プレスリリース
ミチノクナシでは自生植物と古い時代の帰化植物が交雑している

- 古い時代の帰化植物も長い年月の間に生物多様性へ影響を及ぼす -

情報公開日:2010年2月22日 (月曜日)

ポイント

  • 2007年の環境省レッドリストで絶滅危惧IA類に指定されているミチノクナシの個体の多くは、古い時代に帰化したと推定されるニホンナシと交雑しています。
  • 古い時代に帰化したと推定されている植物が、生物多様性に影響を及ぼしていることを日本ではじめて明らかにしました。

概要

農研機構果樹研究所【所長 福元將志】は、国立大学法人神戸大学及び大阪市立大学と協力して、2007年の環境省レッドリストで絶滅危惧IA類に指定されたミチノクナシの個体の多くが、古い時代に帰化したと推定されているニホンナシ(ヤマナシ)と交雑していることを発見しました。これにより、これまで注意の対象とされてこなかった古い時代に帰化したと推定される植物も、長い年月の間には生物多様性に影響を及ぼしていることを明らかにしました。

なお、本研究成果は国際的な保全遺伝学専門誌「Conservation Genetics」の11巻1号(2010年2月)に掲載されました。


詳細情報

背景と研究の経緯

外来種が生物多様性へ悪影響を及ぼしうることは広く知られています。日本では、外来種を幕末以降に移入された生物に限定することが多いのですが、沖縄本島やんばる地域のノネコや小笠原諸島のノヤギなど、それ以前に移入された生物による被害も知られています。一方、植物では、歴史時代以前に渡来したと推定されている史前帰化植物を含め古い時代に帰化したと推定されるものがありますが、自生植物の多様性保全への悪影響は、これまでは特に知られていませんでした。

また、外来種が生物多様性に悪影響を及ぼす原因の1つに自生種との交雑があります。日本では、哺乳類のタイワンザル、高等植物のセイヨウタンポポの例がよく知られています。

日本に野生するナシ属植物のうちミチノクナシの由来については、外来種説を含め従来から諸説ありましたが、北東北地方のミズナラ天然林などに分布する集団は自生植物であることが近年明らかになっています。さらに本種では、自生集団に見られる葉や実の小さな個体から栽培品種に見られる葉や果実の大きな個体 までの形態変異が大きいため、アジア大陸から古い時代に渡来し果樹としても栽培されるニホンナシと交雑している可能性が考えられました。そこで、マイクロサテライト遺伝子座を用いた集団遺伝学的手法により交雑の有無を分析しました。

内容・意義

  • 遺伝子解析による由来集団の推定結果
  • ミチノクナシの日本の野生個体(図1)、アジア大陸の野生個体、ニホンナシの古い栽培品種など計226個体について(図2)、マイクロサテライト20遺伝子座の遺伝子型を決定し、集団遺伝学的手法によって、それぞれの個体が1つの集団に由来するか、あるいは複数の集団に由来するかを推定しました。

    その結果、中部地方(ミチノクナシの変種アオナシ)やアジア大陸の野生個体(ホクシヤマナシとも呼ばれる)は、それぞれ独自の単一な集団に由来し、遺伝的に分化した集団であることが判明しました(図3)。

    一方、ミチノクナシでは、北上山地の野生個体の一部は独自の単一な集団に由来すると推定されましたが、これ以外の北東北地方の個体は、ニホンナシと交雑していることが判明しました。したがって、ミチノクナシとされる植物のうち、真の自生集団が残存するのは北上山地だけであり、他の地域の個体は、交雑個体と置き換わったか、もしくは元々自生はなく人為的に移入された個体が野生化したものと推定されました。また、日本海側の地方に存在するニホンナシの古い栽培品種では、ミチノクナシとの交雑が疑われる品種はごく一部でした(図3)。

    この結果から、生物多様性保全において、これまでは特に注意の対象とされてこなかった古い時代に帰化した植物も、一千年以上の長い年月の間に自生植物と交雑して生物多様性に影響を及ぼしていることが明らかになりました。

    また、本研究で利用した解析手法を用いれば、栽培品種を遺伝子情報に基づいて、ニホンナシ、ミチノクナシ、ホクシヤマナシなどのグループへの所属を判別することができます。

  • 成果の意義
  • 自生植物と史前帰化植物等の古い時代に帰化した植物の交雑を分子マーカーにより解明した研究は、日本では初めてで、世界的にもあまり例がありません。

