背景と経緯
昨年春に初めて広範囲に発生が認められた、露地栽培ニホンナシにおける発芽不良の症状の特定や原因究明のため、(独)農研機構果樹研究所では、47都道府県の果樹関係公立研究機関の協力を得て、昨年に引き続き露地栽培ニホンナシにおける発芽不良の発生状況を調査しました。なお、本調査は必ずしも、各都道府県の全域を対象としたものではないことに留意して下さい。
症状
昨年同様、発芽遅れ、芽枯れあるいは枝枯れ等の症状が発生しました。主に長果枝(用語の解説参照)で発生しましたが、症状の重い樹では、短果枝(用語の解説参照)でも発生が見られました。極端に重症化すると果実収穫が見込めない場合もありますが、全国規模で見れば、発芽不良の生産量への影響はほとんどないとみられます。発生地域については、北日本で少なく、九州で多いという昨年と同様の傾向が認められました。発生の規模は、多くの地域で昨年よりやや小さい傾向が認められました。また、結実した果実の品質には影響はありません。
発生原因の推定
本症状の発生には気象的・生理的な要因が深く関わっていると考えられます。気象的要因としては芽や枝の凍害(用語の解説参照)が挙げられます。一部の地域では、冬季の低温不足による自発休眠覚醒不良(用語の解説参照)も考えられます。この2年間の気温の経過は比較的似ており、多くの発生地域で秋から冬にかけての気温は平年に比べて高く推移し、特に2月は顕著に高くなりました。このような秋冬季の高温が今後も継続的に発生した場合、発生が慢性化する恐れもあり、次年度以降も発生状況を注視していく必要があります。なお、樹勢低下、枝の充実不足、地下部の障害などの生理的要因や、萎縮病や胴枯病(用語の解説参照)が発生を助長していることも考えられます。
当面の対策
発芽不良が発生した枝の多くは遅れて定芽や陰芽(用語の解説参照)が発芽しており、翌年への影響は小さいと考えられます。枝枯れが発生した樹では、枯れた枝を切除する必要があります。凍害や自発休眠覚醒不良に対しては樹勢を向上させることにより被害を軽減できるため、予防的対策として、土壌改良、排水対策、適正着果量の厳守、堆肥の局所施用などを図ることが重要です。
萎縮病が発生している場合、ごく軽症の場合は、病害発症部位を切除することで発芽不良が回復することもあります。
用語の解説
- 長果枝(ちょうかし)と短果枝(たんかし)
- ニホンナシでは、数十センチメートルの枝を長果枝、数センチメートルの枝を短果枝と称します。長果枝では先端および先端に近い部分に花芽がつき、短果枝では先端のみに花芽がついています。
- 凍害
- 果樹の凍害とは、樹が限界温度以下の低温に遭遇した場合に芽や枝等に発生する障害のことです。樹の耐凍性は低温によって高まり、高温で下がるため、凍害の限界温度は時期や気温の影響で変化します。一般的には次の3タイプに分けられます。
(1)初冬期型:秋季の高温により、枝の耐凍性が最大値まで発揮されないまま、冬季の低温に遭遇したことにより発生する凍害
(2)厳冬期型:厳冬期に異常な低温により発生する凍害
(3)早春期型:発芽直前の天候が周期的に変化し、大きな寒暖差により発生する凍害
このうち(1)と(3)は気温が高い年に、(2)は低い年に発生しやすいものです。本年も昨年同様、暖冬であり、また、特に関東から九州において2月は高温、3月は気温の変動が大きくなりました。したがって、(2)は該当せず、(1)ないし(3)が原因と考えられます。なお、本年多発した「晩霜害」は主に発芽、開花後の低温障害であり、発芽前の低温障害である凍害とは区別されます。
- 自発休眠覚醒不良
- ニホンナシなど落葉果樹の芽は、秋季から冬季において、「自発休眠」と呼ばれる生理的な状態になります。自発休眠期には高温となっても発芽することはありませんが、この時期に十分な低温に遭遇すると、芽は自発休眠から覚醒し、その後の高温により発芽することができます。一方、自発休眠覚醒期の低温が不十分な場合は自発休眠覚醒不良となり、春になって高温に遭遇しても、正常な発芽はできません。
- 萎縮病
- 病原と考えられる糸状菌によって発芽遅れ、不発芽、葉の奇形・黒変などを起こす病害。
- 胴枯病
- 剪定や凍害などの傷口から病原菌が侵入し、枝枯れなどを起こす病害。
- 定芽と陰芽
- ニホンナシでは、腋芽(えきが)(新梢の葉の付け根にできた芽)と頂芽(ちょうが)(新梢の先端にできた芽)を定芽と呼び、それ以外の見た目ではわかりにくい枝の中に隠れた芽を陰芽と呼びます。