偏差の間にr=0.99(p<0.05)の非常に強い正の相関がみられる。3区間のユスリカ類のδ13C はC3植物の値に近いが、幅広水路上流の二面張り区間のうち、堆積した土砂を浚渫した区間(環境条件がこれら3区間より単純と考えられる。以下、浚渫区間とする)で採取されたユスリカ類のδ13Cはかなり高い値を示す。これは浚渫直後から生育したC4植物(δ13Cはイネや樹木などC3植物より高い)の影響と考えられる。3区間、浚渫区間のいずれにおいても、ユスリカは陸起源有機物を主な餌としていると考えられる。
  • 浚渫区間内の横断面ごとにみると(図3)、ユスリカの平均δ13Cと平均流速との間に非常に強い正の、平均水深との間に非常に強い負の相関がある(表1)。
  • ユスリカのδ13Cにより、流速や水深の多様性、一次消費者群集に対するC4植物の影響など、生息場所の多様性を把握することが出来る。

成果の活用面・留意点

  • この手法は、農業水路などにおける水生昆虫の生息場の多様性評価に利用できる。
  • たとえば魚類の生息するスケールは、本研究で対象とした水生昆虫が依存するミクロな生息場所より大きい。炭素安定同位体比は対象生物の生息空間の多様性を評価するものであり、生物によって評価される生息場所の空間スケールは異なる。

具体的データ

コカゲロウ類のδ13C-δ15N マップユスリカ類のδ13C-δ15N マップ

浚渫区間の調査地点物理的環境因子とユスリカ類のδ13C の相関

その他

  • 研究中課題名:地域資源を活用した豊かな農村環境の形成・管理技術の開発
  • 実施課題名:生物多様性を保全する谷津田流域の整備・管理の特性解明
  • 実施課題ID:421-d-00-004-00-I-10-9415
  • 予算区分:交付金研究
  • 研究期間:2009~2010年度
  • 研究担当者:森 淳、小出水規行、竹村武士、渡部恵司
  • 発表論文等:1) 森ら(2009)平成21年度農業農村工学会学会講演要旨集: 800-801