プレスリリース
(研究成果) ジャパニーズウイスキー向けオオムギ新品種「こはく雪」

- 栽培性と麦芽品質に優れた積雪地向け二条オオムギ -

情報公開日:2024年11月19日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、雪の多い北陸地域などで栽培可能なウイスキー用の二条オオムギ新品種1)「こはく雪」を開発しました。農研機構上越研究拠点(新潟県上越市)で育成された「こはく雪」は積雪地での栽培性に優れ、ウイスキー用の麦芽生産にも利用可能な六条オオムギ品種1)「ゆきはな六条」よりも麦芽品質が優れています。地域産オオムギの利用希望がある積雪地のウイスキーメーカーで「こはく雪」を原料に用いたウイスキーの生産が期待されます。

概要

成熟期の二条大麦「こはく雪」
積雪地や寒冷地での栽培性とウイスキー醸造に必要な麦芽品質が優れます

ジャパニーズウイスキーが世界的に評価され、輸出が拡大しています(2023年輸出額501億円、品目別輸出額では第5位 農林水産省輸出・国際局「2023年の農林水産物・食品の輸出実績」による)。各地にクラフトウイスキーメーカーが設立され、特徴のあるウイスキーづくりのために、国産オオムギ、特に地元で生産されたオオムギを原料に使いたいというメーカーが増えています。しかしながら、北日本のウイスキーメーカーからのニーズに応えられるような、積雪地でも安定して栽培できる耐雪性2)や耐寒性の優れた秋播性3)二条オオムギ品種はこれまでありませんでした。

このような背景をふまえ、農研機構は積雪地での栽培性に優れ、ウイスキー醸造において重要な麦芽品質も優れるウイスキー用二条オオムギの開発を進め、2024年に「こはく雪(旧系統名:北陸二条皮70号)」を品種登録出願しました。積雪地のオオムギを用いたウイスキーの生産拡大が期待されます。

関連情報

予算 : 運営費交付金
品種登録出願番号 : 「第37272号」(2024年2月8日出願、2024年5月23日出願公表)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構中日本農業研究センター 所長橘田 和美
研究担当者 :
同 水田利用研究領域 グループ長長嶺 敬
広報担当者 :
同 研究推進室 広報チーム長谷脇 浩子

詳細情報

新品種育成の背景と経緯

ウイスキーの輸出が拡大するなか、地域で生産されたオオムギを原料に使って付加価値の高いジャパニーズウイスキーを作りたいというメーカーが増えています。北陸地方など積雪地や寒冷地は麦飯などに向く食用六条オオムギの主産地でした。また、ウイスキーづくりに向く二条オオムギは主産地が関東以西の温暖地であり、積雪地や寒冷地を抱える北陸地方に適した品種がなかったため、六条オオムギ品種「ゆきはな六条」や積雪地での安定生産が難しい二条オオムギ品種「小春二条」がウイスキー用の麦芽生産に使われています。しかしながら「ゆきはな六条」は積雪地や寒冷地でも安定生産が可能で、麦芽を原料としたウイスキーは従来の二条オオムギ品種で作られるウイスキーにはない「やわらかな香り」が評価される一方で、製品歩留まりに直結する「麦芽エキス含量」などの麦芽品質が劣るという課題があり、また、「小春二条」は積雪地での安定生産が難しいという課題があります。このため、積雪地や寒冷地のウイスキーメーカーからはそのような地域でも安定生産できるウイスキー向けの二条オオムギ品種が求められていました。

そこで、世界的な豪雪都市である新潟県上越市に所在する農研機構中日本農業研究センター(上越研究拠点)では積雪地や寒冷地での栽培性が優れ、麦芽品質も優れるウイスキー用二条オオムギの開発を進め、2024年に「こはく雪(旧系統名:北陸二条皮70号)」を品種登録出願しました。

