ポイント
農研機構は、水稲苗を縦横2方向とも揃えて植える両正条植え1)が可能な植付位置制御機構を開発しました。両正条植えをすることで縦横2方向の機械除草が可能となり、これまで除草率が低かった株間でも除草効率が向上します。植付位置制御機構を搭載した田植機の活用により、除草の手間が壁となっていた水稲作での有機栽培の取組面積拡大に貢献することが期待されます。
概要
水稲の有機栽培では「除草作業」に手間がかかるため、栽培面積の規模拡大を阻む要因となっています。これまで農研機構では、水稲作での除草作業の効率化を図るため高能率水田用除草機2)を開発しましたが、この機械では条間3)の除草は高能率で行えるものの、株間4)は条間に比べて除草率が上がらないという課題がありました。
そこで、水稲苗を田植機作業方向(縦方向)だけではなく、その直交方向(横方向)の位置も列状になるように揃えて碁盤の目状に苗を植える両正条植えができる植付位置制御機構を開発し、これを市販の乗用型田植機に組み込んだプロトタイプ機を製作しました。これにより、水田用除草機を縦横2方向に走らせる直交除草5)が可能となり、機械除草の効果向上につながることから、これまで困難であった大区画水田での有機栽培の実践を可能とするなど取組面積の拡大に貢献することが期待されます。今後は、実証試験でデータを蓄積して、早期実用化を目指します。
関連情報
特許 : 特許第6342344号「作業機」
上級研究員 重松 健太/主任研究員 山田 祐一
開発の社会的背景・経緯
SDGsや環境を重視する国内外の動きが加速していくと見込まれる中、我が国の食料・農林水産業においてもこれらに的確に対応し、持続可能な食料システムを構築することが急務となっています。これを受け、農林水産省は食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」を策定しました。戦略の中では、2050年までに有機農業の取組面積を100万ha(2021年度は26.6千ha)に拡大する目標も設定されましたが、目標達成のためには栽培面積の大きな水稲作での取り組みが不可欠です。
水稲の有機栽培において手間がかかる作業として「除草」が挙げられ、規模拡大を阻む一つの要因となっています。農研機構はこれまでに、水稲の除草作業の効率化を目的とした高能率水田用除草機を開発(農機メーカーから市販)し、この機械を活用すれば条間の除草は高能率で行うことが可能です。しかし、株間にレーキ(熊手)などを作用させると苗を損傷させる恐れがあるため、条間と比べて除草率が上がらず、残った雑草を手取り除草しなければならない場合があります。機械除草により手間を大幅に減らすためには、株間も条間と同様に高能率で除草するための工夫が必要です。そこで、苗の株間を条間と等間隔かつ列状になるようにする「両正条植え」ができる植付位置制御技術を開発しました。
研究の内容・意義
農研機構でこれまでに開発した田植機の電動植付部6)(図1)を活用し、両正条植えができる植付位置制御機構を開発しました(図2)。
通常の田植機は同一方向に往復を繰り返しながら田植えを行うため、縦方向には苗の列の幅(条間)が等間隔に揃いますが、その横方向には株の位置が列状に揃いませんでした。開発した植付位置制御機構を組み込んだ田植機は、田植機に備えた高精度なGNSS7)(RTK-GNSS)を用いて、横方向に仮想の基準線を設定して、それに合わせるように植付爪を回転させることにより、横方向にも苗が列状となるように揃えられるようになり、縦方向と横方向が碁盤の目状に揃った両正条植えができるようになります(図3)。
電動植付部を用いて両正条植えをしたほ場で水田用除草機による除草効果の確認試験を行ったところ、従来の縦方向のみの除草(慣行除草)と比べて、縦横2方向の除草(直交除草)を行うことで株間の除草率が向上することを確認しました(図4)。
更に、将来的には、先述の電動植付部の採用が理想ではあるものの現時点では市販化されていないことから、研究成果を早期に社会実装するため、既に実用化済みである無段変速機を搭載した機械式の植付部を装備する田植機をベースに開発を進めることとし、当該機に今般開発した植付位置制御機構を組み込むこととしました。農機メーカーからほ場内での車輪の滑りによる株間の変動を抑えることを目的として、植付部にHST8)を搭載した田植機((株)クボタ NW8S、みのる産業(株) RXG-800、走行部は共通仕様)が市販化されたことから、これらに植付位置制御機構を組み込みました。
