プレスリリース
(研究成果)乳用牛の乳中脂肪酸組成と受胎率の関係を解明

- 分娩後のエネルギー不足の簡易判定により受胎率向上が可能に -

情報公開日:2026年7月17日 (金曜日)

農研機
北海道酪農検定検査協会

ポイント

農研機構と北海道酪農検定検査協会は共同で、乳用牛の分娩(出産)後の乳中に含まれる脂肪酸のうち、ルーメン(第一胃)発酵で新たに合成された短鎖脂肪酸(デノボ脂肪酸)の割合の高低が、その後の受胎の成否に関係することを明らかにしました。乳用牛群検定1)に加入している酪農家では、毎月提供される個体ごとのデノボ脂肪酸情報から、エネルギー不足による不受胎が懸念される牛を簡易に抽出できます。また、本成果は受胎しやすい牛への遺伝的な改良にも活用が期待できます。

概要

乳用牛の1日当たりの乳生産量は、分娩後2カ月頃まで急激に増加し、この期間は乳生産量が採食量を上回ることが多く、エネルギー不足に陥りがちです。乳用牛の生涯生産性2)を高めるため、乳生産中に受胎することが必要ですが、分娩後の過度なエネルギー不足は、その後の受胎の成否に悪影響を及ぼします。エネルギー不足による不受胎が懸念される牛を適切に管理するため、エネルギー不足の状態を簡易に判断できる指標が酪農現場で求められています。
本研究では、北海道の酪農家から収集された乳用牛群検定記録を用いて、分娩後の乳中脂肪酸組成と受胎の成否との関係を調査しました。その結果、全脂肪酸に占めるデノボ脂肪酸の割合の高低が、その後の受胎の成否に関係することが明らかになりました。
このことから、分娩後のデノボ脂肪酸の割合は、不受胎が懸念される牛の抽出に活用でき、それらの牛を適切に管理することで、受胎率の向上が期待されます。また、分娩後のデノボ脂肪酸の割合の高低と受胎の成否には遺伝的な相関も確認できたため、分娩後のデノボ脂肪酸割合を指標とすることで、受胎しやすい牛への遺伝的な改良も期待できます。

関連情報

予算: JRA事業「乳用牛の泌乳前期健全性改善指標開発事業」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 北海道農業研究センター 寒地酪農研究領域長 上田 靖子
研究担当者 :
同 寒地酪農研究領域 上級研究員 山崎 武志
                      研究員 千葉 柚
公益社団法人北海道酪農検定検査協会 乳牛検定部電算課 課長補佐 阿部 隼人
広報担当者 :
農研機構 北海道農業研究センター 研究推進部 研究推進室 広報チーム長 櫻田 充

詳細情報

開発の社会的背景

乳用牛は、出産(分娩)後、乳生産を開始し、以降、受胎と分娩を繰り返しながら、生涯(平均5~6年)にわたって乳生産を続けます。泌乳期間における乳生産量は一定量ではなく、分娩してから1日当たりの乳生産量(日乳量)は急激に増加し、分娩後2カ月目にピークを迎えます。日乳量はピーク以降減少するため、乳用牛は空胎日数を短縮し、分娩後できるだけ早期に受胎させ、再び分娩することで生涯生産性の向上を図ります。分娩後初めての人工授精により受胎する確率が5ポイント低下すると、乳生産効率の低下や受胎にかかる費用の増加などにより、乳用牛1頭当たりの生涯所得は、北海道で5.7万円損失すると試算されています(佐々木ら、2020)。このことから、分娩後の乳生産中の乳用牛を受胎しやすい体調に管理することが、酪農経営にとって重要です。
乳生産には多くのエネルギーを消費します。分娩から日乳量がピークとなるまでの期間は、日乳量の急激な増加に採食量の増加が追いつかず、エネルギー不足に陥りがちです。分娩後の過度なエネルギー不足は、その後の受胎の成否に悪影響を及ぼすことが知られています。一頭一頭の体調をチェックし、エネルギー不足により体調が崩れた牛については、良質な粗飼料を個別に給餌するなど栄養管理の改善を行う、または体調が回復してから人工授精する、等の対策が必要です。牛の体調をチェックするためには、採食行動や痩せ具合等を毎日観察することが求められます。しかし、近年は酪農経営の大規模化により飼養頭数が増加しており、各牛の体調を毎日チェックすることが難しくなっています。そのため、受胎の成否に悪影響を及ぼすエネルギー不足の状態を、簡易に判断できる指標が酪農現場で求められています。

