プレスリリース
ブドウ果皮の色調を制御する二つの遺伝子座を発見

- 温暖化に対応した優良着色品種の効率的な育成が可能に -

情報公開日:2015年6月23日 (火曜日)

ポイント

  • 赤~紫黒色のブドウ果皮の色調を制御する二つの遺伝子の位置(遺伝子座)を特定しました。
  • 二つの遺伝子座における遺伝子タイプの組合せが果皮の色調を主に決定することが明らかになりました。
  • 今回得られた成果を活用することにより、生産者から要望の強い、温暖化に対応した優良着色品種の育成を加速することが出来ます。

概要

1. 農研機構果樹研究所は、赤~紫黒色のブドウ果皮の色調を制御する二つの遺伝子の位置(遺伝子座)を特定しました。 

2. ブドウは果皮の色調が悪いと市場価値が低下しますが、果皮の着色期に高温にさらされると着色不良になりやすく、生産者からは地球温暖化に対応した優良着色品種が求められています。

3. ブドウの色調は、数種類のアントシアニン色素の組成で決まります。今回、二つの遺伝子座における遺伝子のタイプの違いが果皮の色調を主に決定し、高温下でも安定着色する紫黒色のブドウや、色鮮やかな赤色のブドウを生じることが分かりました。

4. ブドウの品種開発において、掛け合わせたブドウが結実し、果皮の評価が出来るようになるまでに最低でも3年以上必要で、多くの個体から選抜するための広い圃場も必要です。しかし、DNAマーカー1)を活用して幼苗の段階で果皮形質を推定し、優れた素質を持つ個体だけを選抜していけば、効率的な品種改良を行うことが可能となります。

5. 今回得られた成果を活用し、現在、高温下でも安定着色する紫黒色ブドウなどの優良着色品種を選抜できるDNAマーカーの開発を進めており、約3年後にはDNAマーカーを活用した優良着色品種の育成が開始される予定です。

  予算:
    ・運営費交付金
    ・農林水産省委託プロジェクト「気候変動に適応した野菜品種・系統および果樹系統の開発」(H23-26)


詳細情報

背景と研究の経緯

   気候温暖化によるブドウ果皮の着色不良が問題となる中、生産者からは、高温下でも安定着色する優良着色品種の開発が求められています。ブドウでは高温下での着色安定性や色調が異なる数種類のアントシアニン色素があり、これらの組成によって果皮の最終的な色調や着色安定性が決まります。しかし、アントシアニン組成の遺伝機構はこれまで不明でした。そこで、果皮の色調の決定に関連する遺伝子座の同定を目的として、欧米雑種ブドウ2)から作成した連鎖地図3)を用いて、アントシアニン組成に関与する遺伝子の位置を特定しました。さらに、特定した遺伝子の位置(遺伝子座)における遺伝子のタイプ(遺伝子型)と果皮の色調との関係を調査しました。

内容・意義

1.果皮の色調(赤~紫黒色)に関連する二つの遺伝子座を発見しました。
   ブドウ果皮の色調は、果皮に蓄積する数種類のアントシアニン色素の組成により決まります。アントシアニン組成のQTL解析4)の結果、赤~紫色の制御に関連する染色体領域(QTL)として、第2染色体上に遺伝子座A(MYB)を検出しました(図1)。MYB(ミブ)は、果皮着色の有無(赤~紫黒色と黄緑色)を決定する遺伝子ですが、アントシアニン組成にも関与することが初めて明らかになりました。
  さらに、色調の深赤色化、着色安定化に関連するQTLとして、第1染色体上に遺伝子座B(AOMT)を検出しました。AOMT(エーオーエムティー)は、アントシアニンを深色化・安定化させるメチル化という現象を制御する遺伝子です。

