研究の背景・経緯
欧米を中心とする最近の栄養疫学研究から、ビタミンやミネラル類を豊富に含む果物・野菜の摂取が、健康な骨の形成・維持に重要であることが明らかにされつつあります。また、骨密度の低下に酸化ストレス3)の関与も示唆されるようになり、抗酸化物質4)が豊富な果物・野菜の摂取が骨密度の低下予防に有効である可能性が考えられるようになってきました。
「三ヶ日町研究」は浜松市北区三ヶ日地域の住民を対象にした栄養疫学調査であり、ウンシュウミカンなどの果物や野菜等に豊富に含まれる抗酸化物質であるカロテノイド類(リコペン、α-カロテン、β-カロテン、β-クリプトキサンチン、ルテイン、ゼアキサンチン)が健康に及ぼす影響を疫学的に明らかにすることを目的としています。
本研究所ではこれまでに、「三ヶ日町研究」で平成17年度に実施した非利き腕の橈骨(とうこつ)1/3遠位5)部(図-1)における骨密度調査から、β-クリプトキサンチンの血中濃度が高い閉経女性は骨密度が高いという関連性があることを明らかにしています。しかし、血中のカロテノイド濃度と骨粗しょう症6)の発症リスクとの関連を追跡調査で評価した報告は、これまでにありませんでした。
そこで今回、調査開始から4年後の平成21年に457名の協力を得て追跡調査を実施し、血中カロテノイド濃度と骨粗しょう症の発症リスクとの関連について解析しました。
方法および結果
- 閉経女性のうち、調査開始時に既に骨粗しょう症を発症していた被験者を除いて、血中のβ-クリプトキサンチン濃度について、低いグループから、高いグループまでの3グループに分け、各グループでの骨粗しょう症の発症率を調査しました。
その結果、血中のβ-クリプトキサンチンが高濃度のグループにおける骨粗しょう症の発症リスクは、低濃度のグループを1.0とした場合0.08となり、統計的に有意に低い結果となりました(図-2)。この関連は、ビタミンやミネラル類の摂取量などの影響を取り除いても統計的に有意でした。
- 調査開始から4年後の追跡調査で、新たに骨低下症7)及び骨粗しょう症を発症していた閉経女性では、調査開始時における血中β-クリプトキサンチン濃度が、発症しなかった健康な被験者(平均値1.94 μM)に対して、骨低下症では1.59 μM、骨粗しょう症では1.16 μMとなり、4年間で骨密度が低下した被験者ほど調査開始時の血中β-クリプトキサンチン濃度が統計的に有意に低かったことが解りました(図-3)。
これらの結果より、血中のβ-クリプトキサンチン濃度が低いほど、骨粗しょう症を発症しやすいということが示唆されました。
- 今回調査した6種のカロテノイドのうち、骨粗しょう症の発症リスク低減と有意な関連が認められたのはβ-クリプトキサンチンのみでした。一方、男性や閉経前の女性においてはこのような関連はみられませんでした。
今後の予定・期待
現在、国内における要介護に至る大きな要因の一つに、骨粗しょう症による骨折等が挙げられます。骨粗しょう症予防は将来的な要介護のリスクを低くし、健康寿命の延伸につながるという観点からも注目される成果といえます。
β-クリプトキサンチンは閉経女性における健康な骨の維持・形成に対して有益である可能性が明らかにされたことから、今後はウンシュウミカンやβ-クリプトキサンチンの骨代謝に及ぼす作用を検討するとともに、そのメカニズムについても明らかにしていきたいと考えております。
用語の解説
1)カロテノイド色素
天然に存在する色素であり、人参やカボチャに多いβ-カロテン、トマトに多いリコペン、緑色野菜に多いルテインなどがある。β-クリプトキサンチンは日本のウンシュウミカンに特徴的に多く含まれている。
2)三ヶ日町研究
旧静岡県引佐郡三ヶ日町(現浜松市北区三ヶ日町)の住民1072名を対象に平成15年より開始した栄養疫学調査。住民の多くがミカン産業に従事しており、ミカンをたくさん食べる人からほとんど食べない人まで幅広く分布している。そのためミカンの健康影響を高い精度で評価することが可能である。
3)酸化ストレス
脂質、蛋白質、遺伝子等の生体成分が酸化反応を受けること。がんや動脈硬化、肝疾患等の様々な生活習慣病の原因の一つと考えられている。
4)抗酸化物質
酸化ストレスを減弱もしくは除去する物質の総称。
5) 橈骨(とうこつ)
橈骨(とうこつ)橈骨は左右前腕に一本ずつ存在し、尺骨(しゃっこつ)とともに前腕構造を支持している(図-1)。橈骨の遠位1/3での骨密度測定は、骨密度の変化を正確に評価できる。本調査研究では、橈骨1/3遠位における骨密度を低エネルギー2重X線法により測定した。
6)骨粗しょう症
成人平均骨密度に対して骨密度が70%未満であること。
7)骨低下症
成人平均骨密度に対して骨密度が70%以上かつ80%未満であること。


オッズとはある出来事が発生しない確率に対する発生する確率の比を示し、オッズ比は二つのオッズの比を現す。図-1では、血中β-クリプトキサンチンレベルの低いグループを基準(オッズ比1)としたとき、高いグループのオッズ比が0.08であり、これは血中β-クリプトキサンチンレベルの低いグループに比べて高いグループでは骨粗しょう症発症のリスクが92%低いことを意味する
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