プレスリリース
ミニ宇宙農園のプロトタイプ

- 宇宙生活の快適化と宇宙育種のための新技術 -

情報公開日:2002年9月12日 (木曜日)

要約

微小重力環境で土壌を用いた野菜栽培や育種を行うことができる宇宙用植物栽培モジュール及び生長速度を植物の動きから測定する情報技術を開発。土壌微生物による有機物のリサイクルや空気浄化などの機能もあり、植物に囲まれた快適でグルメな宇宙生活が可能に。

宇宙で植物を栽培する技術の現況

宇宙で植物栽培を行う装置は生命維持システム(食料と酸素の供給源)として期待されており、その方法として、これまで様々な方法が試みられて来ました。その多くは生育期間の短縮と環境制御のしやすさから水耕栽培方式が用いられています。しかし、環境制御装置などに要する重量増加はそのメリットをかなり相殺し、またそのための技術開発が宇宙における実用的な植物利用を遅らせる要因の一つとなっていました。そこで、複雑な機器を用いずに居住空間内でも植物栽培を可能にする、土壌栽培方式による植物栽培モジュールを海外に先駆けて開発しました。

開発された技術の内容

(1)栽培モジュール

開発した植物栽培モジュールは、土壌中に多孔質パイプを埋設して空気を吸引し、土壌の飛散を防止すると同時に土壌水分の制御を行うことができます(図1)。また、多様な光環境条件を生成するための超高輝度LED(発光ダイオード)等の人工光源を備えています。パラボリックフライトによって人工的に発生させた約20秒間の微小重力条件下で、このモジュールの動作テストを行い、設計通り稼働することを確認しました(図2、3)。

「なぜ土壌栽培なのか?」
生物多様性が高い生態系は環境変化に対する適応能力が高いことが一般に知られています。土壌栽培では土壌微生物の存在により生物多様性が飛躍的に高くなり、しかも土壌微生物の様々な機能を活用できるメリットがあります。構成種を多様化し、さらに光環境や土壌水分環境も多様化(不均一化)させるとシステム(複雑系)としての適応能力が大きく向上するため、搭乗員の居住空間と同じ環境下でも植物が常時繁茂する状態を作り出すことができることが分かりました。しかし、土壌栽培方式には 野菜収穫時等に土壌が飛散するという問題と土壌水分の制御が難しいという問題がありました。

(2)「植物の動き」から生長速度を測る

本モジュールでは同一の空間に人間、植物、土壌微生物が共存するため、植物が吸収したCO2量から生長速度を測定するという従来の計測手法が利用できません。植物の生長速度を非接触的に計測するため、サーカムニューテーション(circumnutation)と呼ばれる夜間の「植物の動き」の情報を利用する方法を開発しました。

過去のスペースシャトルの実験によって、サーカムニューテーションは宇宙でもみられことが明らかとなっています。作物を用いた地上実験の結果、植物の動きの最大速度は植物の生長速度と高い相関があり、動きが早いほど生長速度が高いことが分かりました(図4)。

デジタルカメラを使って約10分間隔で植物を自動撮影し、得られた静止画像をパソコンで動画ファイルに変換するだけで、サーカムニューテーションを観察することができます。さらにオプティカルフローと呼ばれる画像処理によってその動きを可視化することで、植物1個体ごとの生長速度の違いを空間的に「見る」ことが出来るようになりました(図5)。

活用場面

  • 微小重力環境に生物をおくと地上では見られない形質が高頻度で発現することが知られており、また宇宙放射線による突然変異もあるため、本モジュールは画期的な新品種を創出するための全く新しいタイプの育種圃場となることが期待されます。
  • 土壌水分の制御ができるため乾燥に強い植物の開発や有用遺伝子発見など、宇宙育種ビジネスに向けた基盤技術としての活用が期待されます(特許出願中)。
  • 小重力以外は地上と全く同じ生育環境を作ることができるため、微小重力環境が生態系に及ぼす影響を厳密に調べることが出来ます。
  • 土壌の無機成分は無機廃棄物からのリサイクル、有機成分はヒトや実験動物等の有機廃棄物のリサイクルで製造することができます。
  • 植物の生長速度を「植物の動き」から計測する手法は、地上における農業生産、ガーデニング、室内緑化等に利用できます。また、デジタルカメラだけで実験できるため、理科教育のための実験ツールとしても広く活用できます(本年度の科学技術振興事業団「第6回サイエンス展示・実験ショーアイデアコンテンスト」で奨励賞受賞)。

今後の展開

本栽培モジュールはオフィス等で食べられる植物を栽培するミニ地球としても利用可能であり、またハムスターなどのペットの飼育に利用すると悪臭が出ないというメリットがあります(図6)。今後、地上における広範な利用も考慮して発展させたいと考えています。

図1 植物栽培モジュール

図2 パラボリックフライトについて

図3 パラボリックフライトによる植物栽培モジュールの稼働

図4 トマト苗茎頂の最大運動速度と相対葉面積生長速度の関係

図5 トマト苗の生長速度を計測した例(地上実験)
サイエンスキャンプ2002において、高校生が様々な植物を使ってこの実習を行いました。

図6 ペットや実験動物のためのミニ地球としての活用

この研究は、(財)日本宇宙フォーラムが推進する「宇宙環境利用に関する地上研究公募」プロジェクトの一環として行われました。