プレスリリース
複合性フェロモン剤と土着天敵を活用した「人と環境に負荷の少ない農業(MSA : Minimum Stress Agriculture)」の検証

情報公開日:2003年7月 3日 (木曜日)

要約

独立行政法人農業技術研究機構の中央農業総合研究センター、果樹研究所、野菜茶業研究所は、本年度から民間の交信かく乱剤普及会(信越化学工業、サンケイ化学、八洲化学工業)、公立試験研究機関の福島県果樹試験場、長野県野菜花き試験場、静岡県農業試験場、静岡県茶業試験場との共同研究により、人と環境に負荷の少ない農業(MSA : Minimum Stress Agriculture)の確立に向けて複合性フェロモン剤(複合交信かく乱剤)と土着天敵を活用した害虫防除技術の検証試験を現場で開始することにしました。本試験では、キャベツ、レタス、茶、リンゴ、ナシを対象にして、複合性フェロモン剤を核とし、天敵に影響の少ない選択性殺虫剤を併用した減農薬害虫防除体系の確立を目指します。

1.減農薬技術としての性フェロモン剤と土着天敵利用の重要性

減農薬技術は色々と提案され、試験されていますが、必要な防除を確実に行うという点では信頼度が低いため、農業経営の現場に定着しにくい面がありました。化学農薬に替わる害虫防除技術として、BT毒素形質転換トウモロコシやワタなどが登場しましたが、性フェロモン剤の利用が、その防除効果が高いことと環境負荷が小さいことから改めて見直されつつあります。

性フェロモン剤については、基礎研究から実用化研究まで我が国が世界のトップレベルにあり、生産量も世界一であります。初期の性フェロモン剤は単一種の害虫にしか効果がなかったため、普及に限界がありました。近年、多種の害虫に効果がある複合性フェロモン剤(複合交信かく乱剤)が、世界に先駆け、日本で開発されるようになり、脚光を浴びています。

一方、近年の研究で、自然生態系や農耕地には土着天敵が生存し、害虫の数を制御しており、殺虫剤の安易な使用は知らないうちにこれらの土着天敵の働きを抹殺することにつながっていることが次々と明らかにされてきました。土着天敵に悪影響を及ぼさない選択性殺虫剤を使用することにより、土着天敵を活用した防除体系を組み立てることが重要であります。

2.検証試験の概要

1)キャベツ・レタスの減農薬害虫防除体系の検証

長野県北佐久郡軽井沢町の農家圃場において検証試験を行います。キャベツでは、慣行防除の場合、殺虫剤の散布は定植時に1回、その後1週間ごとに1回、合計で15回ですが、複合交信かく乱剤と選択性殺虫剤を使用することにより、定植時の薬剤処理後4週間程度の防除を不要とし、結球開始期直前頃から殺虫剤散布を10日ごとに1回行い、合計で8回しか散布しない減農薬防除体系を確立します。同様にレタスでは、慣行防除の場合、殺虫剤の散布は定植時に1回、その後1週間ごとに1回、合計で10回ですが、複合交信かく乱剤と選択性殺虫剤の使用により、定植時と結球開始期頃にそれぞれ1回殺虫剤散布を行い、あとは発生状況に応じて1~2回散布を行い、合計で4回以下の減農薬防除体系を確立します。キャベツでもレタスでも、選択性殺虫剤の使用により、寄生蜂やクモなどの土着天敵の働きを活発にすることを目指します。
(試験実施機関:中央農業総合研究センター、長野県野菜花き試験場、交信かく乱剤普及会)

2)茶の減農薬害虫防除体系の検証

鹿児島県枕崎市別府にある野菜茶業研究所枕崎場内の圃場と静岡県榛原郡榛原町の農家圃場において検証試験を行います。チャハマキとチャノコカクモンハマキに対しては交信かく乱剤を利用し、新芽加害性害虫(チャノミドリヒメヨコバイとチャノキイロアザミウマ)に対しては天敵類への影響の少ない選択性殺虫剤を散布することによって、各種土着天敵を保護した防除体系を確立します。また、この防除体系により、土着天敵の働きが活発化して難防除害虫クワシロカイガラムシの発生が抑えられることを検証し、農薬散布をさらに少なくした防除体系を開発します。
(試験実施機関:野菜茶業研究所、静岡県農業試験場、静岡県茶業試験場、交信かく乱剤普及会)

3)リンゴの減農薬害虫防除体系の検証

福島県福島市飯坂町の農家圃場と福島県果樹試験場内の圃場において検証試験を行います。シンクイムシ類・ハマキムシ類に対しては複合交信攪乱剤を利用し、アブラムシ類とハダニ類の防除には6月中旬に選択性殺虫剤を散布することによって、各種土着天敵を保護した防除体系を確立します。さらに、6月下旬に環境負荷の少ないデンプンを有効成分とする薬剤を追加散布し、アブラムシ類の防除効果と土着天敵への影響を評価します。
(試験実施機関:果樹研究所、福島県果樹試験場、交信かく乱剤普及会)

4)ナシの減農薬害虫防除体系の検証

福島県福島市野田町の農家圃場と福島県果樹試験場内の圃場において検証試験を行います。シンクイムシ類・ハマキムシ類に対しては複合交信攪乱剤を利用し、アブラムシ類の防除には5月中下旬に天敵ショクガタマバエを放飼して密度抑制を図り、6月中旬に散布していたアブラムシ類の防除薬剤を削減あるいは散布を延期することによって、各種土着天敵を保護した防除体系を確立します。また、選択性殺虫剤を使用して土着天敵の保護を図り、農薬散布をさらに少なくした防除体系を開発します。
(試験実施機関:果樹研究所、福島県果樹試験場、交信かく乱剤普及会)