開発の社会的背景
北海道内の牧草地は、日本の牧草地面積の約7割を占めており、そのうち約7割で、イネ科牧草とマメ科牧草の種子を混ぜて播種する混播栽培が行われています。イネ科牧草は牛にとって主食で、エネルギー源として体を動かす力になり、胃の働きを整えて健康を保つ役割もありますが、イネ科牧草だけでは不足しがちなタンパク質やミネラルなど、良質な牛乳や畜産物の生産に必要な成分を、マメ科牧草により補うことができるためです。一方で、マメ科牧草が多すぎて反すう動物が過剰摂取すると、鼓脹症(こちょうしょう)を引き起こすという問題があります。また、マメ科牧草の根に共生する根粒菌は土壌に窒素を供給するため、マメ科牧草だけではなくイネ科牧草の生育も助けるほか、施肥量を減らせる可能性があります。
これらの飼料成分の最適化とマメ科の窒素供給による栽培効果を最大限引き出すためには、混播草地におけるマメ科牧草の比率を把握し、適正な割合(約30%)に維持する必要があります。そのため、農研機構では混播適性に優れたマメ科牧草の品種開発を実施しており、その特性評価の技術開発もあわせて行っています。
研究の経緯
通常、混播草地におけるマメ科牧草割合は、収量調査(収穫した牧草を種類ごとに分けて重さを量る方法)または専門家の目視により評価されています。収量調査は、牧草を分別して計量する必要があるため非常に手間がかかり、評価できるのは狭い範囲のほ場に限られます。専門家が広大な草地を目視で評価する場合も、歩き回って草地内の種々の地点を確認するため、同様に大きな労力を要します。収量調査、目視評価のいずれにおいても、数か所~数十か所を調査するだけで広い草地全体を高精度で評価する方法は存在しておらず、調査地点が適切でない場合、評価そのものが誤ってしまう危険性がありました。
そこで、農研機構は、専門家以外でも実施でき、広い草地に適用できる客観的な評価法として草地をドローンで上空から撮影し、空撮画像上でマメ科牧草の占める領域をAIで推定する方法を検討してきました。これまでに、牧草品種の特性評価に用いられる2×3 mの小規模ほ場を対象として、混播草地のマメ科牧草割合を推定する技術を開発しており、この技術の生産者ほ場を対象とした数ヘクタール規模の草地への応用が期待されていました。
研究の内容・意義
学習したAIモデルによって、草地のマメ科牧草の被度と分布を推定できました:
本研究では、小規模試験ほ場で確立したドローン画像のAI解析技術を、大規模生産ほ場でも使えるように発展させるため、撮影条件と位置情報の扱いを工夫しました。
はじめに、ドローンを用いて、イネ科牧草・マメ科牧草の混播草地を真上から撮影します(図1A)。従来は、高度約4 mで空撮を行いましたが、この高度では1枚の画像で撮影できる範囲(5.3×4 m)が狭くなります。そこで、マメ科牧草を判別できる限界近くの解像度を保ったまま、1枚あたりの撮影範囲を縦横約2倍(10.7×8 m)に広げるため、高度8 mで空撮しました。イネ科牧草とマメ科牧草が明確に分離して生えているようなほ場では、これよりも高い空撮高度でも大丈夫ですが、バランス良く混ざっているほ場では、草種の見分けがつかなくなります。この高度設定はマメ科牧草のベテラン育種家の意見を参考にしました。
次に、空撮画像上のマメ科牧草の領域を人手で塗り分けた画像を作成し(図1B)、AIモデル学習のためのデータの集まり(データセット)を用意します。これに基づいて深層学習4)のAIモデルを学習させ、空撮画像からマメ科牧草の被度を推定するモデルを作成しました。作成したAIモデルを用いると、別の空撮画像でも、マメ科牧草が多い箇所・少ない箇所を認識し、被度と分布状況を推定できました(図1D)。図1A、Bは学習データに使用していませんが、図1Bから作成した図1CとDはとてもよく似ているため、高精度で推定できていることがわかります。
広大な草地へ高精度・効率的にマメ科牧草のマッピングとモニタリングができます:
1枚の画像ごとに被度を推定できるようになったため、次に草地全体を対象とした推定に進みました。草地を進行方向に約30%、横方向に約20%、空撮画像が重なるようにドローンを移動させながら撮影します(図2)。このとき、各画像には高精度な位置情報が付与されます。
全ての空撮画像をAIモデルで処理した後、位置情報に基づいて推定結果をつなぎ合わせ、草地全体の分布としてマッピングします。その結果、小規模試験ほ場で行っていたのと同様に、ヘクタール規模の草地でもマメ科牧草の分布を面的に把握できました(図3は約4ヘクタール)。定期的に空撮すれば、植生の変動をモニタリングすることも可能です。