研究の経緯

農研機構と、北海道で乳用牛群検定事業を実施する北海道酪農検定検査協会は、乳用牛の健全な飼養管理指針の開発に、共同で取り組んでいます。
乳用牛群検定では、加入する酪農家の乳用牛一頭一頭について、乳中成分を毎月測定しています。この乳中成分情報を体調管理に活用できれば、乳用牛の体調を定期的にチェックすることが可能です。これまでも、乳用牛のエネルギー不足や体調不良など、健康と連動する乳中成分の指標が開発されてきました。一頭一頭におけるその指標の数値は毎月酪農家へ還元され、酪農現場においてエネルギー不足や体調不良が懸念される「要注意牛」をチェックするための情報として活用されています。
近年、乳中成分測定機器で測定できる新たな情報として、乳中脂肪酸組成が追加されました。乳用牛ではエネルギー不足となり、乳脂肪分の合成に牛自身の体脂肪が動員されると、全脂肪酸に占めるデノボ脂肪酸の割合が低下することが知られています(図1)。乳成分率や乳中尿素体窒素など、健康と連動する乳中成分の指標は、エネルギー不足との関連性が複雑であるため、これまでは複数の指標によるチェックが推奨されています。一方、乳中脂肪酸組成は、エネルギー不足との生理的な関連性や、変化する理由が明確であることから、乳中脂肪酸組成の数値のみにより、乳用牛のエネルギー不足をより正確に判別できる指標として期待されています。

図1 乳中脂肪酸の生成フロー


乳中脂肪酸組成とは、乳脂肪を構成する様々な脂肪酸の種類と割合のことで、乳用牛の栄養状態により変化します。乳生産量に要する粗飼料(牧草など)が十分与えられれば、ルーメン(第一胃)発酵により、エネルギーが得られます。ルーメン発酵では短鎖脂肪酸が主に合成され、これが乳腺細胞に移行して合成された脂肪酸デノボ脂肪酸です。飼料中の油脂由来や体脂肪から動員された脂肪酸はプレフォーム脂肪酸とよばれ、これらが乳脂肪に含まれます。栄養状態が悪化してエネルギー不足に陥った乳牛は、自身の体脂肪をさらに動員し、不足を補おうとします。体脂肪が多く動員されるほど乳中のプレフォーム脂肪酸の割合が高くなり、デノボ脂肪酸の割合は低下します。

分娩後の乳中脂肪酸組成の数値と、その後の受胎の成否との関係が明らかになれば、乳中脂肪酸組成をチェックすることで、エネルギー不足が懸念される牛(要注意牛)を抽出し、受胎させるための適切な対策を講じることが可能になります。さらに、乳中脂肪酸組成と受胎の成否の関係に遺伝的な影響が認められれば、乳中脂肪酸組成を指標とした受胎しやすい牛への遺伝的な改良も可能です。そこで農研機構と北海道酪農検定検査協会は、北海道の乳用牛群検定で測定した分娩後の乳中脂肪酸組成と分娩後初めての人工授精により受胎する確率(以下、初回授精受胎率)との関連性について、酪農学園大学、帯広畜産大学の協力を得て調査しました。