    幕末以前に移入された外来種は、生物多様性への影響がほとんど認識されてこなかったため、一部の例外を除き比較的安全であると考えられてきました。他方、今回、ミチノクナシにおいて、これまでは気づかれていなかったニホンナシとの交雑による影響を受けていることが明らかになりました。今後、他の生物においても、古い時代に帰化した外来種は、生物多様性の保全を検討するうえで考慮すべき課題になるものと思われます。

    なお、農業生物資源ジーンバンクにおいて現在までに保存されているミチノクナシの遺伝資源は、全てがニホンナシとの交雑タイプであることが判明しました。今後、新たな生物的多様性を持つ遺伝資源を利用していくためにも、真の自生植物に近いミチノクナシを収集・保存していく必要があります。

図1 ミチノクナシの果実
図1 ミチノクナシの果実

研究対象とした植物の収集地域
図2 研究対象とした植物の収集地域
アジア大陸の材料(ホクシヤマナシの野生個体及び古い栽培品種)は図から除いています。

解析個体が由来する祖先集団の種類と数の推定
図3 解析個体が由来する祖先集団の種類と数の推定

図における赤、青、黄、緑、ピンクの各色はそれぞれ異なる推定祖先集団を示します。推定された各祖先集団が226個体のそれぞれにどれくらい影響しているのかを、図中の226本の縦棒で示しています。統計的推定の結果なので、棒の縦方向の合計の長さは確率の和として1になります。

例えば、アオナシのように全ての個体がほとんど1色からなる場合は、1つの祖先集団に由来すると推定されるため、遺伝的に独自に分化した自然な集団であると推定されます。一方、北上山地や北東北地方のミチノクナシは、主として黄色とピンク色の2色からなります。この結果から、黄色で示されるミチノクナシの祖先集団とピンク色で示されるニホンナシの祖先集団が交雑していると推定されます。なお、ミチノクナシに僅かに見られる緑色など低い確率での推定は、統計的なゆれによる偶然の結果とも考えられるため、大きい確率で推定されたものだけを重視します。

本成果の発表論文

タイトル:
Introgression between native and prehistorically naturalized (archaeophytic) wild pear (Pyrus spp.) populations in Northern Tohoku, Northeast Japan.(東北日本の北東北地方でのナシ属における自生植物と野生化した史前帰化植物の浸透交雑)

掲載誌:
Conservation Genetics 巻号(年):11巻1号(2010年2月)

著者:
池谷祐幸、山本俊哉、片山寛則(国立大学法人神戸大学)、植松千代美(大阪市立大学)、間瀬誠子、佐藤義彦

用語の解説

環境省レッドリストと絶滅危惧IA類
環境省では、国際自然保護連合の基準に基づき日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト(レッドリスト)を作成しています。そのうち「ごく近い将来における絶滅の危険性が極めて高い種」のランクが絶滅危惧IA類です。維管束植物では、ムニンノボタンやホテイアツモリなど523種が挙げられています。

自生種(自生植物)
現在日本に野生分布する生物のうち、日本列島に人類が渡来する以前から分布していたと推定される生物のことです。また人類の渡来後であっても、人為的要因ではなく自然に分布を広げた結果日本に野生していると推定される生物も自生種とされます。

史前帰化植物
現在日本に野生分布する植物のうち、日本列島に人類が渡来した以降から歴史時代になる前に、意図的ないし非意図的な人為的要因により海外から渡来したと推定される植物のことです。多くは農耕の開始以降にアジア大陸から渡来したと推定され、水田雑草などの人里植物や、果樹、野菜などの農作物です。通常は人里周辺や里山など比較的低地の山林で野生化しますが、過去ないし現在の人類の活動の結果、山間部や高山帯にまで分布する場合もあります。

外来種
人為的要因により海外から導入されたと推定される生物です。通常は野生生育する生物のみを指します。植物の場合は「帰化植物」とも呼ばれます。特に自然的生態系に定着し生物多様性を脅かすものは侵略的外来種と呼びます。導入時期を広く取れば上記の史前帰化植物も含みますが、通常は、特に幕末期以降に導入 された生物を指します。なお、幕末以前の歴史時代に導入された生物も外来種ですが、大航海時代以降に欧米から渡来した生物などを別にすると、正確な導入時期が不明等の理由のため、史前帰化植物との区別は厳密には困難であることが多いです。

マイクロサテライト
遺伝子の本体であるDNAの中に存在する短い反復が返された配列のことで、SSRとも呼ばれます。動物の個体間や作物の品種間でも違いが見られるため、ヒトの親子鑑定、食品のDNA鑑定などで広く利用されている信頼度の高いDNAマーカーです。