プレスリリース
ニホングリは渋皮のむける遺伝子を隠し持っていた

- 渋皮のむけるクリ「ぽろたん」出現の謎を解明 -

情報公開日:2013年3月14日 (木曜日)

ポイント

  • ニホングリ品種「ぽろたん」の特徴である渋皮のむけやすさの原因となる遺伝子を明らかにし、渋皮のむけやすさは、ニホングリ在来品種の持つ遺伝子に由来することを解明しました。
  • この結果を利用し、育種に利用可能な、渋皮のむけやすさを判別できるDNAマーカーを開発しました。このマーカーは、「ぽろたん」と同様に良食味でむけやすい品種の育成に利用できます。

概要

  • ニホングリ品種「ぽろたん」の渋皮のむけやすさ(易渋皮剥皮性(いしぶかわはくひせい)1))は、劣性遺伝子2)によって決定されることを明らかにしました。この遺伝子の由来はニホングリ在来品種の「乙宗(おとむね)」で、それが育種の過程でホモ3)化したことにより、渋皮のむける「ぽろたん」が出現したことを解明しました。あわせて、「ぽろたん」の易渋皮剥皮性遺伝子の有無を判別できるDNAマーカー4)を開発しました。
  • これを用いることで、渋皮のむけやすい個体を従来よりも短期間で選抜でき、より効率的な品種育成が可能になります。

関連情報

予算区分

  • 運営費交付金
  • 農林水産省新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業
    「渋皮が剥けやすいニホングリ「ぽろたん」の生産・利用技術の確立」(H20-H22)

詳細情報

背景と研究の経緯

日本原産であるニホングリは、栽培しやすいだけでなく、果実が大きいなど優れた特性を持っています。しかし、従来のニホングリ品種は渋皮がむけにくいために消費者から敬遠され、ここ20年で国内のクリ出荷量は約40%減少しています。2007年に品種登録されたニホングリ新品種「ぽろたん」は、渋皮がむけやすいという画期的な特徴を持っており(写真1)、国内のクリ産地に広く普及することが期待されています。「ぽろたん」の育成によって、今後のニホングリ品種には「ぽろたん」と同様のむけやすさが求められています。しかし、その遺伝の仕方や由来などの情報は不明であったため、「ぽろたん」のような渋皮のむけやすい品種を計画的に育成することは難しい状況でした。
そこで、交配によって「ぽろたん」の易渋皮剥皮性についての遺伝の仕方を明らかにしました。さらに易渋皮剥皮性を決定する遺伝子の有無を判別できるDNAマーカーを開発し、この遺伝子の由来を明らかにしました。

内容・意義

内容

1.「ぽろたん」の易渋皮剥皮性についての遺伝の仕方

「ぽろたん」が出現した交配組み合わせである、「550-40」×「丹沢」の59個体、および「ぽろたん」、「丹沢」、「筑波」を用いた交配により育成した99個体について、渋皮剥皮性を調査しました。その結果、「ぽろたん」のむけやすさは劣性の遺伝子pによって決定されることを明らかにしました。「ぽろたん」はこれをホモ(pp)に持つことから易渋皮剥皮性であり、「丹沢」および「550-40」はこの劣性遺伝子と、対立する優性の難渋皮剥皮性遺伝子をヘテロ(Pp)3)に持つために渋皮がむけにくいことが推定されました(表1)。

2.易渋皮剥皮性遺伝子の有無を判別できるDNAマーカーの開発と、「ぽろたん」の易渋皮剥皮性の由来

「550-40」×「丹沢」の実生を材料として、「ぽろたん」の易渋皮剥皮性遺伝子の有無を判別できるDNAマーカーを開発しました。このDNAマーカーを用いて「ぽろたん」の祖先品種・系統について易渋皮剥皮性遺伝子の有無を調査した結果、「ぽろたん」の易渋皮剥皮性はニホングリ在来品種の「乙宗」に由来することを明らかにしました(図1)。「乙宗」そのものは難渋皮剥皮性ですが、易渋皮剥皮性遺伝子pをヘテロ(Pp)に隠し持っており、果樹研究所における育種の過程で「丹沢」、「国見」、「550-40」がこの遺伝子pを引き継ぎ、最終的にこの遺伝子がホモ化(pp)したことにより「ぽろたん」で渋皮がむけやすいという形質が「ぽろたん」に現れたことを明らかにしました。