本研究成果により、地点ごとではなく、草地全体を評価することが可能となりました。評価結果の利用によって、マメ科牧草の被度が低い箇所への追播や窒素施肥などの判断を支援できます(図3右下)。なお、今回対象とした草地では雑草が少なかったため実証できませんでしたが、雑草検出用のAIモデルを作成すれば、同様に雑草のマッピングも可能となります。
この被度推定とマッピングを実行するプログラムとして「CoverageMapMaker」を開発し提供していましたが、今回、マウス操作だけで簡単に実行できるよう改良し、「HojoCover」としてリリースしました。農研機構職務作成プログラム利用申請(https://www.naro.go.jp/inquiry/program.html)により使用することが可能です。
今後の予定・期待
本技術の現場での活用をさらに進めるためには、空撮作業の効率化が重要です。高解像度カメラを搭載し、飛行時間の長いドローンを利用すれば、空撮に要する時間を短縮でき、より手軽に草地診断を行えるようになると考えられます。混播草地の窒素施肥量はマメ科牧草の比率により決まりますが、これまでは草地内の牧草種の分布を十分に反映できず、全面に同じ量を散布したり、散布量の調整が作業者の経験に頼ったりする場合がありました。本成果によって草地全体のマメ科牧草被度だけでなく、その分布状況も把握できるようなったことから、マメ科牧草の分布にあわせた精密な施肥が可能となり、草地の生産力向上や肥料の削減につながります。
また、混播草地では優良牧草種が減少すると草地更新5)が行われますが、更新には高いコストがかかります。本成果は、草地更新が本当に必要かどうかの判断を助けるとともに、草地更新せずマメ科牧草の少ない箇所に重点的に追播を行うことで一定の生産力が回復するような、低コストな草地管理技術の開発に貢献できると期待されます。こうした適切な草地管理は、安定した高品質の飼料供給につながり、酪農経営の効率化や持続性の向上に寄与します。
用語の解説
- イネ科牧草
- 北海道内の牧草地では、オーチャードグラスやチモシーなどが利用されており、炭水化物や繊維分を多く含んでいます。本研究ではオーチャードグラスを材料として使用しました。
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- マメ科牧草
- 北海道内の牧草地では、アカクローバやアルファルファなどが利用されており、イネ科牧草に比べてタンパク質やミネラルが豊富です。本研究ではアルファルファを材料として使用しました。
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- 被度
- 植物の群落を構成する各種類が、地表面をどの程度覆っているか(占めているか)を示す割合です。本研究では、空撮画像上でマメ科牧草が占める面積(ピクセル数)の割合を「マメ科牧草の被度」としました。
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- 深層学習
- 人間の脳の神経細胞の働きを模した計算モデルであるニューラルネットワークを多層に重ねた機械学習モデルであり、入力データから階層的に特徴を自動的に抽出することで、高度なパターン認識や予測を実現します。画像認識、音声認識、自然言語処理など、多くの先端的な人工知能技術の基盤として広く利用されています。
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- 草地更新
- 牧草地を長く利用すると牧草が衰退して、収量低下や雑草増加が起こることがあります。そのため、耕起や施肥、播種などを行い、牧草地を作り直して生産性を回復させることをいいます。全面耕起して播種する方法では、費用はヘクタール当たり40万円前後です。
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発表論文
秋山征夫, 藤原崚, 佐藤広子, 黄川田智洋, 眞田康治 (2025) ドローンと深層学習を利用した混播試験圃場におけるアカクローバ(Trifolium pratense L.)被度推定システムの開発. 日本草地学会誌 71:147-158
秋山征夫, 八木隆徳, 牧島未夢, 藤原崚, 宮地慎, 眞田康治, 高原美規 (印刷中) 無人航空機・深層学習を利用した実規模サイズのイネ科・マメ科牧草混播圃場における植生診断システム「CoverageMapMaker」. 日本草地学会誌
参考図
