プレスリリース
(研究成果) 短時間の冠水で出芽率が低下するダイズ種子の特徴

情報公開日:2025年3月14日 (金曜日)

ポイント

農研機構では、ダイズの種子が過剰に水分を吸収すると出芽に障害が生じる現象を調べました。これまで、数時間から数日の冠水による障害のメカニズムに焦点があてられていました。本研究から10分から30分程度の短時間の冠水条件でも過剰に水分を吸収する特徴を持つ種子が存在し、出芽不良となる場合があることを明らかにしました。そのため、少しでも種子が冠水しにくい状況を作る播種技術等の有用性が明確化されました。

概要

図110分間冠水処理をした後のダイズ種子の様子

播種されたダイズ種子が冠水1)や土壌の高水分条件に遭遇すると、出芽不良となります。特に、関東以南のダイズの播種の時期は、梅雨の多雨期にあたる場合が多いため、湿害による出芽不良は我が国のダイズ作の不安定化要因の一つとなっています。

これまでに、数時間から数日の冠水でダイズ種子の組織の崩壊等が生じる現象が指摘され、出芽不良等の原因とされていました。本研究では種子を一定時間冠水させた後に播種する実験にて、10分から30分程度の極めて短時間の冠水でも、冠水後に種子が出芽不良となる場合があることを発見しました。また、短時間での過剰な水分吸収による障害のメカニズムを明らかにするために、種子を冠水させたときの吸水種子の形態、吸水量や水の局在、その後の出芽との関係を調査しました。

本研究では10分間の冠水処理後のダイズ種子の特徴を目視による形態の確認により3種類に分類、定義しました。具体的には、吸水にともない種皮2)子葉3)から大きく剥離しない特徴を持つ【通常吸水種子】と、吸水にともない種皮が子葉から大きく剥離する特徴を持つ【過剰吸水種子】に分類しました。さらに、過剰吸水種子は子葉間の隙間が確認できないClose種子と隙間の確認できるOpen種子に分類できました(図1)。

30分間の冠水処理後、通常吸水種子では90%以上の高い出芽率が維持されていましたが、過剰吸水種子では出芽率が30%以下に低下しました。MRI4)画像から子葉間の隙間への浸水と組織の亀裂が確認できるOpen種子への影響は顕著でした。

これらのことから、本研究では10分から30分程度の短時間の冠水条件であっても過剰吸水種子では、出芽不良となる場合があることを明らかにしました。また、同一品種、同一ロットの(一袋の中に入っている)種子において、子葉間への水の侵入の有無などの差により、種子の吸水量および吸水種子の形態に広い個体間差を生じることが分かりました。この結果は品種「里のほほえみ」の実験に用いた種子ロットの場合であり、品種や種子ロットによって結果が異なることも考えられます。本研究では従来の知見よりさらに短時間の冠水でもダイズの出芽率が低下することが明らかになりました。そのため、種子が少しでも冠水しにくい状況を作る播種方法が有効な対策技術です。近年、短時間に降る極端な大雨の発生回数が増加していることが知られていますが、例えば畝立て播種機で播種を行えば種子の冠水を容易に防ぐことができます。このように、種子が冠水するリスクを減少させることのできる播種技術等の有用性が明確化されました。また、本研究から冠水により出芽率が低下しやすい種子の特徴が明らかになりました。そのため今後、冠水に強い種子を選別するといった技術開発につながる可能性もあります。

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト「センシング技術を駆使した畑作物品種の早期普及と効率的生産システムの確立」、運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構中日本農業研究センター 所長橘田 和美
同 高度分析研究センター センター長山崎 俊正
研究担当者 :
同 中日本農業研究センター 転換畑研究領域
中尾 祥宏
同 高度分析研究センター 生理活性物質分析ユニット
関山 恭代
広報担当者 :
同 中日本農業研究センター 広報チーム長谷脇 浩子