本成果は、乳用牛の分娩後の健康を表す指標の開発を目的として行われた、JRA事業「乳用牛の泌乳前期健全性改善指標開発事業」の成果です。

研究の内容・意義

1.分娩後の乳中脂肪酸組成と初回授精受胎率との関係

分娩後初めて測定した乳中脂肪酸組成と初回授精受胎率との間には、明確な関係が認められました。国内の主要な乳用牛であるホルスタイン種雌牛の初産から3産について、分娩後初めて(62日以内)行われた検定(初回検定)で測定した乳中脂肪酸組成記録(約18万記録)の数値別に牛をグループ分けし、グループ間の初回授精受胎率を比較しました。その結果、初回検定におけるデノボ脂肪酸割合が低いグループほど、初回授精受胎率が相対的に低いことが分かりました(図2)。このことから、分娩後62日以内のデノボ脂肪酸割合の高低は、今後受胎しにくいおそれのある牛を判別する指標として利用できることが明らかになりました。

図2 デノボ脂肪酸割合の高低と初回授精受胎率との関係
デノボ脂肪酸割合(全乳中脂肪酸に占めるデノボ脂肪酸の割合)のグループ分けの基準
1:0.1~20.0% 2:20.1~23.0% 3:23.1~26.0%
4:26.1~29.0% 5:29.1~32.0% 6:32.1%以上


さらに、よりエネルギー不足に陥りやすい分娩後早期(分娩後35日以内)の乳中脂肪酸組成と、それ以降の初回授精による受胎率との関係を調べたところ、初産後および2産後については、分娩後35日以内のデノボ脂肪酸割合が低い場合、分娩後95日以内の初回授精による受胎率が低くなることが分かりました(表1)
この結果は、分娩後35日以内のデノボ脂肪酸割合が低い牛は、分娩後95日以内の人工授精を避け、エネルギー不足の解消に専念することで、初回授精受胎率を高められる可能性があることを示しています。



2.分娩後の乳中脂肪酸組成と初回授精受胎率との遺伝的な関係

初産後における分娩後のデノボ脂肪酸割合と初回授精受胎率との間には、遺伝的な関連性が認められました。特に、分娩後35日以内のデノボ脂肪酸割合と初回授精受胎率との間の関連性が最も強く、0.31の遺伝相関3)がありました。このことは、分娩後早期のデノボ脂肪酸割合を遺伝的に改良することにより、初回授精受胎率も遺伝的な改良が可能であることを示しています。
また、初産後および2産後の初回検定(分娩後62日以内)におけるデノボ脂肪酸割合の遺伝率4)は、それぞれ0.23および0.12でした。このことは、分娩後のデノボ脂肪酸割合の高低に遺伝的要因が認められ、デノボ脂肪酸割合の高い牛の子孫を残すことにより、次世代の改良が可能であることを示しています。一般的に、乳用牛の初回授精受胎率は遺伝率が0.05に満たない、親を選ぶことによる次世代の改良効果が小さい形質ですが、デノボ脂肪酸割合の高い牛を選ぶことにより、初回授精受胎率の改良効果を高められる可能性が明らかとなりました。

今後の予定・期待

全国の半数以上の酪農家は乳用牛群検定に加入しており、一頭一頭の乳中脂肪酸組成情報を毎月確認することができます。本成果を参考に、分娩後のデノボ脂肪酸をチェックすることで、要注意牛を判別することが可能です。また、今後、要注意牛を判別する基準を策定することができれば、要注意牛を自動で検出し、適切な対策や人工授精時期を提示するシステム開発へと発展することが期待されます。
乳中脂肪酸組成を指標とした受胎率の遺伝的改良については、乳用牛の遺伝的改良の基礎となる種雄牛の遺伝的能力評価値5)として、乳中脂肪酸組成の追加が検討されるよう、関係機関に情報提供していきます。一方、分娩後早期の乳中脂肪酸組成の数値が良好な牛は、乳生産量が少ない傾向が認められます。乳生産量の少ない牛は分娩後エネルギー不足に陥りにくく、体脂肪の動員が少ないことが乳中脂肪酸組成に影響している可能性が考えられます。乳用牛の生涯生産性を高めることは酪農経営の収益性向上に不可欠であり、そのためには、乳生産量と受胎率や健康とのバランスをとることが重要です。エネルギー不足になりにくい牛の遺伝的な評価指標として期待できる乳中脂肪酸組成が生涯生産性の遺伝的改良に活用できるよう、乳中脂肪酸組成と乳生産や健康等との遺伝的関係の解明や、より生涯生産性の改良に貢献できる乳中脂肪酸組成の評価方法の開発に引き続き取り組んでいきます。

