プレスリリース
ニホングリ在来品種の遺伝的関係をDNA解析により検証

- 丹波地域から地方へ在来品種が伝搬 -

情報公開日:2015年6月23日 (火曜日)

ポイント

  • ニホングリ在来品種は、丹波地域の品種と丹波地域以外の品種の大きく2つのグループに遺伝的に分類されました。
  • 在来品種の親子関係が明らかになり、丹波地域の品種が他の地方品種の成立において重要な役割を担っていたという仮説を分子遺伝学的に検証することができました。

概要

1. ニホングリの在来品種1)は、主に、「丹波地域2)の品種」を中心に構成されるグループと「丹波地域以外の品種」で構成されるグループに分かれることを明らかにしました。一部の品種が地理的情報と矛盾するグループに分類されたことから、古くから品種が地域をまたいで往来していたことが示唆されました。

2. 60の在来品種の親子解析により、丹波地域の伝統的な在来品種が他の地方の在来品種の片親となっていることが推定されました。このことから、丹波地域の品種が他の地方へ伝搬し、地方品種の成立において重要な役割を担っていたことが推測されました。

3. 従来から「ニホングリの品種および栽培が普及した過程で丹波地域から他の地方へ在来品種が伝搬した」という仮説がありましたが、本研究ではこれを分子遺伝学的に検証することができました。

4. 在来品種の遺伝的関係がより明らかになったことにより、近親交配による樹勢や収量低下等の問題を回避する交配計画を策定し、遺伝的に遠い品種同士の交配を行うことにより品種育成を効率化することができます。

予算:運営費交付金


詳細情報

背景と研究の経緯

丹波地域から地方へ在来品種が伝搬した」という仮説の検証
   ニホングリは日本原産の果樹で、古くから広く栽培され、全国に多くの在来品種が発達しています。文献上最も古い栽培の記録をもつクリの産地は大阪、兵庫、京都の3府県が境界を接する丹波地方で、この地域で栽培されるクリは『丹波栗』と総称され、大果であることで知られていました。クリに品種の概念が成立したのは江戸時代以降と推定されていますが、この頃から優良なクリが丹波地域から全国に持ち運ばれ、栽培が広がったものと考えられています。しかしながら、個々の在来品種の詳細な記録は少なく、この仮説の検証は不十分でした。

在来品種の遺伝的類縁関係の評価
   新しい品種の育成には、多様な遺伝資源を利用し、様々な有用遺伝子を集積することが必要です。そのため、在来品種の遺伝的類縁関係を評価することは重要です。これまで、クリの在来品種の類縁関係は、由来する地域の地理的情報をもとに整理されてきました。しかしながら、近年ではクリにおいて異なる地域に由来する異名同種が多く発見されており、地理的情報のみで類縁関係を示すことは適切ではないことが明らかになってきました。

    この2つの点について、分子遺伝学的に解析しました。

内容・意義

  •    DNAマーカー3)の樹形図解析4)により、60の在来品種は、「丹波地域の品種」を中心に構成されるグループと主に「丹波地域以外の品種」で構成されるグループの2つに分かれました(図1a)。また、遺伝的構造解析5)においては、「丹波地域由来」と2つの「丹波地域以外の由来」のグループに分かれる遺伝的構造を示しました(図1b)。「丹波地域以外の由来」の品種の中で、宮崎県の在来品種の「飫肥早生(おびわせ)」だけは特異的な遺伝的構造を主に持つことから、異なる野生集団から選抜された可能性が示唆されました。樹形図解析および遺伝構造解析の結果は概ね一致していましたが、「丹波地域由来の遺伝的構造」をもつ他の地方の在来品種や、「丹波地域の品種」でも「丹波地域以外の由来の遺伝的構造」を主にもつ品種が数品種存在しており、また両方の遺伝的構造を持つ品種も存在していることから、古くから丹波地方を中心として品種が往来していたことが示唆されました。
  •    60の在来品種の親子解析より、両親が推定された8組合せ、片親のみの親子関係が推定された9組合せが存在しました(表1、表2)。これらの中で丹波地域の最も著名な品種である「銀寄(ぎんよせ)6)」は5つの丹波地方以外の品種を含む6つの在来品種の親と推定され、また、丹波地域において広く栽培されていた伝統的な品種である「鹿ノ爪(かのつめ)」と秋田の在来品種である「伝五郎」においても親子関係が推定されました。これらのことから、丹波地域の品種が地方へ伝搬し、地方品種の成立において重要な役割を担っていたことが推測されました。
  •    1.および2.の結果および古い文献の記録より推定された在来品種の伝搬を(図2)に示しました。「ニホングリの品種および栽培が普及した過程で丹波地域から地方へ在来品種が伝搬した」という仮説が正しいことを、「丹波地域の品種」と「丹波地域以外の品種」に親子関係が存在したことにより、確認することができました。
  •    これまで在来品種は栽培されていた地域の地理的情報を基に分類し、整理されてきましたが、分子遺伝学的手法を用いた樹形図や遺伝的構造が明らかになり、より正確にその遺伝的類縁関係を整理することができました。果樹の品種育成の場合、近親交配により樹勢や収量の低下する近交弱勢7)が問題になりますので、正確に遺伝資源の類縁関係を評価することは重要です。これらの情報を元に、遺伝的に遠い品種同士の交配を行うことで、品種育成を効率化することができます。