詳細情報

研究の社会的背景

我が国の食料安全保障の観点から、多くを輸入に頼っているダイズの国内生産拡大が喫緊の課題となっています。我が国のダイズ作では、北海道を除く地域では、水田転換畑での作付けが主体で、また、作付け時期が梅雨の時期にあたるため、播種後の降雨による湿害がダイズ生産の不安定化の一要因です。このため、ダイズの湿害のメカニズムを理解し、適切な排水対策や、高速畝立て播種機などの湿害軽減効果のある播種機の選定により出芽環境の適正化を図る技術の開発が重要です。

研究の経緯

ダイズ種子の過剰な水分吸収と、その後の出芽不良との関係について、これまでに多くの屋内実験にて数時間から数日の冠水でダイズ種子の組織の崩壊等が生じる現象が指摘され、出芽不良等の原因とされていました。一方で、10分から30分程度の極めて短時間での種子の水分吸収が出芽に及ぼす影響は不明でした。そこで、本研究では種子を一定時間冠水させた後に、播種する実験にて極めて短時間の冠水後の吸水種子の形態、吸水量や水の局在、その後の出芽との関係を調査しました。

研究の内容・意義

  • 冠水の影響を受けた種子の特徴
    本研究では10分間の冠水処理後のダイズ種子を、目視による形態の確認により3種類に分類、定義しました。具体的には、吸水にともない種皮が子葉から大きく剥離しない特徴をもつ【通常吸水種子】と、吸水にともない種皮が子葉から大きく剥離する特徴を持つ【過剰吸水種子】に分類しました。さらに、過剰吸水種子は子葉間の隙間が確認できないClose種子と隙間の確認できるOpen種子に分類できました(図2)。通常吸水種子、Close種子およびOpen種子の全体に占める割合はそれぞれ83.7%、4.3%、および12.0%となりました(表1)。この結果から同じロットの種子でも種子個体間の吸水の様態は異なるということが分かりました。また、同程度の粒重かつ拡大鏡を用いて種皮の傷が確認できない種子を用いても、過剰吸水種子は認められました。この結果は品種「里のほほえみ」の実験に用いた種子ロットの場合であり、品種や種子ロットによって結果が異なることも考えられます。
    図210分間冠水処理後の通常吸水種子、Close種子、およびOpen種子の状態
    種子を水に浸す冠水処理前には冠水処理後にどの形態になるか確認できない。
    表110分間冠水後の種子の分類

