ポイント
農研機構は、乳牛(ホルスタイン種)の後方から撮影した2次元画像を用いて、栄養管理を行う上で重要な指標であるボディコンディションスコア(BCS)1)を、簡易かつ高精度に判定する手法を開発しました。本成果により、これまで専門家が目視と触診で判定していたBCSを、スマートフォンなどの携帯端末で撮影した画像から高精度に判定することで、効率的で適切な栄養管理2)及び繁殖成績の向上につながり、長命連産性3)の向上が期待されます。
概要
そこで農研機構は、農業機械技術クラスター事業にてコンソーシアムを形成し、乳牛(ホルスタイン種)の後方から撮影した2次元画像を基に腰まわりの部位にある腰角(ようかく)7)形状を数値化することで、BCSを判定する手法を開発しました。本手法は知識、経験年数、環境に左右されず、スマートフォンなどの携帯端末等で撮影した画像からでもBCSを簡易かつ高精度に判定可能です。本成果は、BCS判定アプリケーションの開発や、無人BCS判定装置への応用により、効率的で適切な栄養管理及び繁殖成績の向上につながり、長命連産性の向上が期待されます。
関連情報
特許 : 特開2022-135904 牛の評価装置及び牛の評価方法(2023年9月15日公開)
開発の社会的背景
近年、国内の乳牛の飼養戸数は減少傾向にある一方で、1戸当たりの飼養頭数は100頭を超えていることも多く、多頭化8)が進展しています。多頭化により、乳牛の健康状態を観察する余裕がなくなることでの疾病発見の遅れ、繁殖に重要とされる発情発見の見落としによる経営的な損失が懸念されます。BCSは乳牛の栄養状態の適否を判断するための指標として知られており、栄養、繁殖、疾病と密接な関係があるため、乳牛の生産サイクルにおける泌乳ステージ9)ごとに定期的な判定を行うことが推奨されています。しかし、目視と触診による判定には、豊富な知識と経験が必要とされます。後継者不足が問題となっている昨今、技術伝承がより困難になることが予想され、経験の浅い者であっても専門家と同等の判定を可能とするための技術が望まれていました。
研究の経緯
牛が自由に歩き回れるフリーストール10)牛舎における搾乳ロボット11)では、BCSを自動で判定可能な3Dカメラを用いた装置が市販されていますが、国内の7割を占める繋ぎ飼い牛舎では導入が難しいのが現状でした。そこで、2019年から農業機械技術クラスター事業において「カウシグナルのスコア化・判定システムの開発コンソーシアム」を形成し、スマートフォンなどの携帯端末で乳牛の後方から撮影した2次元画像(以下、「乳牛画像」とします。)から、誰でもBCSを簡易かつ高精度に判定する手法の開発に取り組んできました。本コンソーシアムは、農研機構(代表機関)、北海道立総合研究機構、岡山県農業共済組合(NOSAI岡山)、徳島県立農林水産総合技術支援センター、株式会社リメディア、公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会(管理運営機関)から構成されています。
研究の内容・意義
1.注目した部位
BCSは、通常UV法と呼ばれる方法に従って判定されます。この方法は図1のように乳牛の腰角と座骨と大腿骨の付け根を結ぶライン形状及び腰角、座骨、尾骨靭帯、仙骨靭帯といった部位の形状を目視及び触診にて観察しますが、2次元画像ではこれら全ての部位を把握することは困難でした。特に、乳牛の腰角と座骨と大腿骨の付け根を結ぶライン形状はBCSを3.00以下か3.25以上かを大別する際の重要な観察部位ですが、繋ぎ飼い牛舎では、隣の牛との距離が近く、真横から乳牛を撮影すること自体が難しい状況でした。そこで、判定部位のうち、牛舎の明暗、牛の姿勢、隣の牛との距離に左右されにくい乳牛の後方から捉える腰角の形状に注目しました。
2.腰角形状の数値化
腰角の形状はBCSが低い(痩せている)ほど、腰角上部側及び腰角側部側の脂肪が減少し、骨に皮が張ったような尖った形状となり、BCSが高い(太っている)牛ほど、腰角上部側(腰角、尾骨間)及び腰角側部側に脂肪が蓄積することで丸みを帯びてくる傾向があります。この特徴に着目し、腰角上部側及び腰角側部側でそれぞれ補助線を構成し、それら2本の補助線がなす角度(以下、「指標値」とします。)によって腰角形状を数値化しました。図2には乳牛の後部から捉える上半身の外形線を、太り具合によって3段階で模式的に示しており、外形線が黒→青→赤の順で太っている(BCSが高い)乳牛です。図中①~③の破線は外形線別に引いた各補助線を示しており、BCSが高い牛ほど指標値は大きくなり(③)、低いほど小さくなります(①)。このように腰角形状を幾何学的に捉えることで、連続性のあるデータとして表現可能となるとともに、角度を指標値とすることから、乳牛の大きさにかかわらず判定可能です。
