ポイント
- ゲノム全体の発現の変化を利用してイネの低温ストレスの感じ方を指標化した。
- 品種によって低温ストレスの感じ方に違いがあることを明らかにした。
- 低温ストレスに鈍感な品種は冷害に強く敏感な品種は冷害に弱い傾向があり、ストレス耐性に対して新しい考え方を提唱した。
概要
北海道大学大学院農学研究院と農研機構北海道農業研究センターは、遺伝子やそれ以外の反復配列を含む遺伝情報の総体(ゲノム)の発現の変動を利用して、イネが低温をどの程度ストレスと感じているのかを指標化することに成功しました。イネは、花粉の発育過程で低温に遭遇すると冷害を起こします。花粉の発育過程にあるイネに低温処理し、ゲノム全体の発現を無処理の個体と比較した結果、低温に強い品種(花粉の発育が良好)では通常の温度で栽培した時とほとんど変化がないのに対して、低温に弱い品種(花粉の発育が不良)は発現の変化が大きいことがわかりました。この傾向は、遺伝子以外の反復配列の発現でより高い相関があり、ストレスに対する指標として新しい基準を提示しました。
本研究は、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業およびイノベーション創出基礎的研究推進事業の支援を受けて実施されました。
論文発表の概要
研究論文名
Low temperature-responsive changes in the anther transcriptome’s repeat sequences are indicative of stress sensitivity and pollen sterility in rice strains(イネの葯における反復配列全体の発現変動は低温ストレスと花粉不稔の指標となる)
著者
石黒聖也*1、小笠原慧*1、藤野介延*1、佐藤裕*2、貴島祐治*1
*1北海道大学大学院農学研究院 *2農研機構北海道農業研究センター
公表雑誌
Plant Physiology
公表日
米国東部時間 2013年12月27日(金曜日)
研究成果の概要
背景
これまで植物が環境の変化でどの程度ストレスを感じているかを定量的に判断する基準はありませんでした。本研究は、冷害の過程でイネが低温をストレスと感じれば、様々な発現の変化が起きると考え、その発現の変化をストレスの指標にしようと試みました。イネは、夏に穂の中で花粉が発育する時期に18°C未満の日が数日続くと冷害を起こしやすくなりますが、それは品種の間で大きな違いがあります。低温でも花粉が正常に発育する品種と異常になる品種があり、低温の感じ方の違いを、これらの品種を使って比較しました。
研究手法
ゲノムは生物の遺伝情報の総体であり、遺伝子の他に役に立たないと思われる情報も沢山含んでいます。ストレスを感じると多くの遺伝子は発現を変化させますが、遺伝子でない不特定多数の反復配列でも、ストレスで発現が変化することをマイクロアレイ法1)で確かめました。そこで遺伝子や反復配列を合わせたゲノム全体の発現の変化(ゲノムの震え)が低温ストレスを感じる指標になると判断しました。低温耐性の違う5つのイネの品種を、花粉の発育時期に低温で育て、花粉を作る葯(やく)組織の遺伝子や反復配列での発現をマイクロアレイ法で調べると、低温に強い品種(花粉の発育が良好)では通常の温度で栽培した時とほとんど変化がないのに対して、低温に弱い品種(花粉の発育が不良)は発現の変化が大きいことがわかりました。低温に対する弱さは、遺伝子よりも反復配列の発現の変化と高い相関を示しました(図参照)。
研究成果
本研究では、イネのストレスを感じる程度をゲノム全体の発現の変化(ゲノムの震え)として捉えることに成功しました。特に、遺伝子ではない反復配列での発現の変化が、イネの品種の低温ストレスに対する特性をよく表していることがわかりました。植物の環境ストレス耐性の研究では、ストレスに遭遇した時に顕著に変化する遺伝子を主なターゲットとして解析してきましたが、低温に遭遇しても発現を変化させない性質、低温鈍感力という特性も、ストレス耐性に関わる要因であることが強く示唆できました。
今後への期待
ここで示したように、他の植物においてもゲノム全体の発現の変化(ゲノムの震え)を指標にすることで、ストレス感受性程度を計ることができると期待できます。また、従来、植物ではストレスによって起る過剰な反応の中に、耐性を強める秘策があると考えられてきました。この研究で明らかにしたストレスに鈍感な性質でも耐性を持つことが、他の事例によっても同じように認められ、品種改良の判断基準になるよう更なる研究の展開を行っていきたいと思います。