背景と経緯
近年全国的に水稲の登熟期1)の気温が上昇しています。高温年であった2010年には乳白粒の多発による品質低下が全国的に大きな問題となりました。
イネ種子の胚乳(いわゆる白米の部分)は、デンプンの粒が密に充填されており、そのため通常は半透明の外観を示します。ところが、種子が稔る時期に高温に遭遇すると、デンプン粒の充填が不十分となり、空気の隙間が残ります。この隙間が光を乱反射するため、白く濁って見える乳白粒2)となります。収穫した玄米に乳白粒が多く含まれるとコメの検査等級が低下し、価格が下落します。そのため、乳白粒の発生しにくい品種や栽培技術の開発が求められており、新潟県上越市にある中央農業総合研究センター北陸研究センターでは、高温で乳白粒が発生するメカニズムの解明と対策に取り組んできました。
内容・意義
- マイクロアレイ解析3)とメタボローム解析4)という2つの方法で、高温条件で乳白粒の発生に関わる遺伝子や代謝反応を探索しました。登熟期に高温処理を施した種子の胚乳では、デンプンを合成する遺伝子の発現5)が低下するだけでなく、デンプンを分解する酵素であるα-アミラーゼ6)遺伝子のうち5個の発現が上昇し、α-アミラーゼの酵素活性も上昇しました(図1)。このとき、α-アミラーゼの発現を抑制する働きのある植物ホルモンのアブシジン酸7)の種子含有量も低下しました(図2)。
- 高温に遭遇した登熟途中の種子胚乳では、α-アミラーゼの活性が上昇し、作り出したデンプンを次々と分解してしまうため、デンプンの蓄積が不十分となり、乳白粒となることが予想されました(図3)。
- 遺伝子の発現を抑えて、大部分のα-アミラーゼ遺伝子を登熟途中段階で働くことができなくすると、高温で発生する乳白粒を低減することができました(図4)。
今後の予定・期待
今後は、既存の遺伝資源を探索したり、新規の遺伝子突然変異を誘発したりすることによって、α-アミラーゼ遺伝子が変異したイネを見出し、高温でも乳白粒を生じにくい、温暖化に強いイネ品種の開発が期待されます。
発表論文
Makoto Hakata, Masaharu Kuroda, Tomomi Miyashita, Takeshi Yamaguchi, Mikiko Kojima, Hitoshi Sakakibara, Toshiaki Mitsui, and Hiromoto Yamakawa
Suppression of α-amylase genes improves quality of rice grain ripened under high temperature.
Plant Biotechnology Journal 2012 (印刷中、2012年9月12日にオンライン公開)
用語の解説
1)登熟期
稲穂が出て、米が稔っていく時期。品種・地域によって異なるが、概ね8~10月上旬。
2)乳白粒
登熟期に過度の高温に遭遇することによって、玄米に発生する典型的な障害粒。胚乳部分へのデンプンの蓄積が不十分になることが原因と考えられています。
3)マイクロアレイ解析
イネの全遺伝子の発現を一度に網羅的に測定する分析手法。
4)メタボローム解析
生物試料に含まれる代謝物質の量を網羅的に測定する分析手法。
5)遺伝子発現
遺伝子 → RNA → タンパク質(酵素)→ 酵素活性という一連の順序を経て、遺伝子が働くこと。
6) α-アミラーゼ
穀類種子に蓄積されるデンプンを分解する酵素。イネには8個のα-アミラーゼ遺伝子があります。
7)アブシジン酸
植物ホルモンのひとつ。α-アミラーゼの発現を抑制する効果をもちます。
参考資料