    全体に占める割合は1反復あたり100粒として3反復の平均値±標準誤差で示す。

  • 極短時間の冠水でもダイズの出芽率は低下する
    10分間という極めて短時間の冠水処理でも、過剰吸水種子では正常個体率(播種後6日目に幼根が4cm以上かつ外観に異常の認められない個体の比率)が低くなることが分かりました(図3)。また、30分間の冠水処理後の通常吸水種子の出芽率は、90%以上と高く維持されていましたが、過剰吸水種子のClose種子、Open種子それぞれの出芽率は30%以下に低下しました(図4)。種子を冠水した場合には種子の形態から図2のように分類できますが、冠水によって過剰吸水する種子も冠水前の外観からは区別できませんでした。冠水しない場合、正常個体率は極めて高く種子に問題が生じていないことも確認できました。
    図310分間冠水処理後の通常吸水種子、Close種子、およびOpen種子の状態
    グラフの白、青、緑、および赤はそれぞれ、無冠水処理区、冠水処理区-通常吸水種子、冠水処理区-過剰吸水-Close種子、および冠水処理区-過剰吸水-Open種子を示す。エラーバーは標準誤差(n=3)を示す。異なる英字はTukey法にて試験区間に5%水準の有意差が認められることを示す。
    ※正常個体とは播種後6日目に幼根が4cm以上かつ外観に異常の認められない個体。
    図4異なる時間の冠水処理後の通常吸水種子、Close種子、およびOpen種子の出芽率
    エラーバーは標準誤差(n=3)を示し、異なる英字はTukey法にて同じ冠水処理時間において種子グループ間に5%水準の有意差が認められることを示す。
  • 種子の子葉間に浸水した種子では子葉の亀裂が認められる
    本研究でのMRI画像においてダイズ種子は黒い楕円状の領域、組織に吸収された水や組織間へ侵入した水は白い領域として示され、図5(1)の通常吸水種子では子葉の外側から次第に吸水が進行し白い領域(図5中のa)が現れました。図5(2)から(4)の過剰吸水種子では子葉の外側からの吸水も認められましたが、10分間の冠水処理後に子葉の周辺部に広く白い領域が認められ(図5中のb)、種皮と子葉の間に水が浸入していることが分かりました。そのうちOpen種子では子葉間の隙間へ浸水していることが分かりました(図5中のc)。一部のClose種子では冠水を継続し合計90分間の冠水処理を行っても子葉間に白い領域が認められず、子葉間の隙間へ浸水していないと考えられる種子も存在することも分かりました。また、子葉間の隙間へ浸水した種子では子葉の亀裂が認められることも確認できました(図5中のd)。これまで冠水による出芽不良のメカニズムの1つは、種子が吸水・膨潤することで亀裂が発生し、種子が崩壊することだと考えられていました。本研究から、短時間の冠水処理後の十分に膨潤していない種子でも、子葉間の隙間の浸水にともない子葉の亀裂が生じることや、そのような種子の出芽率低下が顕著となる傾向が確認できました。
    図5通常吸水種子、Close種子、およびOpen種子における冠水処理中の断面のMRI画像
    組織に吸収された水や組織間へ侵入した水は輝度の高い(白い)領域として示される。(1)は通常吸水種子、(2)は冠水後も子葉間に輝度の高い領域が確認されなかったClose種子、(3)は冠水中に子葉間に輝度の高い領域が確認されたClose種子、(4)はOpen種子を示す。また(5)は撮像断面の位置と撮像方向を示す。MRI画像中の小文字の英字は輝度の高い箇所の一部を示しており、aは子葉に吸収された水、bは種皮と子葉間に侵入した水、cは2枚の子葉間へ侵入した水、dは子葉組織の亀裂へ侵入した水だと考えられる箇所を示す。

今後の予定・期待

本成果から従来の知見よりさらに短時間の冠水でもダイズの出芽率が低下することが明らかになりました。そのため、種子が少しでも冠水しにくい状況を作る播種方法が有効な対策技術です。近年、短時間に降る極端な大雨の発生回数が増加していることが知られていますが、畝立て播種機で播種を行えば種子の冠水を容易に防ぐことができます。例えば、短時間におよそ100mmの雨が降った場合、畝を立てていなければ種子はすぐに冠水する可能性があります。一方、10cmの畝を立て、畝上に播種をすれば前述のような大雨でも種子が冠水しない可能性は極めて高くなります(これは耕耘作業によって決まる土壌の状態や、ほ場の排水性などによって異なります)。ダイズ栽培においては湿害対策が重要とされていますが、作付け時期が梅雨時期にあたる地域において種子が冠水するリスクを減少させる技術の有用性がさらに明確化されました。また、本研究から冠水により出芽率が低下しやすい種子の特徴が明らかになりました。そのため今後、冠水に強い種子を選別するといった技術開発につながる可能性もあります。

用語の解説

冠水
本研究では種子が完全に水に浸かることを示します。[概要に戻る]
種皮
子葉などを覆う種子の外側の組織です。[概要に戻る]
子葉
種子にある組織の1つです。ダイズの場合、子葉は出芽後に最初の節に現れる葉となります。[概要に戻る]
MRI
磁気共鳴画像法。試料中に含まれる分子を構成する原子(主に水素原子)の量や運動性の空間的な情報を非破壊的に検出し、断層画像を得る技術です。作物では組織によって水の分布や運動性が異なることで画像コントラストが得られ、組織構造の確認や水の分布と移動の様子などを観察できます。[概要に戻る]

発表論文

ダイズ品種「里のほほえみ」種子の水分吸収及び子葉の状態変化の個体間差と出芽に対する影響日本作物学会紀事 93(3):187-194