新品種「こはく雪」の特徴

  • 「こはく雪」(図1)は積雪地や寒冷地での安定栽培が可能で、麦芽品質が良好な二条オオムギ品種です。
    図1 「こはく雪」の穂型
    左:ファイバースノウ(六条・食用)
    中:こはく雪(二条・ウイスキー用)
    右:ゆきはな六条(六条・ウイスキー用)
  • 「こはく雪」は耐寒性の改善に効果がある秋播性をもつ二条オオムギ品種で、積雪地や寒冷地でも安定した生産が可能で収量性も高い品種です(図2)。「こはく雪」は先行普及しているウイスキー用の麦芽生産に利用可能な六条オオムギ品種「ゆきはな六条」や食用六条オオムギ品種「ファイバースノウ」に比べて、千粒重が約10g重く大粒であるほか、穂数も多い特徴をもちます(表1図3)。出穂・成熟期、稈長などはほぼ同程度です。積雪地での栽培に特に重要な耐雪性は年次や場所、栽培法を変えた試験で評価した結果、「ファイバースノウ」や「ゆきはな六条」といった六条オオムギ品種に比べるとやや劣りますが、「小春二条」より強く、積雪地での栽培試験でも「小春二条」より耐寒雪性に優れ多収で、安定栽培が可能です。
    図2 「こはく雪」の収量性
    中日本農業研究センター・生産力検定(2017-2022)の平均値
    整粒重は「収量×整粒歩合」で実際の原料となる収穫量です
    表1 「こはく雪」の栽培特性
    図3 「こはく雪」の穀粒(上段)と55%搗精粒5)(下段)
    左:ファイバースノウ(千粒重:36.6g)
    中:こはく雪(千粒重:47.2g)
    右:ゆきはな六条(千粒重:39.8g)
  • 「こはく雪」はウイスキー用の麦芽生産にも利用可能な六条オオムギ品種「ゆきはな六条」に比べて、麦芽エキス含量、ジアスターゼ力などが高く、ウイスキー醸造に必要な麦芽品質に優れます(表2)
    表2 「こはく雪」の麦芽品質

    (解説) 麦芽品質特性について

    麦芽粗蛋白含量:麦芽のタンパク質含量。10~11%が望ましいとされます。

    麦芽エキス含量:アルコール歩留まりの指標となる数値であり、高いほど優れます。麦汁密度によって算出します。

    コールバッハ数:可溶性窒素/全窒素の比率であり、製麦時のタンパク質分解程度を反映した数値となり、ビール用途では40-45%が好ましいとされます。値が高すぎるとビールの泡持ち性が低下しますが、ウイスキーでは泡持ち性は関係なく、高い数値が好ましいと考えるウイスキー会社もあります。

    ジアスターゼ力:β-アミラーゼ活性を中心とする澱粉分解能力を表し、高い方が優れます。高タンパク質化するとβ-アミラーゼ活性が高くなるので「酵素活性値/全窒素」として表記し、品種のジアスターゼ力に関する遺伝的な能力を評価します。

    最終発酵度:7日間の発酵によって消費される糖の比率の指標値。糖の消費 (=アルコール化)が進むほど高い値となり、高いほどウイスキー用に適しています。

    麦汁β-グルカン量:麦汁に含まれるβ-グルカン含量を示します。値が大きいと、麦汁の濾過遅延が生じるため、低い方が優れます。原麦の穀粒β-グルカン含量や麦芽のβ-グルカナーゼ活性に影響され、六条オオムギでは高くなりやすいことが知られています。

  • 「こはく雪」は麦芽加工(製麦)4)を行なって、ウイスキー・ビールの主原料に利用可能であるほか、搗精(とうせい)加工(精麦)5)して、焼酎やジンの主原料やウイスキー・ビールの副原料として用いることも可能です(図4)。
    図4 大麦の加工法と醸造できる酒の種類

品種の名前の由来

「こはく雪」は育成地(新潟県上越市)や普及予定地(新潟県など)の雪の下で耐える力を持つ品種で、収穫後は「琥珀(こはく)色のウイスキー」へと姿をかえます。雪国でのオオムギ生産、ウイスキー産業を支える新品種として、農業者、ウイスキーメーカー、消費者の期待に応える品種になって欲しい、との願いを込め、「こはく雪」と命名しました。

