プレスリリース
キクに青色色素を蓄積させる方法を開発-青色系のキク作出へ-

情報公開日:2009年9月14日 (月曜日)

ポイント

  • キクの花弁で他の植物由来の青色遺伝子を機能させ、青色色素である「デルフィニジン型アントシアニン」を蓄積させる技術を開発しました。
  • 紫色や青色といった、これまでにない花色を持つキクの新品種の開発が可能になります。

概要

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構【理事長 堀江 武】は、サントリーホールディングス株式会社との共同研究により、キクに青色色素「デルフィニジン型アントシアニン」を蓄積させる方法を開発しました。

キクには多彩な花色がありますが、紫や青といった青色系は存在しません。これは、青色色素を作るのに必要な青色遺伝子が キクに存在しないためです。そこで、他の植物種から取り出した青色遺伝子をキクに導入することにより、青色色素を花弁に蓄積するキクを作出する方法を開発しました(特願2009-107054)。この方法により、花弁に含まれる赤色色素の約75%が青色色素になり、花色が元の赤紫色から紫色へと変化したキクが得られました。

この成果の概要は、2009年9月15日~18日に名古屋大学にて開催される5th International Workshop on Anthocyanins 2009にて発表します。


詳細情報

新技術開発の社会的背景

キクは、日本での作付面積、出荷量及び産出額が切り花類の中で最も多く、世界市場でもバラやカーネーションと並んで、主要な花きの一つです。キクには、白・緑・黄・オレンジ・ピンク・赤・赤紫など、様々な花色が存在していますが、紫や青といった青色系の花色はありません。青色系の花色をもつキクの野生種が存在しないことから、従来の育種方法では青色系の品種を作出することは困難であり、この問題を解決する新たな技術が待望されていました。

研究の経緯

ピンク、赤、赤紫色など、キクの赤色系の花色のもととなっている色素は、シアニジン型アントシアニン(赤色色素)です。一方、青色系を発色するのは、デルフィニジン型アントシアニン(青色色素)です。この青色色素を合成する鍵となる酵素が、フラボノイド3',5'位水酸化酵素(F3'5'H)です(図1)。キクには、このF3'5'Hの遺伝子(青色遺伝子)が存在せず、青色色素が作られません。そこで、他の植物から青色遺伝子を取り出し、遺伝子組換え技術を用いてキクに導入して機能させれば、青色系のキクを作出できると考えられます。しかし、外来の遺伝子を安定的にキクで機能させる方法は、確立されていませんでした。

そこで、様々な植物から青色遺伝子を単離するとともに、キクの遺伝子組換え方法の開発や、キクで安定的に外来遺伝子を発現させるプロモーターの開発を行い、遺伝子組換え技術を用いた青色系のキク作出に向けた研究を開始しました。

研究の内容

キクに導入する青色遺伝子とプロモーターの組み合わせ、導入するキク品種の検討、翻訳エンハンサーの利用を検討しました。試行錯誤の結果、青色遺伝子に花弁特異的発現プロモーターと翻訳エンハンサーを組み合わせることで、花弁で青色色素を作らせることができました。私たちは、様々な植物から得た10種類の青色遺伝子をプロモーターや翻訳エンハンサーと組み合わせて、それぞれをキクに導入しました。その結果、カンパニュラの青色遺伝子を用いた場合に、キクに含まれる赤色色素のうちの約75%が青色色素になり、赤紫色の花色が紫色の花色に変化したキクの作出 に成功しました(図1図2図3)。

本技術は、農研機構運営費交付金プロジェクト研究「実用遺伝形質の分子生物学的解明による次世代作物育種」(H18-22)で得られた成果です。この方法をもとに「デルフィニジンを花弁に含有するキク植物を生産する方法」の特許出願を行っています(特願2009-107054)。

今後の予定

この成果の概要は、2009年9月15日-18日に名古屋大学で開催される、5th International Workshop on Anthocyanins 2009にて発表します。今後も研究を進めて、デルフィニジン含有率を100%にまで高めるなど、さらに青い色のキクの作出に向けた研究を進める予定です。

用語の解説

アントシアニン
アントシアニンは、橙赤~赤~紫~青色を呈する色素で、糖(グルコース、ガラクトースなど)が結びついた配糖体の形で細胞の中に含まれています。このアントシアニンの糖を除いた部分をアントシアニジンと呼びます。アントシアニジンはA、B、C環の3つの環構造からなり、B環についている水酸基(-OH)等により、色調が異なります。水酸基の数が多いほど青味を増す傾向にあり、水酸基が一つのペラルゴニジンは橙赤色、二つのシアニジンは赤紫色、三つのデルフィニジンは青紫色を呈します。キクの赤色の花弁に含まれているのはシアニジン型アントシアニン、カンパニュラの青色の花弁に含まれているのはデルフィニジン型アントシアニンです。
アントシアニン

青色遺伝子
フラボノイド3',5'位水酸化酵素(F3'5'H)と呼ばれるデルフィニジン型アントシアニンの生合成の鍵となる酵素をコードする遺伝子のことです。この酵素は、アントシアニンの生合成系において、デルフィニジンの前駆体であるフラバノンやジヒドロフラボノールのB環の3'位及び5'位の水酸化を触媒します。

プロモーター
遺伝子の転写(発現)を制御する塩基配列です。遺伝子が発現する場所、時期、強さなどを制御しています。花弁でのみ目的遺伝子を発現させるプロモーター活性を有する塩基配列を花弁特異的発現プロモーターといいます。この様なプロモーターを目的遺伝子につないで植物に導入します。

翻訳エンハンサー
遺伝子の転写産物からタンパク質への翻訳(生産)効率を高める塩基配列です。

関連サイトおよび実験材料の提供先

「キク遺伝子組換えのモデル系の開発」

「EF1α遺伝子プロモーターの利用によるキク形質転換体での遺伝子発現」
http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/flower/2002/flower02-05.html

「キク及びトレニアの形質転換に有効な翻訳エンハンサー」

http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/flower/2007/flower07-02.html

タバコのアルコール脱水素酵素遺伝子の5'非翻訳領域に存在する翻訳エンハンサー効果のあるDNA配列を用いました。この翻訳エンハンサーは、国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学より分譲して頂きました。 キクのフラバノン3位水酸化酵素遺伝子のプロモーター活性のあるDNA配列(キクF3Hプロモーター)を用いました。このプロモーターは、青森県農林総合研究センターグリーンバイオセンター(現・地方独立行政法人 青森県産業技術センター)より分譲して頂きました。 遺伝子導入に使用したキクの系統は有限会社精興園より分譲して頂きました。

キクのアントシアニン生合成の概略図
図1 キクのアントシアニン生合成の概略図

花弁に含まれるデルフィニジンを検出した一例
図2 花弁に含まれるデルフィニジンを検出した一例
A:青色遺伝子を導入した紫色のキク、B:もとの赤紫色のキク、C:標準色素(1: デルフィニジン、2: シアニジン)

もとの赤紫色のキクとデルフィニジンを蓄積する紫色のキク
図3 左:もとの赤紫色のキク、右:デルフィニジンを蓄積する紫色のキク