プレスリリース
土壌内のミクロスペースをナノテクで再現

- 新技術で線虫の生態研究に貢献 -

情報公開日:2005年2月18日 (金曜日)

独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構中央農業総合研究センター
株式会社 イガデン

要約

線虫の行動を詳細に計測・制御できる、土壌内部のミクロンオーダーの微細空間をモデル化した、世界で初めての"オンチップ型マイクロコズム"を開発しました。
線虫は土壌生態系内で最も生息規模の大きな動物種で、土壌内の物質循環に重要な役割を果たしています。開発した装置の利用により、線虫の生態を明らかにし、食餌・生殖などの行動制御法を確立できれば、環境保全や農作物の安定生産に大きく貢献できるものと期待されます。

本装置実現のポイントは、土壌内部の微細空間モデルを微細加工技術により透明基板上に作製した点にあります。これにより、従来は土壌に遮られて観察が困難であった線虫の行動を、明らかにできるようになりました。
本装置は、「環境省環境技術開発等推進費」による支援のもと、中央農業総合研究センターと株式会社イガデンが共同開発したもので、2月23~25日に東京ビッグサイトで開催される「nano tech 2005(国際ナノテクノロジー総合展)」に出展します。

オンチップ型マイクロコズムとは

「オンチップ化」とは、バイオリアクタなどの反応・検出システムをICサイズの基板上に集積化すること。「マイクロコズム」とは、生態系を小スペースに収めてモデル系として観察するための装置である。

ナノテクノロジーの基盤的技術である微細加工技術を用いて、土壌内部をモデル化した微細空間を透明な基板上に作製することにより、線虫の行動の詳細な計測・制御を実現した。装置の心臓部(微細空間モデルユニット)は直径20mm、厚さ1mmのディスク型基板と微細加工電極基板を貼りあわせたもので、それらの合わせ目に微細空間が形成される(図1)。これを5cm四方の透明な格納容器に収め、観察用のCCD顕微鏡とあわせても15cm角の箱に収まるコンパクトな装置である(図2)。電源内蔵のため、ノートパソコンと接続して屋外でも利用できる。スポイトなどで線虫を微細空間内に注入し、顕微鏡と微細電極により行動を計測・制御できる。

図1 ナノテク要素技術を組み込んだオンチップ型マイクロコズム概念図図2 開発した装置の使い方と仕様

(使用例)
エサとなる物質を微細空間内に置くことで、それを好む線虫グループの同定や分離が可能。同様の手法で、線虫の忌避物質の同定にも利用できる(図3)。

図3 マイクロコズム利用例

オンチップ型マイクロコズム開発の意義

線虫種の中では、分子遺伝学上の研究材料としてC. elegansが有名であるため、線虫は研究し尽くされているかのように見える。しかし、その他多くの線虫種の生態は依然として未解明であり、研究途上にある。線虫は、土壌生態系内で最も生息種数と個体数の大きな動物群であり、「土壌を肥沃にする」と言われるミミズの比ではない。その多くは体長1mm以下、体幅もせいぜい数十μmという微小さながらも、高い運動能力を有し、土壌内の物質循環やバイオマス形成に重要な役割を果たしていると考えられている。その一方で、ある種の線虫は農作物に寄生・加害し、完全に防除することが難しいため、有害動物として世界的に問題視されている。

線虫の生態(行動)解析は、平坦な寒天ゲル等の上に置かれた線虫の行動を顕微鏡で観察・記録して行うのが通例である。しかし、線虫が生息に利用している土壌内部は平坦な開放空間ではなく、数十~数百μmの微細な隙間(すきま)のネットワーク状空間である(図4)。このような微細空間には、特有の物理的特性-水が流動しにくく、物質移動は拡散のみに依存-があり、この特性に大きな影響を受けながら線虫の生態系は成り立っている。したがって、線虫本来の生態を解明・制御するためには、精密に環境条件を計測・制御できる微細空間を用いた研究が必要不可欠となる。

以上のような背景から、本装置により線虫の生態を明らかにし、食餌や生殖などの行動を制御できれば、環境保全や農作物の安定生産に大いに貢献することが期待できる。

図4 オンチップ型マイクロコズム発想の原点

オンチップ型マイクロコズム開発の経緯

平成15年度から2年間の予定で、環境省環境技術開発等推進費による支援のもと、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構中央農業総合研究センターと株式会社イガデンが共同開発に取り組んだ。

本装置実現のポイントは、微細加工技術で作製した透明樹脂製の基板を微細空間モデルとして利用した点にある。この加工技術では、均一な微細構造を精密に作製できるため、微細空間中での行動パターン解析を迅速かつ再現性よく行うことができる、というメリットも生まれた。

今後の予定

株式会社イガデンは、「センチュウチェッカー」の製品名で、4月1日より販売の予定(定価40万円)。土壌生態系の研究用や学校教材用としての利用を見込んでいる。