2.二つの遺伝子座における遺伝子のタイプ(遺伝子型)が果皮の色調に影響することを明らかにしました。
   遺伝子座Aには3つの遺伝子型があることが分かりました。これらの遺伝子型と果皮の色調との関係を調査した結果、遺伝子型が「タイプ2」の個体群は、紫色系の色調のアントシアニンを多く蓄積することが分かりました(図2)。一方、遺伝子型が「タイプ1」の個体群は、赤色系の色調のアントシアニンを多く蓄積することが分かりました。「タイプ3」の個体群は「タイプ1」と「タイプ2」の中間の色調となりました。
   また、遺伝子座Bには4つの遺伝子型があり、このうち遺伝子型が「タイプIV」の個体群では、深赤色化・安定化したアントシアニンが多く蓄積することが分かりました(図2)。一方、遺伝子型が「タイプI」の個体群には、深赤色化・安定化したアントシアニンがほとんど蓄積していませんでした。「タイプII」、「タイプIII」の個体群は「タイプI」と「タイプIV」の中間の形質となりました。

今後の予定・期待

   本研究で得た成果を利用して、果皮の色調を推定できるDNAマーカーを開発中です。これにより、温暖化に対応した優良着色品種の早期選抜が可能になります。例えば、紫黒色のブドウは高温下でも安定的に着色することから、遺伝子座Aが「タイプ2」で、遺伝子座Bが「タイプIV」を持つ個体をDNAマーカーにより選抜することで、生産者からの要望の強い、高温下でも安定着色する紫黒色ブドウの育成が可能です(表)。また、遺伝子座Aが「タイプ1」で、遺伝子座Bが「タイプI」の個体を選抜することで、色鮮やかな赤色ブドウの育成も可能です。
   現在、開発中のDNAマーカーを用いて、数百個体のブドウを対象とした果皮の色調予測に取り組んでいます。約3年後には、これらの個体の果皮色を確認できる見込みのため、DNAマーカーを活用した幼苗段階での果皮の色調予測の有効性が明らかになる予定です。

用語の解説

1)DNAマーカー
   DNA塩基配列中の特定の配列を利用した目印のことです。調べたい形質のDNAマーカーを用いて、葉などから抽出したDNAを解析することで、結実を待たずに果実形質などの予測が可能です。

2)欧米雑種ブドウ
   ブドウにはいくつか種類がありますが、日本では主に欧州ブドウ、米国ブドウ、欧米雑種ブドウが栽培されています。欧州ブドウはヨーロッパから西アジア原産のブドウで食味は優れますが、降雨による裂果の発生が多いのと、耐病性の低さのため、雨が多い日本では露地での栽培が難しい種類です。米国ブドウは、アメリカ東部原産のブドウをもとに交配・育成されたブドウで、耐病性、耐寒性が高く、日本でも比較的容易に栽培できます。欧米雑種ブドウはこの欧州ブドウと米国ブドウを交配した種類で、「巨峰」、「デラウェア」、近年栽培が急増している農研機構育成の「シャインマスカット」など、日本で栽培されている多くの品種は欧米雑種ブドウです。

3)連鎖地図
   染色体上の遺伝子やDNAマーカーの相対的な位置関係(連鎖関係)を示した地図です。ブドウは19本の染色体を持っているので、19連鎖群からなる連鎖地図が作成されます。

4)QTL解析
   ブドウの着色(赤~紫黒色と黄緑色)や種の有無などの不連続な形質を質的形質、果実重やアントシアニン組成などの連続した数値で示される形質を量的形質と言います。量的形質は複数の遺伝子に制御されており、これらの遺伝子が位置する染色体領域(Quantitative Trait Loci、QTL)を検出する方法がQTL解析です。

本成果の発表論文

論   題:MYB diplotypes at the color locus affect the ratios of tri/di-hydroxylated and
         methylated/non-methylated anthocyanins in grape berry skin
掲載誌:Tree Genetics & Genomes(2015)11:31
著   者:東 暁史、伴 雄介、佐藤明彦、河野 淳、白石美樹夫、薬師寺博、小林省蔵

図表

図1 QTL解析による果皮の色調に関連する遺伝子座の検出

 図1   QTL解析による果皮の色調に関連する遺伝子座の検出

 

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 図2   遺伝子座A、遺伝子座Bの遺伝子型と果皮の色調との関係

 

 表   遺伝子座A、遺伝子座Bの遺伝子型を利用した優良着色品種の選抜イメージ
表 遺伝子座A、遺伝子座Bの遺伝子型を利用した優良着色品種の選抜イメージ