用語の解説

乳用牛群検定
乳用牛群検定は、加入している酪農家の牛について、毎月の乳量や乳成分等の記録を収集して分析し、その結果を酪農家に返すことで、牛の飼養管理、繁殖管理、乳質・衛生の管理および遺伝的改良に役立てる事業です。
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生涯生産性
乳用牛の生涯生産性とは、生涯(初産分娩から除籍までの間)の生産効率を指します。乳用牛の生産物は、毎日生産する生乳と分娩による子牛であり、長く生き、分娩を繰り返す乳用牛ほど生涯の子牛販売収入が増えます。また、日乳量は分娩後2カ月目のピーク以降減少するため、分娩を繰り返し、生涯におけるピークの回数を多くすることで乳生産効率を高めます。そのため、乳生産中に受胎し、分娩を繰り返すことが乳用牛の生涯生産性を高めるために最も重要です。
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遺伝相関
遺伝相関は、2つの形質の間における遺伝的な関連性の強さを、-1から1の値で表したものです。値がマイナスの場合は、一方が増加するともう一方は減少する関係にあり、プラスの場合は、一方が増加するともう一方も増加する関係にあります。また絶対値が1に近いほど関連性は強く、0に近いほど弱いことを示します。一般に家畜では、遺伝相関の絶対値が0.2以上であれば、一定の遺伝的関連性があるとみなされることが多いです。
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遺伝率
遺伝率は、測定した値に見られる個体間の違いのうち、どの程度が親から受け継がれた遺伝によって説明されるかを示す指標で、0から1の値で表されます。遺伝率が大きいほど、形質に対する遺伝的な影響が大きく、親を選抜して子孫を残すことによる次世代の改良効果が大きいことを意味します。
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遺伝的能力評価値
遺伝的能力評価値は、個体が子孫に伝える能力(遺伝的能力)の高さを数値として評価したものです。乳用牛の遺伝的能力評価値は、乳用牛群検定事業などにより収集された記録を用いて、乳量、乳成分、体型、受胎率や長命性など多くの項目について、(独)家畜改良センターが評価します。種雄牛の評価値は、「乳用種雄牛評価成績」として公表されており、酪農家は種雄牛のパンフレット等に掲載された評価値を基に精液を選び、自身の農場の雌牛に人工授精することで、次世代の改良を行います。また、乳用牛群検定に加入している酪農家には、各農場の雌牛の評価値が通知され、どの子孫を農場に残すかを検討する際の参考情報として活用されています。
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発表論文

T. Yamazaki, A. Nishiura, Y. Chiba, S. Nakagawa, H. Abe, Y. Nakahori, K. Hagiya, T. Osawa, Y. Masuda. Genetic correlations between milk fatty acids grouped according to origin until 95 days in milk and fertility of Holstein cows in Japan. Animal Science Journal. 2024. 95:e70003.
DOI: https://doi.org/10.1111/asj.70003

阿部 隼人, 後藤 裕作, 山口 諭, 中川 智史, 中堀 祐香, 増田 豊, 西浦 明子, 山崎 武志, 萩谷 功一.北海道のホルスタイン集団における乳中β-ヒドロキシ酪酸および由来別脂肪酸組成,生産,繁殖,健康ならびに長命性形質の表型および遺伝的分析.日本畜産学会報.2025.96:127-135.
DOI: https://doi.org/10.2508/chikusan.96.127

Y. Chiba, T. Yamazaki, S. Nakagawa, H. Abe, Y. Nakahori, K. Hagiya, A. Nishiura, Y. Masuda. Relationship Between Milk Fatty Acid Profile and Fertility at Different Postpartum Days in First‐ or Second‐Lactation Dairy Cows. Animal Science Journal. 2026. 97:e70143.
DOI: https://doi.org/10.1111/asj.70143