成果の意義

これまで、「ぽろたん」の易渋皮剥皮性について、遺伝の仕方や由来といった情報が不明でした。そのため、どのような組み合わせの交配を行った場合に易渋皮剥皮性のクリ個体が獲得できるかが分からず、易渋皮剥皮性品種の計画的な育成は困難でした。本研究において「ぽろたん」の易渋皮剥皮性が劣性の遺伝子により決定されることが明らかとなったことから、この遺伝子を持つ品種・系統を交配することで次の世代において確実に易渋皮剥皮性の個体を獲得できるようになり、計画的な品種育成が可能になりました。

今後の予定・期待

今後は、本研究で得られた成果を利用することで、易渋皮剥皮性個体の確実な獲得が可能となり、「ぽろたん」に続く渋皮のむけやすいニホングリ品種の育成が期待されます。

また、「モモクリ3年」という言葉のように、クリは種子をまいた後、3年以上育てなければ果実を収穫することができず、そのむけやすさも収穫後でなければ判別できませんでした。本研究で開発したDNAマーカーを用いることで、渋皮のむけやすさが種子をまく前に判別できるようになります。その結果、育成期間の短縮や、園地の有効利用が可能となり、効率的な品種育成が期待できます。

用語の解説

1)渋皮剥皮性
クリ果実は、硬い鬼皮で覆われた内側に、クリ果実の可食部に直接付着する果皮があり、これを渋皮と呼びます。渋皮がむけやすいか否かを渋皮剥皮性と呼んでいます。

2)劣性遺伝子
一般的な動植物において遺伝子は両親からそれぞれ受け継ぐため、それぞれの形質について両親由来の2つの遺伝子を持っています。両親から受け継いだ遺伝子が異なる場合に形質として現れる遺伝子を優性遺伝子、現れないものを劣性遺伝子と呼びます。

3)ホモ・ヘテロ
一つの形質について、両親から受け継いだ2つの遺伝子が同じ遺伝子である場合をホモといい、別々の遺伝子である場合をヘテロといいます。劣性の遺伝子が形質として現れるためには、その遺伝子がホモ化されている必要があります。

4)DNAマーカー
DNAマーカーとは、DNAの塩基配列中の特定の配列を利用した目印のことです。葉などから取り出したDNAがあれば、開発したDNAマーカーを使って易渋皮剥皮性遺伝子を持つかどうかを識別することができます。

本成果の発表論文

論 題:Inheritance of the easy-peeling pellicle trait of Japanese chestnut cultivar Porotan(クリ品種「ぽろたん」の易渋皮剥皮性の遺伝)
掲載誌:HortScience, 47巻7号(2012年7月)
著 者:高田教臣、西尾聡悟、山田昌彦、澤村豊、佐藤明彦、平林利郎、齋藤寿広

論 題:Mapping and pedigree analysis of the gene that controls the easy peel pellicle trait in Japanese chestnut (Castanea crenata Sieb. et Zucc.)(ニホングリの渋皮剥皮性遺伝子のマッピングと家系解析)
掲載誌:Tree Genetics & Genomes, Published Online:12 Janauary 2013
著 者:西尾聡悟、高田教臣、山本俊哉、寺上伸吾、林武司、澤村豊、齋藤寿広

図表

 「ぽろたん」と「筑波」の加熱後

写真1. 鬼皮に傷を入れた後、電子レンジ(700W)で2分間加熱したクリ果実

「筑波」:現在のニホングリ主力品種
・「ぽろたん」は加熱すると渋皮まで簡単にむけるが、「筑波」は加熱しても渋皮が果肉からむけにくい。
・クリ果実の内側の柔らかい皮を渋皮、外側の硬い皮を鬼皮という。

ぽろたんの推定遺伝子型

z カッコ内は交配親の渋皮剥皮性
y 190°Cの食用油中で2分間加熱した果実による評価結果。
渋皮の90%以上がむけた個体を“易”、90%未満を“難”とした。
x 「ぽろたん」の易渋皮剥皮性が劣性の遺伝子pによって決定されており、交配親の遺伝子型をそれぞれ「ぽろたん」:pp、「丹沢」および550-40:Pp、「筑波」:PPとした場合に推定される、渋皮剥皮性の難易の分離比。(注:Pは同遺伝子座における対立する優性の難渋皮剥皮性遺伝子)

ぽろたんの家系図

図1.「ぽろたん」の系譜図と明らかとなった渋皮剥皮性遺伝子の遺伝子型

p :易渋皮剥皮性遺伝子、P:pと対立する優性の難渋皮剥皮性遺伝子
・「ぽろたん」は、「乙宗」の隠し持っていた易渋皮剥皮性遺伝子(p)が育種の結果ホモ化(pp)したことにより易渋皮剥皮性となった。
PP
Pp…難渋皮剥皮性、pp…易渋皮剥皮性となる