具体的には、田植機に備えたRTK-GNSSから取得した自機位置情報を基に、植付爪の回転を横方向の仮想基準線に合うようにHST8)を制御する2つのECU9)(両正条制御ECUと株間制御ECU)を開発し、これらを搭載したプロトタイプ機を製作しました(図5)。
現地実証にプロトタイプ機を供試した結果、秋田県大潟村の大規模水田ほ場(1.25ha)などにおいても、高精度な両正条植えが実現できることを確認しました(図6)。
今後の予定・期待
プロトタイプ機はマット苗用田植機(クボタ NW8S)をベース機として製作しましたが、同じ走行部を利用するポット苗用田植機(みのる産業 RXG800)にも開発した植付位置制御機構を搭載することが可能であり、現在、農研機構の農業機械技術クラスター事業で開発を進めています。
開発機による両正条植えは栽植密度が37株/坪と慣行よりも低くなることから、慣行栽培と比較した収量性への影響の評価や各地域での気候適応性、除草率の向上による収量性の改善効果の確認などが必要となります。そのため現在、農研機構のNAROプロジェクトなどにおいて確認試験を各地で実施しています。
両正条植えができる開発機を活用することにより、高能率水田用除草機を縦方向だけではなく、横方向の活用が可能となり、これまでは除草機を使っていても必要であった株間の手取り除草の省力化が可能となります。今後は実証試験でデータを蓄積するとともに、メーカーへの技術移転を進めて早期実用化を目指します。
用語の解説
- 両正条植え
- 水稲苗を田植機作業方向(縦方向)にもその直交方向(横方向)にも等間隔で列状になるように揃えて植える、つまり碁盤の目状に苗を植え付ける栽培方法です。手植えの時代には広く取り組まれ、尺角植え(尺間植え)とも呼ばれます。
- 高能率水田用除草機
- 2014年に農研機構とみのる産業株式会社などが共同で開発した3輪タイプの乗用型除草専用機です。除草装置を車体中央部に配置していることから、稲株や雑草の状況を作業者が目視でき、高速で欠株の少ない除草作業が可能です。(「高能率水田用除草機を活用した水稲有機栽培の手引き」より、https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/134805.html)
- 条間
- 苗又は種子を列状に植えた際の列(横方向)の間隔です。水稲では30cmが一般的であり、北海道では33cmもみられますが、市販の田植機は植付部が固定されているため、作業ごとに任意の条間には調整することは困難です。
- 株間
- 列状に植えた苗(株)同士の縦方向の間隔で、株間を変えることで単位面積当たりの植物体の数(栽植密度)を調整することができます。田植機では動力伝達部に設けた変速機により数段階に調節できます。株間は走行速度と植付速度との関係で決定されます。
- 直交除草
- 水田用除草機を田植機作業方向(縦方向)だけではなく、その直交方向(横方向)にも活用することで、これまでの除草機で条間に比べて除草率が上がらない株間の除草率を高めることができます。3回の除草を行う場合、通常は縦→縦→縦で行いますが、その内の1回を縦→横→縦の様に作業方向を変えて実施することができます。
- 田植機の電動植付部
- 2014年に農研機構は、乗用田植機における機械的な駆動による従来型植付部に代わって電気モータ駆動による植付部を開発しました。(プレスリリース「田植機植付部を電動化して走行部動力からの分離を実現-分散駆動・分散制御方式により構造を簡素化-」より、https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/brain/050587.html)
- GNSS(ジー・エヌ・エス・エス)
- Global Navigation Satellite System(全球測位衛星システム)の略語。衛星を用いて任意の地点の位置(座標)を求める測量技術で、GPS、GLONASS、Galileo、QZSS(準天頂衛星)などの衛星測位システムを含みます。
- HST(エイチ・エス・ティー)
- Hydro Static Transmission(静油圧式無段変速機)の略語で無段変速機の一種です。油圧で駆動し、正転、停止、逆転まで無段変速で制御できる特徴があります。
- ECU(イー・シー・ユー)
- Electronic Control Unitの略語で、電子回路を用いてシステムを制御する装置(ユニット)の総称です。