プレスリリース
有害線虫の多種同時診断技術 -DNA鑑定により線虫分類の専門知識が無くても種判定できる-

情報公開日:2016年10月21日 (金曜日)

ポイント

・DNA鑑定により、畑に発生している有害線虫1)(ネグサレセンチュウ類、ネコブセンチュウ類)の種類を線虫分類の専門家でなくても一度に判定できる技術を開発しました。
・地域の農業試験場等において、線虫による被害の把握と対策の実施をより早く、確実に行えるようになります。

概要

1. 農研機構では、農作物の健全な生産を支援するため、病害虫の高感度な検出や診断の技術開発を進めています。このたび、国内の畑地に発生する有害線虫(ネグサレセンチュウとネコブセンチュウ計13種類)について、DNAを抽出し、1回のPCR増幅2)操作後に電気泳動3)により分析するという作業工程だけで、同時かつ高精度に種を判定できる新技術を開発しました。

2. 本技術を用いることにより、線虫分類に関する専門的な知識が無くても、線虫の診断が可能です。線虫の調査技術が簡便化されることで、線虫による被害の把握や防除対策をより早く、より確実に行えるようになります。

3. 本技術の実施マニュアルは、農研機構北海道農業研究センターのホームページ( http://www.naro.affrc.go.jp/harc/ ) からダウンロードできます。また、電気泳動の際に用いる「種判定用マーカー」は、農研機構北海道農業研究センターが無償で提供します。

予算:運営費交付金

その他

本資料は、道政記者クラブ、札幌市政記者クラブ、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。

※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。新聞、TV等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。


詳細情報

背景

同じ作物を頻繁に栽培していると、有害な線虫が増殖して、収量が激減するなどの大きな被害をもたらします。線虫は種類によって防除法(輪作作物、対抗植物4))が異なりますので、発生した線虫の種類を明らかにし、適切な手法を選ぶことでより効果的に防除を図れます。しかし、線虫種の判定には形態学等の専門的な知識が不可欠で、高度な技術を要することから、多くの農業現場では種を区別することなく化学農薬による画一的な防除が行われてきました。化学農薬の使用を抑制し、環境へ配慮した線虫防除を図るためには、発生した線虫種を簡易に判定できる技術の開発が不可欠です。そうした技術は、農業者の方々から線虫の診断を求められる都道府県の農業試験場の方々からも、強く望まれていました。

経緯

近年、微生物や線虫の生態調査に分子生物学的手法を用いた生物群集構造5)解析が盛んに試みられるようになっています。この方法は、環境中から様々な生物のDNAを取りだし、生物種間のDNA塩基配列の共通点や相違点を利用して一斉に検出・解析することで、調査したい生物群の種の構成に関する情報等を入手しようとする技術です。線虫の診断を誰でも比較的簡易にできるようにするには、1 障壁となっている形態分類等の専門的知識を必要としない、2 発生しうる全ての種を同時に評価できる、ことが重要ですが、この技術を応用すれば、マニュアルに基づいた操作だけで多数の有害線虫種を同時に検出・判別できるようになります。

内容・意義

◆検出・種判定できる線虫種
本技術ではネグサレセンチュウおよびネコブセンチュウ計13種(キタネグサレセンチュウ[以下、種名のセンチュウを省略]、ミナミネグサレ、ノコギリネグサレ、ムギネグサレ、モロコシネグサレ、クマモトネグサレ、ニセミナミネグサレ、チャネグサレ、クルミネグサレ、アレナリアネコブ、サツマイモネコブ、ジャワネコブ、キタネコブ)の存在を検出できます。また13種のうち、アレナリアネコブ、サツマイモネコブ、ジャワネコブについては、バンドの位置が同じであることから、種を特定できませんが、これら以外の10種については種名も判定できます。
これらは、国内の畑地に発生し、農業上の被害が報告されているネグサレセンチュウ、ネコブセンチュウのほぼ全種に当たります。

◆技術の特徴1: 多種を同時に調査・判定できる
本技術では、土壌から分離した線虫群集からDNAを抽出し、1回のPCRと電気泳動を行うだけで上記の13種を同時に検出し、うち10種についてバンドの位置により種を判定できます。PCRと電気泳動の基礎的技術だけで多くの種を特定できるようにした初めての手法です。これにより、顕微鏡観察による専門的な調査を行わなくても、マニュアルに基づいて操作するだけで畑地のネグサレセンチュウおよびネコブセンチュウの種を高精度に判定できます。
また、畑には複数の有害線虫種が同時発生(混発)している場合がありますが、特にそれらが同属である場合、優先的に多い種以外の少数種を把握することはこれまで困難でした。しかし、本技術では図1のように1枚のゲル上に複数のバンドとしてそれぞれの種を一度に検出できることから、簡単かつ高精度に発生種を把握することができます。

