プレスリリース
植物の耐凍性を向上させる新しい遺伝子を発見

情報公開日:2009年8月19日 (水曜日)

ポイント

  • 植物の耐凍性を制御する新しい遺伝子をシロイヌナズナで発見
  • この遺伝子が作り出すタンパク質の細胞内の量を高めておくことで、植物の耐凍性を向上させることに成功
  • 今後この遺伝子を活用して、凍害や霜害に強い作物の作出が期待

【概要】

農研機構 北海道農業研究センターは、植物の耐凍性を制御する新しい遺伝子を発見し、耐凍性の向上した植物の作出に成功しました。
冬作物の真冬の凍害や露地野菜等の霜害による被害を低減するためには、作物の耐凍性を高める必要があります。しかし、植物で耐凍性を制御する遺伝子に関する知見はこれまで限られていました。
細菌や植物を低温で生育させると、低温ショックタンパク質と呼ばれる一群のタンパク質が細胞内に蓄積します。私たちは、遺伝学的解析が容易な実験植物であるシロイヌナズナを用いて、このタンパク質と耐凍性の関係を調べました。シロイヌナズナには低温ショックタンパク質を作り出す4つの遺伝子がありますが、このうちの1つ(CSP3)を欠損させることにより、耐凍性が著しく低下することが分かりました。また、CSP3遺伝子の量を高めた形質転換体を作出することにより、耐凍性の強化に成功しました。
本研究成果は米国の科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」の2009年8月28日号に掲載されます。

予算:交付金プロジェクト「実用遺伝子」(2006~現在)、日本学術振興会科学研究費補助金(2007~現在)


詳細情報

背景・経緯

多くの越冬性植物は晩秋の低温にさらされると、冬の凍結温度にも耐えて越冬できる能力を獲得します。この現象を低温馴化と呼びますが、どの様な仕組みで耐凍性が獲得されるのかについては、よく分かっていません。低温馴化のメカニズムを解明することにより、植物の耐凍性が何によって決められているのか耐凍性を強化するにはどの様にすべきかなどが明らかになると考えられています。本研究では、低温馴化の過程で植物が蓄積するタンパク質の1つに注目しました。このタンパク質は、細菌で低温ショックタンパク質として知られているタンパク質と同じ構造と機能(RNAシャペロンと呼ばれるRNA構造変換活性)をもっていることが明らかになりました。更にRNAシャペロンタンパク質が植物の耐凍性を制御していることを世界で初めて明らかになりました。

内容・意義

  • シロイヌナズナのもつ低温ショックタンパク質の1つであるCSP3タンパク質を作り出す遺伝子を欠失させると、耐凍性が著しく低下していることが明らかになりました(図1)。また、この植物では、ストレス耐性に関与するいくつかの遺伝子の発現が低下していました。
  • 低温ショックタンパク質を欠損した大腸菌は低温環境下では生育できなくなります。この大腸菌にCSP3遺伝子を導入し、CSP3タンパク質を作らせると、低温でも生育が可能になりました。つまり、シロイヌナズナのCSP3タンパク質は大腸菌の低温ショックタンパク質と同じくRNAシャペロン機能を持っていることがわかりました(図2)。
  • CSP3遺伝子を高発現させ、その働きを常に高めるように組換えたシロイヌナズナでは耐凍性が向上しており、耐性限界温度(LT50)が-7.2°Cである野生型(非組み換え体)より約1.5°C下げることに成功しました(図3)。このとき、CSP3遺伝子の高発現組換え体は、野生型と同じように生育し、生育に対する負の影響は見られませんでした。
  • CSP3タンパク質はRNAシャペロン活性により、耐凍性に関わる遺伝子をコードするmRNAの翻訳や分解を調節していると予想されます(図4)。
    本研究では、これまでに知られていなかった新しい機構で植物の耐凍性がコントロールされていることが明らかになりました。これは、RNAシャペロン活性が植物の環境適応の制御に関与していることを示した点で画期的な知見です。

今後の予定・期待

CSP3と同様の遺伝子は、ほぼ全ての植物に見出されます。これらの遺伝子を高発現させることで、コムギ、牧草などの越冬性の向上や野菜、果樹への霜害抵抗性付与などが可能になると思われます。

 

参考データ

図1. -4°C凍結後の実生の様子 図2.常温(37°C)と低温(17°C)における大腸菌の生育の様子

 

図3. CSP3 高発現体における耐凍性向上の様子 図4.CSP3の機能の仮想モデル

 

 

用語の解説

【耐凍性】
0°C以下の凍結温度に対する耐性。細胞内の水分が凍結すると枯死に至るので、越冬性の植物には、様々なタンパク質や糖類を細胞内に蓄積して、マイナス温度でも凍結しないような仕組みが存在する。

【低温ショックタンパク質】
大腸菌などのバクテリアにおいて、低温で誘導されるタンパク質で、低温ショックドメインとよばれる構造を共通に持つ。大腸菌ではRNAシャペロン活性を持つ。

【RNAシャペロン】
通常は一本鎖(直鎖)であるRNA中に生じた部分的な2本鎖(ヘアピン)構造に結合し、1本鎖構造に戻す活性を持つタンパク質。

【耐性限界温度(LT50)】
50%の個体が死滅する温度。耐凍性を示す指標として用いられる。