3.指標値と専門家BCSの関係、開発手法の判定精度
2機関(北海道内、茨城県内)でそれぞれ1人の専門家が判定したBCS(以下、「専門家BCS」とします。)及び乳牛(ホルスタイン種)の画像を収集しました。その後、2次元製図ソフトを用いて乳牛画像から左右腰角の指標値の平均値を算出し、専門家BCSとの関係を調査しました。その結果、いずれの機関においても指標値と専門家BCSに高い相関が認められました(図3)。また、各機関の回帰式を使用し、新たに得た乳牛画像からBCSを判定した結果、専門家BCSとの誤差は人が判定する際に生じると言われている誤差±0.25を下回り、専門家と同等以上の判定が可能であることが明らかとなりました(表1)。
今後の予定・期待
今回開発したBCS判定手法は、これまで人の知識、経験に頼っていた判定を、乳牛画像を用いることで、誰でも簡易に高精度で判定できる手法です。本技術の活用によって、1頭1頭の乳牛のBCSやその増減の推移を正確に捉えることで、適切な栄養管理と繁殖成績の向上が期待できます。今後は判定の自動化や、付帯設備との組み合わせなどによる判定作業自体の自動化に向けて取り組む予定です。
用語の解説
- ボディコンディションスコア(BCS)
- 乳牛の太り具合を1.00(削痩)~5.00(過肥)(0.25刻み)で数値化したものです。一般的な判定方法はUV法で、乳牛の腰角、座骨、大腿骨の付け根を結ぶライン形状と、腰角、座骨、尾骨靭帯、仙骨靭帯の各部を目視・触診で判定します。
- 適切な栄養管理
- 乾乳期に入る前のBCSは太り過ぎない3.00~3.25が理想とされています。それを実現するためには、乳牛個体のBCSの常時モニタリングと分娩回数・乳期・乳量に応じた個体別の栄養管理が必要です。また、分娩後の授精適期は、分娩後の体脂肪動員(体脂肪を消費して乳生産に必要なエネルギーを補う)によるBCSの落ち込みから、BCS2.75以上へと母体が回復しつつある時期で、BCSのモニタリングは授精適期判断の指標に利用できます。
- 長命連産性
- 乳牛の生産寿命を延ばし、生涯の産乳量を高めることを目的とした指標の1つです。長生きして分娩を重ねられるように、個々の泌乳の能力や体型などを考慮した適切な管理を行うことで、生産性を向上させるものです。
- 乾乳期
- 分娩を前に搾乳を停止する期間をいいます。乳牛の搾乳をやめることで、乳腺組織の更新と増殖、母牛の体力回復や胎児への栄養補給、次の泌乳への養分蓄積が可能になります。乾乳期間は約2カ月間です。
- 周産期
- 分娩3週間前から分娩後3週間後頃までの期間をいいます。周産期は胎児の急成長と分娩後の産乳開始で母牛の体調が激変することと、それに伴う飼料や飼養環境も変化するため、疾病や繁殖機能障害による問題が発生しやすい時期です。
- 繋ぎ飼い
- 牛舎内で牛をロープなどで繋留して飼養する方法です。牛は牛床で採食、搾乳、排せつ、休息をします。
- 腰角
- 牛の骨盤の先端が角ばって両側に飛び出た部分です。
- 多頭化
- 畜産経営において、経済的効率を高めるために、1つの経営単位に多数の家畜を飼養することを指します。
- 泌乳ステージ
- 乳牛の生産サイクルにおいて、分娩後搾乳を開始してから変化する乳量と乾物摂取量に応じて、泌乳前期・中期・後期の3つに分け、乾乳期を加えた4つのステージを指します。
- フリーストール
- 牛群をストール(牛床)に繋がずに自由に歩き回れるスペースを持った牛舎で飼養する形態のことです。採食は牛群に対し一斉給餌される餌場に移動して行います。搾乳は、牛群をミルキングパーラ(搾乳専用施設)に移動させて一斉に行います。
- 搾乳ロボット
- 搾乳を自動で行うロボットです。フリーストールにおいて、乳牛が自由に搾乳ロボット内へ入室し、機械にて自動で搾乳を行います。
引用文献
西川純、川出哲生、2023. 2次元画像を用いた乳牛のボディコンディションスコア推定技術、農業食料工学会誌、85(3),118-122