◆技術の特徴2: シンプルな作業工程
作業工程は極めてシンプルです。土壌等より調製した線虫サンプルからDNAを抽出し、PCRとポリアクリルアミドゲル6)電気泳動を行うだけで結果が得られます(図2)。線虫サンプルが準備できれば、DNA抽出から発生種の判定までおよそ9時間で完了し、迅速な線虫の診断が可能です。
線虫の微細形態等について高度な専門知識を持たない方でも、マニュアルに沿って操作するだけで、線虫種の判定ができます。

◆技術の特徴3: 高い検出感度
本技術では、土壌から分離した線虫サンプル中にネグサレセンチュウまたはネコブセンチュウが1頭いるだけで検出できます。従来の顕微鏡による観察では、多様な線虫の中からごく少数の有害な線虫種を見出すことは至難でしたが、この方法では確実にその存在を把握できます。

今後の予定・期待

本技術は、主として地域の農業試験場において有害線虫の新規診断法として活用されることが期待されます。本技術の導入により、発生している有害種を的確に判定できるため、防除法の選択肢を農薬以外に大きく拡げることができるようになります。また、種が明らかになることで防除後に有害線虫の密度回復を防止する細やかな対策なども打てるようになり、線虫防除における農薬使用量の抑制を総合的に図ることが可能になります。
今後は、サツマイモネコブ、アレナリアネコブ、ジャワネコブについても同様に種判定できる技術の開発を目指します。

発表論文

Kushida A. and Kondo N. (2015) A simple method for the detection and discrimination of Pratylenchus and Meloidogyne species in nematode communities. Nematological Research 45, 101–114. doi: 10.3725/jjn.45.101
串田篤彦 (2016) ネグサレセンチュウとネコブセンチュウの多種同時検出・種判別法. 植物防疫, 70(7), 423-427.

用語の解説

1)線虫:線形動物門に属する生物のこと。種類が豊富で、動物に寄生する線虫(回虫やアニサキスなど)や植物に寄生する線虫、細菌やカビを食べる線虫など食性も様々である。

2)PCR増幅:ポリメラーゼという酵素を用いてDNAを複製する反応を繰り返すことにより、少量のDNA断片を多量に増やすことをいう。

3)電気泳動:DNAの電気的性質を利用して、異なる大きさのDNA断片を分離する技術のこと。水に溶けてマイナスの電荷を帯びるDNAは、電圧をかけるとマイナス極側からプラス極側へ移動する性質を持つ。これを細かな網目構造を持つゲルの中で流すと、小さなDNA断片ほど早く移動するので、大きさの違いによって分けることができる。

4)対抗植物:有害線虫の発育を阻害したり死滅させる働きを持ち、それを栽培することにより土壌中の有害線虫密度を低下させる植物のこと。

5)生物群集構造:ある生態系中に何種の対象生物が存在しているか、さらにそれぞれの種がどれくらいの数で存在しているかを示したもの。

6)ポリアクリルアミドゲル:アクリルアミドの重合体(=ポリアクリルアミド)のゲルで、アガロースゲルと並んでDNAの電気泳動用担体としてよく用いられる。

参考図

 

 

 

図1

 

 

図2

図1各地の畑地由来線虫群集のポリアクリルアミドゲル電気泳動パターン

図中の数字は、調査した各地の畑を示しています。検出バンドから1の畑ではキタネグサレが単独発生しており、2の畑ではキタネグサレとムギネグサレが混発し、3の畑ではノコギリネグサレとキタネグサレ、キタネコブの3種が混発、4の畑ではキタネコブが単独発生、5の畑ではミナミネグサレ(フェノタイプA)とサツマイモネコブが混発していると判定できます。(ただし、サツマイモネコブは、アレナリアネコブまたはジャワネコブの可能性がある。)両端レーンは種判定用マーカー(一部)。

※ 種判定用マーカーは、配布依頼申請に基づいて北海道農業研究センターが無償で提供します。

図2線虫診断の工程

DNA抽出から種の判定までにかかる時間は概ね9時間で、1検体あたりのランニングコストは、約600円(DNA抽出・精製キットやPCR用試薬、電気泳動ゲルなどの費用として)です。