プレスリリース
喫煙・飲酒習慣と血中カロテノイド値との新たな関連を発見!

- 喫煙・飲酒は血中のβ-クリプトキサンチンなどを相乗的に減少させる可能性 -

情報公開日:2009年12月 8日 (火曜日)

ポイント

喫煙習慣を有するアルコール常用者ではβ-クリプトキサンチンなどの血中カロテノイド値が顕著に低いとの調査結果を確認。喫煙習慣を有するアルコール常用者では、カロテノイドを豊富に含む多く果物・野菜をより多く摂取することが重要であると推察。

概要

農研機構 果樹研究所【所長 福元將志】は浜松市北区三ヶ日町の協力を得て、栄養疫学調査(「三ヶ日町研究」)を実施してきました。今回、ミカンに多く含まれるβ-クリプトキサンチンをはじめとするカロテノイドの血中濃度と喫煙・飲酒習慣とに新たな関連があることを発見しました。

本調査研究から、喫煙習慣を有するアルコール常用者では酸化ストレスが増大し、β-クリプトキサンチンなどのカロテノイドの血中濃度が顕著に低いことが明らかになりました。このため喫煙習慣を有するアルコール常用者では、カロテノイドを豊富に含む果物・野菜の摂取がより重要である可能性が示唆されました。

なお、本研究成果は英国の栄養学専門誌「British Journal of Nutrition」の2009年10月号に掲載されました。

予算

農林水産省委託プロジェクト「食品・農産物の表示の信頼性確保と機能性解析のための基盤技術の開発」、果樹試験研究推進協議会研究補助金


詳細情報

背景と研究の経緯

果物・野菜にはβ-カロテンやβ-クリプトキサンチンなどのカロテノイドが豊富に含まれており、果物・野菜をたくさん食べる人ほどこれらカロテノイドの血中濃度が高くなることが知られています。カロテノイドはいずれも強力な抗酸化作用を有することから、生活習慣病の予防に有効ではないかと考えられています。一方、喫煙・飲酒は活性酸素種の発生源となり、生体に対して酸化ストレスを引き起こすことで、がんや心血管系疾患などの生活習慣病の原因の一つになると考えられています。

これらの酸化ストレスを防御するために生体には様々な抗酸化システム系が働いていますが、食品から摂取できるカロテノイドも重要な抗酸化物質であると考えられています。これまでに喫煙や飲酒習慣を有する人では血中のビタミンやカロテノイドレベルが低下していることが報告されており、これは過剰な酸化スト レスを消去するためにカロテノイドが抗酸化物質として働いていると考えられています。しかしながら、主要なカロテノイド6種に及ぼす喫煙と飲酒の相乗的な影響をカロテノイドの摂取量と血中濃度の両面から考慮して詳細に解析した報告はこれまでにありませんでした。

「三ヶ日町研究」は浜松市北区三ヶ日地域の住民を対象にした栄養疫学調査であり、ミカンなどの果物やこれらに豊富に含まれるカロテノイドが健康に及ぼす影響を疫学的に明らかにすることを目的としています。本調査研究への協力に同意の得られた1,073名の住民を対象に毎年継続して追跡調査を実施しています。近年公表された果物・野菜中のカロテノイド含有量を用いて、血中カロテノイド濃度に及ぼす喫煙と飲酒の相乗的な影響を解析したところ、今回、以下のことが明らかになりました。

内容・意義

  • カロテノイド6種の摂取量と血中濃度との関係
  • 三ヶ日町研究の各被験者の食事調査結果と野菜や果物中のカロテノイドの含有量から、一日当たりの6種のカロテノイド摂取量を算出しました。その結果、三ヶ日町研究において一番摂取量の多いカロテノイドはルテインで一日当たり約1.92mg(女性の幾何平均値)摂取していることが解りました。二番目に多いのがβ-カロテン(約1.70mg)、3番目がゼアキサンチン(約0.07mg)、4番目はβ-クリプトキサンチン(約0.31mg)でした(図1左グラフ)。一方、血中濃度ではβ-クリプトキサンチンが最も高く(約1.46µmol/L)、カロテノイドの中でも特に吸収性が良く体内に溜まりやすいことが推察されました(図1右グラフ)。また食事調査から推定したカロテノイド摂取量と血中濃度との相関を解析したところ、全てのカロテノイドはその摂取量と血中濃度とに有意な相関が確認できま した。

  • 飲酒・喫煙との関係
  • 被験者を喫煙者と非喫煙者(煙草を止めた人を含む)で分け、更にアルコール摂取量から(1)非飲酒群(一日当たり1g未満)、(2)軽度飲酒群(1g以上25g未満)、(3)アルコール常用群(毎日25g以上)に分け、計6群のカロテノイド血中濃度を調査しました。また、6群のカロテノイド摂取量が同じになるように統計処理を行いました。

