流域水循環モデルにおける低平水田域の氾濫過程の導入方法

要約

河川の溢水・氾濫を表現する氾濫モデルと、それを導入した流域水循環モデルの構築手法である。氾濫過程を導入した流域水循環モデルにより、大規模で長期間におよぶ氾濫の全体像が把握でき、出水のピーク流量および発生時期の再現性が向上する。

  • キーワード:低平地水田、氾濫、流域水循環モデル、リモートセンシング、数値標高データ
  • 担当:基盤的地域資源管理・用排水管理
  • 代表連絡先:電話 029-838-7538
  • 研究所名:農村工学研究所・水利工学研究領域
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

低平水田地帯では、河川からの溢水により大規模で長期間におよぶ氾濫が頻発する危険性がある。これまで提案してきた流域水循環モデル(1~10kmのメッシュごとに流出、水田作付・用水配分等を表現するモデル)では河道からの氾濫を表現できず、湛水による農地被害や排水リスクの評価は残された課題となっている。そこで、氾濫域を一つの遊水池として扱う氾濫モデルを構築するとともに、それを導入した流域水循環モデルを提案する。さらに、氾濫解析を行うために必要な数値標高データ(DEM)が量・質ともに限られる地域に提案したモデルを適用するために、リモートセンシングを応用したDEMの有効性も検討する。

成果の内容・特徴

  • 構築する氾濫モデルでは、まず氾濫域への流入量および氾濫域下流端からの流出量により氾濫域の貯留量を日単位で計算する。次に、貯留量と氾濫域の水位の関係を表す関数(水位-貯留量曲線)により、氾濫量を氾濫水位および面積に換算する。この水位-貯留量曲線を作成する際に、地表測量に基づくDEM(例えばラオス国立地理局提供、図1左)の精度が不十分な場合には、リモートセンシングを利用したDEM(例えばAster GDEM、同図右)を利用することにより精度の向上が期待できる。
  • 氾濫モデルを流域水循環モデルに導入するために、河川と氾濫域のつながりには以下のような仮定をおく。まず、氾濫地点の堤防の高さ(図2(c))を基準として最大通水能力を決定し、流域水循環モデルで計算した河川流量が最大通水能力を超えた時点で氾濫計算を開始する。氾濫計算は氾濫水位が堤内地の最低標高(同図(a))を下回るまで行う。また、氾濫計算中の氾濫域からの排水量は、最大河道幅を鉛直方向に延長した領域(図中の濃い青色の部分)を通水断面として計算する。なお、流域水循環モデル上の複数のメッシュに跨がる氾濫域は同一の氾濫水面として表現される。
  • モデルの適用例として、モンスーンアジア域の典型的な低平氾濫河川であるセバンファイ川流域(ラオス)を対象に結果を示す。流域の下流端に氾濫モデルを導入することにより、流域下流部の大規模で長期間にわたる氾濫現象を表現できる。モデルによる計算結果と衛星画像により推定した氾濫域の比較から、流域下流端の一地点に氾濫モデルを導入することにより大規模な氾濫現象の全体像が把握できることが分かる(図3)。
    なお、支流河川(同図中の赤点線枠)にみられる局地的な氾濫の再現性向上のためには、支流河川ごとに氾濫モデルを導入することが有効である。
  • 氾濫の影響を受ける中流の流量観測地点に氾濫モデルを導入することにより、計算流量の再現性、特にピーク流量とその発生時期の再現性が向上する(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 提案するモデルは氾濫リスクが高い日本の低平河川流域に適用できる。さらに、全球で入手可能なDEMを利用することにより、数値標高データの精度が不十分なモンスーンアジア地帯の流域にも広く展開できる。

具体的データ

図1~4

その他

  • 中課題名:地域農業の変化に対応する用排水のリスク評価及び運用管理手法の開発
  • 中課題番号:420a0
  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2010~2012年度
  • 研究担当者:吉田武郎、増本隆夫、堀川直紀、皆川裕樹、工藤亮治
  • 発表論文等:吉田ら(2012)農業農村工学会論文集、281:27-34