プレスリリース
歩行用トラクター事故と安全装置の関係

- 農業機械事故の詳細調査・分析研究から -

情報公開日:2015年4月14日 (火曜日)

ポイント

  • 道県と連携して歩行用トラクター事故の詳細分析を実施しました。
  • 歩行使用時には挟まれ、巻込まれによる事故が多く発生していました。
  • 事故機がこれらに対応する安全装置を有していない事例も多く見られました。
  • 一方、安全装置を有していても、機能せずに事故に至った事例も確認されました。
  • 今後は安全鑑定適合機の一層の普及と安全装置の性能向上が求められます。

概要

農研機構生研センターでは、13の道県と連携して、農業機械事故の要因をこれまで以上に詳しく調査・分析するべく、研究を進めています。

このたび、これまでに得られた詳細調査データのうち、歩行用トラクター(耕うん機、管理機、テーラー等と呼ばれるものを含む。以下歩トラ)の事故を分析した結果、1歩行使用時には後進時を中心に挟まれ、巻込まれによる事故が多く発生している、2その多くで、事故機に現在の安全鑑定※1基準で求められる各種安全装置が装備されていない、3一方で、対応する安全装置が装備されていても、それが機能せずに事故に至った事例も発生している、といった点が確認されました。

今後、歩トラにおいては安全鑑定適合機のさらなる普及が望まれるとともに、より確実に安全装置が機能するための性能向上については、新たに研究を開始することとしました。

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予算:運営費交付金

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背景と経緯

農作業死亡事故は毎年約400件発生し、横這いで推移しています。そのうち約7割を農業機械作業による事故が占めており、事故削減に向けたより効果的な対策が急務となっています。そのためには、事故状況を詳細に調査し、発生要因をより詳しく究明する必要がありますが、国による死亡事故調査結果では事故状況の詳細が不明であり、また負傷事故は調査されていません。

そこで、生研センターでは平成23年度から、農業機械による事故について詳しい調査データを収集するとともに、これを基に、より適切かつ効果的な詳細調査手法および詳細分析手法を確立し、事故要因を見出すことを目的に、独自の事故調査体制を持つ13の道県の協力のもと、研究を進めています。

これまでに収集された事故の詳細調査結果は随時データベース化し、様々なアプローチで分析、考察を試みています。今回、全国的にも件数が多いとされる歩トラ事故を対象に、事故の発生傾向ならびに各種安全装置との関係について分析を行いました。

結果の概要

  • 協力道県のうち、比較的歩トラの事故が多い4県におけるこれまでの事故調査結果73件をデータベース化・集計し、事故の傾向を把握しました(図1)。その結果、トレーラーけん引時の事故を除くと、事故の内容としては挟まれ、巻込まれによるものが各20件と多くを占めていました。
    挟まれ事故20件は全て後進時に発生しており、ビニールハウスの支柱や樹木等と機体の間に、ほとんどの場合、首~胸といった高い部位が挟まれて起きたものでした。
    巻込まれ事故については、ほとんどがロータリー等の作業部や車軸で発生しており、やはり後進時の事例が多く見られましたが(前後進の別が判明した14件中10件)、耕うん爪が固い地面を叩いて起こる機体の跳ね上がり等により、前進時にも3件の事故が起きていました。
  • 挟まれ事故や巻込まれ事故を防止するために、現在の安全鑑定基準では、挟圧防止装置※2やデッドマン式クラッチ※3、緊急停止装置※4、後進時作業部停止装置※5といった安全装置を歩トラの構造に応じて求めています。そこで、事故調査結果のうち、事故機の型式が推定できた30件について、安全装置と事故の内容の関係を調べたところ、事故の内容に対応する安全装置を全く有していないものが14件、安全装置が機能せずに事故に至ったものが8件、安全装置が解除されていたと推測されるものが2件、それぞれ確認されました(図2)。
    安全装置が機能しなかった8件のうち5件が挟まれ事故で、挟圧防止装置が作用しない部分(ハンドルの握り部分やロータリーカバー)で挟まれたものが2件、デッドマン式クラッチが切れなかったものが3件確認されました。後者については、デッドマン式クラッチではハンドルから手を離すだけでレバーが戻り、クラッチが切れますが、例えば障害物とハンドルの間に身体の一部がレバーごと挟まれてしまう等、事故の状況次第ではレバーを戻せず、クラッチが切れなかった可能性も示唆されました。残り3件は緊急停止装置で、事故の状況(転落・転倒や機体の跳ね上がり)から、非常停止ボタンの操作は困難だったと推察されました。

今後の予定・期待

歩行使用時には、後進時を中心に挟まれ、巻込まれ事故が多かったことから、歩トラ事故低減に向けた早期の対策として、まずは後進時に事故が多く、十分に注意が必要であることを、関係機関を通じてユーザにこれまで以上に周知することが重要と考えられます。これと同時に、機械側としては、安全装置を有していない歩トラでの事故が多かったことから、安全鑑定基準を満たした型式のさらなる普及が求められます。挟圧防止装置やデッドマン式クラッチ、後進時作業部停止装置といった安全装置が装備されることで、後進時の事故についても、多くは未然に防げるようになると期待されます。一方で、安全装置が十分機能せずに事故に至った事例も確認されたことから、これらの安全装置の性能のさらなる向上や、機体の跳ね上がり等の危険な挙動を検出して事故の未然防止につなげる新たな安全技術について、平成27年度より研究課題化して検討を進めることとしています。

用語の解説

※1 安全鑑定:農業機械を「安全鑑定基準及び解説」に基づいてチェックし、基準に適合する一定水準以上の安全性を有するかどうか判定するものです。生研センターが製造業者または輸入代理店等からの依頼によって行っています。基準適合機には「安全鑑定証票」を貼付することができます。

※2 挟圧防止装置:歩トラと作業者の間に来るように設けられ、後進してくる(作業者の方向に向かってくる)機体と、壁や柱などの間に作業者が挟まれたときに、作業者の身体がこれに触れることで、自動的にエンジンを停止させる、もしくは走行部への動力を遮断する装置です。

※3 デッドマン式クラッチ:ハンドルとともにクラッチレバーを握っている間は動力が伝達され、手を離すとレバーが自動的に戻って動力が切れる構造のクラッチです。作業者が転倒するなど不測の事態が生じた場合には、レバーから手を離すことで機械の動きを止めて事故を防ぐことができます。

※4 緊急停止装置:壁や柱などの間に作業者が挟まれた場合などの緊急時に、ワンタッチでエンジンを停止できるボタン等で、手が容易に届く位置に装備されています。

※5 後進時作業部停止装置:車輪と作業者との間に作業部が位置する構造の場合に、後進時に作業部に巻込まれることのないよう、走行変速レバーを後進に入れると作業部が自動的に停止する、または作業部を停止させないと走行変速レバーが後進に入らない仕組みのことです。

(※2~5については、生研センターが運営するウェブサイト「農作業安全情報センター」http://www.naro.affrc.go.jp/org/brain/anzenweb/でも詳しく紹介しています)

図1 歩行用トラクター事故の集計結果

図2 歩行用トラクター事故における安全装置と事故内容の関係