    非喫煙者(図2グラフ中の○)においては、軽度の飲酒量ではカロテノイドの血中濃度はほとんど変わりませんが(図2緑色矢印)、毎日25g以上のアルコールを摂取しているアルコール常用者では、リコペン、α-カロテン、β-カロテン及びβ-クリプトキサンチンの血中濃度が有意に低いことが解りました(図2黄色矢印)。

    一方、喫煙者(図2グラフ中の●)においては、飲酒しない人達でのカロテノイド血中濃度は何れも非喫煙者と有意な差は認められませんでしたが、飲酒量が比較的少量でもα-カロテン、β-カロテン及びβ-クリプトキサンチンの血中濃度は有意に低く(図2紫色矢印)、飲酒量が多い人では更に顕著に低いことが解りました(図2赤色矢印)。

    このように飲酒や喫煙と血中カロテノイド値との関係が、カロテノイドの種類によって異なることが今回初めて解りました。飲酒も喫煙もしない人達に比べて、喫煙習慣を有するアルコール常用者では、β-クリプトキサンチンの血中濃度は約53%、β-カロテンは52%、α-カロテンでは約43%低い計算になりました。一方、ルテイン及びゼアキサンチンの血中濃度は飲酒や喫煙による影響が小さいことも解りました。

今後の予定

今回の研究で喫煙と飲酒が血中のカロテノイド濃度を相乗的に減少させるのではないかと考えられる結果が得られました。喫煙と飲酒の影響の受け易さがカロテノイドによって異なることを主要な6種のカロテノイドについて検討した報告は今回が初めてです。α-カロテン、β-カロテン、及びβ-クリプトキサンチンの3つのカロテノイドは喫煙・飲酒で起きる酸化ストレスに対して有効な抗酸化物質と考えらます。また、β-クリプトキサンチンと喫煙者の肺がんリ スク、飲酒者の血中γ-GTP上昇リスクとの関連が近年報告されており、β-クリプトキサンチンには飲酒や喫煙に絡んだ疾病リスクを特徴的に下げる効果が期待されます。

健康維持のためには、飲酒量を控えて禁煙することが最も重要なことですが、本研究結果は果物・野菜の推奨摂取量を考える上で重要な知見となるでしょう。

今後は喫煙・飲酒による酸化ストレスに対するカロテノイドの作用機構について詳細な実験的検討を行う予定です。

図1 各カロテノイドの一日当たりの摂取量と血中濃度(女性での幾何平均値)
図1 各カロテノイドの一日当たりの摂取量と血中濃度(女性での幾何平均値)

図2 喫煙・飲酒習慣別にみた各カロテノイドの血中濃度(幾何平均値)
図2 喫煙・飲酒習慣別にみた各カロテノイドの血中濃度(幾何平均値)

酸化ストレスの増大

用語の解説

カロテノイド
果物や野菜等に多く存在する天然の色素で、化学式 C40H56の基本構造を持つ化合物の誘導体。食品中に含まれる主要なカロテノイドとしてリコペン、α-カロテン、β-カロテン、β-クリプトキサンチン、ルテイン、ゼアキサンチンの6種がある。これらは二重結合を有するため何れも抗酸化作用が大きく、がんなどの生活習慣病に対する予防効果が期待されている。主要なカロテノイド6種のうちα-カロテン、β- カロテン、β-クリプトキサンチンは体内に吸収されてビタミンAとなる。

活性酸素種
空気中の酸素分子よりも反応性の高い酸素を含んだ分子の総称。

酸化ストレス
脂質・蛋白質・DNAなどの生体成分が反応性の高い活性酸素種の攻撃により酸化反応を受けること。喫煙・飲酒・運動でも酸化ストレスは上昇し、様々な疾 病発症に関与していると考えられている。

疫学研究
疫学研究とは実験動物や培養細胞ではなく、実際の人口集団を対象として、疾病とその規定要員との関連を明らかにする研究。

栄養疫学調査
疫学研究の中でも、様々な病気の発生や予防に食生活の中でどのような食品群や栄養素群が関連しているかを明らかにする調査。

幾何平均値
幾何平均値は、データを処理する場合等に示す平均値の一つ。具体的にはn個のデータがある場合に、全てのデータの積をn乗根(nは対数)で表した値。
幾何平均値:\sqrt[n]{x_1x_2\cdots{}x_n}
データが正規分布を示さず、一般的な平均値(算術平均値)で集団を的確に表現することが難しい場合の統計処理等で用いられる。掲載したグラフでは、対数値で求められた平均値をもとのスケールへ再度変換した値を示している。