独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 中央農業総合研究センター北陸研究センター
作物ゲノム育種センター
独立行政法人農業生物資源研究所
クミアイ化学工業株式会社
要約
中央農業総合研究センター北陸研究センター、作物ゲノム育種センター、農業生物資源研究所およびクミアイ化学工業株式会社は、導入遺伝子を可食部で働かせない技術、イネ遺伝子を使った新しい組換え体の選抜技術および野菜から取り出した病気に強い遺伝子などの、我が国独自の遺伝子組換え技術を統合して、複合病害抵抗性が付与された組換えイネ系統の作出に成功しました。本研究成果は、大規模な減農薬栽培を実現する安心な組換えイネの実用化への貢献が期待されるものです。
独自に開発した新技術
安全省力化と減農薬栽培を実現し高品質な米を生産するためには、より安心できる遺伝子組換え技術の開発とともに、病気に強い遺伝子組換えイネ系統の開発が重要な課題です。
本研究では、作物由来の病気に強い遺伝子を用い、抗生物質耐性遺伝子を使用せず、導入遺伝子を可食部で働かせないという発想により、いもち病などのイネの重要病害に抵抗性を示す組換えイネの開発を目指しました。
本研究では、国内で開発された遺伝子組換え体にかかわる様々な新技術を統合することにより(図1)、減農薬栽培を実現する安心な組換えイネの作出が可能になりました。
具体的には、今回の組換えイネは皆さんの安心感に配慮し、導入遺伝子は可食部で働かないように、以下に示した我が国独自の要素技術を主体として作り出したものです。
- 可食部で遺伝子を働かせない技術
- イネ遺伝子を使った新しい組換え体の選抜技術
- 野菜から取り出した病気に強い遺伝子
1)可食部で遺伝子を働かせない技術の詳細
北陸研究センターでは、遺伝子の働きを制御する「スイッチ」の役割を果たすプロモーターをイネから独自に取り出すことに成功し(特許出願中)、可食部で発現しないように工夫しています。
従来は、「導入したい遺伝子」と「組換え細胞を選抜できるマーカー遺伝子」をそれぞれ必要なタイミングで働かせるように工夫したプロモーターの組み合わせはありませんでした。
2)イネ遺伝子を使った新しい組換え体の選抜技術の詳細
安心に配慮した選抜マーカー遺伝子として、イネ由来の除草剤抵抗性遺伝子(自然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子:mALS)を組換え体の選抜に用います。これらの遺伝子を導入したイネ細胞は、mALSの効果により除草剤(ビスピリバックナトリウム塩)を含む培地で生長できるため、非組換え細胞と容易に区別できることを確認しています。
従来の組換え体作出には、微生物等から得た抗生物質耐性遺伝子をマーカー遺伝子として主に用いてきましたが、今回はイネ由来の全く新しい選抜マーカー遺伝子を用いました。
3)野菜から取り出した病気に強い遺伝子の詳細
北陸研究センターでは、複数のアブラナ科野菜からイネに複合病害抵抗性を付与できる抗菌蛋白質ディフェンシン遺伝子を独自に単離してきました。その中から、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子が複合病害抵抗性付与に最も効果の高いことを確認し、本研究に用いています(特許出願公開中:特開2003-88379)。
従来、イネへの病害抵抗性の付与効果が検証されている遺伝子は限られており、しかもそれには既存特許等の問題が残されていました。
新技術の統合による組換えイネの開発
今回作出したイネ組換え体には、イネに複合病害抵抗性を付与できるカラシナ由来の抗菌蛋白質ディフェンシン遺伝子と、特定の除草剤に抵抗性を示すイネ由来の選抜マーカー遺伝子(自然変異型アセト乳酸合成酵素遺伝子:mALS)が組み込まれています。これらの遺伝子を導入したイネ細胞は、mALSの効果により除草剤(ビスピリバックナトリウム塩)を含む培地で生長できるため、非組換え細胞と容易に区別できます。また、ディフェンシンの効果によりイネの最重要病害であるいもち病と白葉枯病に強い抵抗性を示す組換えイネ系統を得ることができます(図2、3)。さらにmALS遺伝子は細胞選抜時、ディフェンシン遺伝子は緑色組織のみで発現し、いずれも可食部で発現しません。
本成果の意義
本成果は、作物由来の導入遺伝子およびプロモーターを用い、導入遺伝子を必要なときにだけ働かせ、可食部で発現させないことで、より安心できる病害抵抗性組換え作物が開発可能なことを具体的に示した初めての成果として、減農薬栽培を実現する安心な組換えイネの実用化への貢献が期待されるものです。
なお本研究は、作物ゲノム育種センター「重点事項研究強化費」、農林水産省交付金プロジェクト研究「遺伝子組換え技術を応用した次世代型植物の開発に関する研究 組換え1系の1 ディフェンシン遺伝子導入による実用的な複合病害抵抗性組換えイネ系統の開発」、農林水産省委託プロジェクト「パイオニア特別研究 バイオテクノロジー分野 いもち病菌等に対するアブラナ科抗菌遺伝子ディフェンシングの活性領域の解析と改変強化による複合病害抵抗性組換えイネ系統の開発」、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構交付金プロジェクト研究「安全性に配慮した実用的な病害抵抗性組換えイネ系統の開発」によって行われました。