プレスリリース
イネの新規ウイルス病を我が国で初めて確認

- セジロウンカにより媒介されるイネ南方黒すじ萎縮病(仮称) -

情報公開日:2010年11月 2日 (火曜日)

ポイント

  • イネ南方黒すじ萎縮病(仮称)の発生を我が国で初めて確認しました。
  • 感染したイネは、株の萎縮、葉先のねじれ、葉脈の隆起などの症状を示します。
  • 今後も、イネ南方黒すじ萎縮病の発生について十分注意する必要があります。 

概要

  • 農研機構 九州沖縄農業研究センターは、イネの新規ウイルス病であるイネ南方黒すじ萎縮病(仮称)の発生を我が国で初めて確認しました。
  • イネ南方黒すじ萎縮病は、Southern rice black-streaked dwarf virus(SRBSDV、仮称、図1)により引き起こされ、主にセジロウンカ(図2)によって媒介されます。感染したイネは、株の萎縮、葉先のねじれ、葉脈の隆起などの特徴的な症状を示します(図3)。
  • セジロウンカは、毎年、梅雨時期に我が国に飛来しますが、飛来源にあたる中国南部やベトナム北部では、2008年以降、SRBSDVによるイネ南方黒すじ萎縮病の発生が増加傾向にあることから、我が国においても、今後、本病の発生について十分注意する必要があります。

関連情報

予算

農研機構運営費交付金

熊本県病害虫防除所特殊報第2号(2010年9月16日)


詳細情報

研究の背景

イネ南方黒すじ萎縮病(仮称)は近年、中国南部及びベトナム北部で発生が急増しているイネの新規ウイルス病です。イネ南方黒すじ萎縮病の病原ウイルスであるSouthern rice black-streaked dwarf virus(SRBSDV、仮称)は、主にセジロウンカで媒介されることが報告されており、中国南部及びベトナム北部は我が国に飛来するセジロウンカの飛来源に当たることから、我が国における本病の発生が懸念されていました。

研究の経緯

九州沖縄農業研究センターでは、イネ南方黒すじ萎縮病の発生地域である中国広東省・海南省(2010年3月)及びベトナム北部(2010年4月)において、本病の発生状況調査と情報収集を行い、これに基づき2010年6月に本病の症状などの情報を各県の病害虫防除所などに提供してきました。このような状況下で、2010年8月に熊本県内の水田において、飼料用イネである「北陸193号」、「タカナリ」に株の萎縮、葉先のねじれ、葉脈の隆起などの本病に特徴的な症状が認められました。九州沖縄農業研究センターは、このような症状を示すイネがSRBSDVに感染しているかどうかを明らかにするため、RT-
PCR法によりウイルスを検出する方法を確立するとともにウイルスの検出を行いました。

研究の内容

  • イネ南方黒すじ萎縮病の病原であるSRBSDVのRT-PCR法による検出法を開発しました(図4)。
  • 株の萎縮、葉先のねじれ、葉脈の隆起などの症状を示すイネからは、RT-PCR法によりSRBSDVに特異的なDNAを増幅することができました。
  • RT-PCR法により増幅されたDNAの塩基配列を解読した結果、SRBSDVとの相同性は98%でした。
  • SRBSDV感染イネを用いてセジロウンカによる健全イネへの媒介試験を行った結果、イネ南方黒すじ萎縮病に特徴的な症状が再現されることを確認しました(表1)。
  • 以上のことから、我が国におけるSRBSDVによるイネ南方黒すじ萎縮病の発生を初めて確認しました。

今後の予定

セジロウンカは、毎年、梅雨時期に我が国に飛来しますが、飛来源にあたる中国南部やベトナム北部では、2008年以降、SRBSDVによるイネ南方黒すじ萎縮病の発生が増加傾向にあることから、我が国においても、今後、イネ南方黒すじ萎縮病の発生増加について十分注意する必要があります。

このため、今後は我が国の主要イネ栽培品種について、イネ南方黒すじ萎縮病に対する抵抗性の程度を明らかにするとともに、イネ南方黒すじ萎縮病の被害軽減技術の開発を行う予定です。

用語解説

セジロウンカ
毎年梅雨時期に梅雨前線に沿って吹く下層ジェット気流に乗って日本に飛来します。ベトナム北部や中国海南省などで越冬したセジロウンカが、まず4~5月頃に中国南部に移動し、そこの水田で1~2世代増殖した後に、6~7月の梅雨時期に日本に飛来します。セジロウンカは日本では南西諸島を含めて越冬できないので、イネが収穫された後に日本で生き延びることはできません。
飼料用イネ
家畜の飼料用に栽培されるイネのことです。飼料用イネの栽培には多収性のインディカ種(東南アジアや中国南部で多く栽培されている長粒種のイネ)の血を引く品種が多く使われています。一方、我が国で栽培されている食用イネ品種には、短粒種であるジャポニカ種が使われています。一般的にインディカ種はジャポニカ種と比べてセジロウンカが増殖しやすいことがこれまでの研究によって明らかにされています。
Southern rice black-streaked dwarf virus(SRBSDV、仮称)
レオウイルス科フィジウイルス属に属している球形のウイルスです。2008年に中国の研究者によって中国南部やベトナム北部で発生しているイネの新規ウイ ルス病の病原ウイルスとして報告されました。我が国でも発生しているイネ黒すじ萎縮病の病原ウイルスであるRice black-streaked dwarf virus(RBSDV)とは近縁ですが、SRBSDVがセジロウンカで媒介されるのに対し、RBSDVはヒメトビウンカによって媒介されます。
RT-PCR法
Reverse Transcription Polymerase Chain Reactionの略。Reverse Transcriptase(逆転写酵素)によりRNAをDNAに逆転写した後、DNAの増幅を行い、DNAのバンドを確認する手法です。RT-PCR法は、遺伝子診断法のひとつとして、RNAを遺伝子として持つウイルスの検出に広く用いられています。
塩基配列の相同性
DNAを構成する4種類の塩基(A、C、G、T)の配列の類似性を示す数値。塩基配列が全く同一の場合には、相同性は100% になります。

補足説明

中国南部やベトナム北部での現在のイネ南方黒すじ萎縮病の発生状況
中国南部では、海南島や広東省の一部で2008年に発生した後、2009年の夏作では南部を中心とした9省で、30万haの発生が認められています。ベトナム北部では、2009年の夏秋作で大発生が起こり、19の省で4.2万haの発生が認められています。また、2010年春作においても、ベトナム北部のタイビン省で1.8万haの発生が認められ、このうち1千haで大きな被害が発生しています。このように、2008年以降、中国南部やベトナム北部の広い範囲でイネ南方黒すじ萎縮病が多発生しています。
イネ南方黒すじ萎縮病の防除対策
イネの生育初期に感染すると生育不良となり被害が大きくなるため、セジロウンカの飛来量が多い九州地域では、移植時に薬剤を処理するなど、生育初期からのセジロウンカ防除対策が必要です。防除薬剤については、イミダクロプリド粒剤などセジロウンカに対して効果の高いものを選択することが重要です。

図1 SRBSDVの電子顕微鏡写真

図2 セジロウンカ(雌成虫:体長4.5mm)

図3 イネ南方黒すじ萎縮病の症状

図4 RT-PCR法によるSRBSDVの検出

表1 セジロウンカによるSRBSDV媒介試験