今後の予定・期待

「こはく雪」は2024年秋の播種から新潟県などで一般栽培が開始され、(株)新潟小規模蒸溜所などでモルトウイスキー醸造に用いられる予定です。2031年産で北陸・東北地域を中心に500ha、2,000tの生産を見込んでいます。ウイスキー用の麦芽生産にも利用可能な六条オオムギ品種「ゆきはな六条」(麦芽を原料としたウイスキーの香りが優れ、「こはく雪」以上の耐雪性を持ちます)との2本柱での普及拡大が見込まれます。アルコール収率の高い「こはく雪」は北陸の平坦地、耐雪性がより優れ、ウイスキーの香りに特徴がある「ゆきはな六条」は中山間地や特徴の強いウイスキーづくりを求めるメーカーによる利用が広がることが想定されます。

用語の解説

二条オオムギ・六条オオムギ
オオムギは二条オオムギと六条オオムギに大別され、両者は穂についている種子の列数が異なります。穂を上から見ると二条オオムギは2列に、六条オオムギは6列に種子がついています。一般的に二条オオムギのほうが種子が大きく、多くはビールや焼酎の原料に利用されています。六条オオムギは、多くは麦茶や「押し麦」「丸麦」といった麦飯、麦味噌の原料に利用されています。[ポイントに戻る]
耐雪性
新潟県などの積雪地のオオムギは通常12月上中旬から60~100日程度を積雪下で過ごします。そのため、積雪下での生存性は積雪地のオオムギ品種にとってはたいへん重要な特性です。耐雪性には光合成ができない積雪暗黒下でのエネルギー源となる非構造性炭水化物フルクタンの蓄積、分解に関わる能力や雪腐病に対する耐性など複数の因子が関与します。中日本農業研究センターでは耐雪性の優れる品種の育成のため、積雪量の多い妙高山麓での耐雪性検定によって選抜を行っています。[概要に戻る]
秋播性
オオムギは低温下での生育期間を経ないと穂が出ない特性(低温要求性)をもつ「秋播性品種」と、生育期間に低温を受けなくても出穂が可能な「春播性品種」に分かれます。国内で普及している二条オオムギは春播性品種でしたが、「こはく雪」は2023年に品種登録出願された「こはく二条」に続き、新たな普及を予定している秋播性二条オオムギ品種です。秋播性品種は耐雪性が向上することが知られており、「こはく雪」がもつ積雪地や寒冷地での優れた栽培性は低温要求性(秋播性)遺伝子Vrn-H2をもつことにも起因しています。秋播性遺伝子は、越冬に不利な早期の茎立ちを抑制するなどオオムギの越冬能力に大きく影響します。一方、温暖地の二条オオムギ品種は出穂を遅くする効果のある秋播性を持たない「春播性」が選抜されてきました。[概要に戻る]
麦芽加工(製麦)
一般的にはオオムギ種子を43%程度の水分含量となるように吸水させ(浸麦工程)、4日間程度、発芽させます(発芽工程)。その後、熱風にさらして水分を4%程度まで落とし(煤燥工程)、根を除去(除根工程)したものが麦芽となります。麦芽は粉砕され、糖化工程で麦汁となり、酵母が添加され、アルコール発酵が行われます。[新品種「こはく雪」の特徴に戻る]
搗精加工(精麦)
オオムギ穀粒の外層部分を回転する砥石によって削る加工です。穀皮や種皮、糊粉層、胚乳外層部を除去します。オオムギでは利用目的に応じて55~70%の重量歩留となるように搗精(=30~45%を搗精ぬかとして除去)することが多く、精麦は麦ごはんなどの食用のほか、焼酎・麦味噌の醸造に使われます。[図3に戻る] [新品種「こはく雪」の特徴に戻る]