今後の予定・期待

   近年の分子生物学やバイオインフォマティックスの発展に伴い、このように古い文献による仮説を検証することや、分子遺伝学的に遺伝資源の類縁関係を評価することが可能となりました。本研究は在来品種に限定して行いましたが、研究材料にシバグリ等の野生グリや朝鮮半島のニホングリを加えることで、クリの栽培化の歴史の解明や、さらに多様な遺伝資源の類縁関係を解明できることが期待されます。これらの知見や遺伝資源を品種改良に利用することで、これまでにない新たな形質を付与した品種を育成できるかもしれません。

用語の解説

1) 在来品種
   公的な研究機関が品種を育成する以前から、各地で農家が栽培していた品種です。本研究ではおおよそ100年以上前から栽培されている品種を在来品種として用いています。

2) 丹波地域
   大阪、兵庫、京都の3府県が境界を接する地域です。これらの地域では1000年以上前からクリ栽培の記録があり、これらの地方で作られるクリは『丹波栗』と総称され、果実が大きく品質が優良とされています。

3) DNAマーカー
   DNAの特定の塩基配列を利用した目印のことです。葉などから取り出したDNAをDNAマーカーで解析することにより、生物個体の遺伝的性質、もしくは系統(品種、親子)を特定することができます。

4) 樹形図解析
   本研究では階層的クラスタリングという手法を用いており、DNAの類似度が高い品種のクラスタ(まとまり)を作成し、作成したクラスタ同士の類似度から、さらに上流のクラスタを作成します。この処理を1つのクラスタになるまで繰り返すことにより、品種の遺伝的関係を整理することができます。

5) 遺伝的構造解析
   複数のDNAマーカーにより先祖集団の遺伝子の構成を推定し、ある個体が先祖集団の遺伝子をどの程度持っているか推定する手法です。本研究では、「丹波地方由来」、「それ以外の地方由来」および宮崎県の在来品種の「飫肥早生」に類縁関係の深い先祖集団の遺伝的構造が推定されました。

6) 「銀寄」
   大阪府能勢町原産の在来品種です。200年以上の栽培の歴史があり、丹波地方の代表的品種です。現在も全国のクリ栽培面積の15%程度を占めています。

7) 近交弱性
   遺伝的に近い品種の交雑により、有害な遺伝子の効果が表れます。果樹の場合には一般に樹勢や収量等が低下します。

本成果の発表論文

論   題:Use of population structure and parentage analyses to elucidate the spread of native cultivars of Japanese chestnut.
    (ニホングリ在来品種の伝搬を解明するための集団構造および親子関係の解析)
掲載誌:Tree Genetics & Genomes 10、 1171-1180 (2014)
著   者:西尾聡悟、池谷祐幸、藤井 浩、山本俊哉、寺上伸吾、高田教臣、齋藤寿広

図表

a:樹形図(赤:丹波地域の品種)、b:遺伝的構造解析(灰色:丹波地域由来)

図1 (a)樹形図による60の在来品種の分類:Iは「丹波地域の品種」を中心に構成されるグループ、IIは主に「丹波地域以外の品種」で構成されるグループを示す。( )内は在来品種の導入元の県を示す。丹波地域の品種と県は赤色で示す。(b)遺伝的構造解析による60の在来品種の分類。灰色、黒色および白色は、それぞれ「丹波地域由来」、「丹波地域以外の由来」および宮崎県の在来品種の「飫肥早生」と類縁関係の深い推定先祖集団を示す。

 

  表1.両親が推定された組合せ(8組) 表2.片親のみの親子関係が推定された組合せ(9組)

図2 推定される在来品種の伝搬

図2 推定される在来品種の伝搬