開発の社会的背景
ダッタンソバは、抗酸化能3)や毛細血管強化効果等を有するとされるルチンの含有量が多いという特徴があります。また、普通ソバとは異なり自殖性作物4)であるため、北海道のオホーツク沿海など、寒さで訪花昆虫の活動が制限される畑作北限地域での導入が期待できます。
しかし、従来の品種はルチン分解活性5)が極めて強く、例えばめん等を製造するため粉に水を加えると子実に含まれるルチンの大部分が分解してしまう上に、味が強烈に苦くなるためダッタンソバの利用は限られていました。
研究の経緯
苦味やルチンの分解は、特殊な加工等によってある程度は抑えられますが、食感や風味の劣化、製造コスト等の問題がありました。そこで、苦味が弱くルチン分解活性の弱いダッタンソバの新品種の育成を試みました。
「満天きらり」は、苦味とルチン分解活性の極めて弱い系統「f3g162」に、収量性や成熟期等が優る標準品種「北海T8号」を交配し育成した品種です。ダッタンソバとしては交雑育種で育成されたはじめての品種となります。
研究の内容・意義
1)「満天きらり」は標準品種「北海T8号」と比較し、粉の苦味が非常に弱くなりました(図1)。
2)ソバめんは「北海T8号」より良食味で、特に「苦味・えぐみ」が弱くなりました(図2)。
3)「北海T8号」と比べてそば粉のルチン分解活性が極めて弱く、めんのルチン含有量が増えました(図3)。
4)草丈、成熟期、収量性等は「北海T8号」と同程度のため、従来品種と同様の方法で栽培できます(表1)。
今後の予定・期待
近年、条件不利な地域を中心に耕作放棄地が急速に拡大しています。良食味でルチン含量が多い「満天きらり」のような新品種は、付加価値が高い食品の製造や、観光と結びついた地域特産物の開発を可能とし、地域産業活性化へ貢献できると期待されています。
「満天きらり」の作付けは、平成24年度は7ha程度の作付けでしたが、平成25年度は雄武町等を中心に30ha程度に拡大する見込みです。また、中国だけでも40万ha(36万t)のダッタンソバが栽培されており、苦みのない製品ができればさらに市場規模は拡大すると考えられます。「満天きらり」のような特徴を持つダッタンソバ品種は日本のみが保有する知的財産であると考えられ、将来的には国産の高付加価値ダッタンソバが地域特産物としてだけでなく、中国等への輸出品目にまで育つことを期待しています。
用語の解説
1)ダッタンソバ:ソバ属の栽培植物の一種で,中国を筆頭にロシア、EU諸国、ネパール等で栽培されています。平成24年度は全国で300ha程度作付されており、北海道が主産地となっています。ダッタンソバは自殖性であるため、他殖性の普通ソバとは異なり、ハエやハチ等の訪花昆虫の活動が低温によって制限される厳寒地でも栽培可能です。また,種子は普通ソバの100倍程度多くのルチンを含有します。
2)ルチン:ポリフェノールの一種で、ソバの有する代表的な機能性物質のひとつです。穀物ではソバのみが含有するとされています。ヒト介入試験にて一日20-30mgの摂取により毛細血管を強化する効果や、また360mgの摂取により脂質代謝の改善効果が報告されております。「満天きらり」のめんが同様の効果を有するか現段階では不明ですが、今後の研究が期待されるところです。
3)抗酸化能:生体内、食品等において酸素が関与する有害な反応を弱める又は除去する能力のことです。
4)自殖性作物:同じ個体の花粉によって種をつける作物(他殖性作物は、種をつけるためには他の個体から花粉を運ぶ昆虫等の手助けが必要なため、開花時期の気温によって収量が大きく変動。なお、ダッタンソバは自殖性のため温度による昆虫の活動の影響を受けずに種をつけることができます。)
5)ルチン分解活性:ルチンを分解する酵素活性のことです。従来品種のダッタンソバ種子のルチン分解活性は非常に強力なため、ダッタンソバ粉に水を加えるとルチンの大部分を分解してしまいます。また、ルチン分解活性がダッタンソバの苦味物質生成の引き金になっています。







