開発の社会的背景と研究の経緯
紫黒米や赤米といった有色米はアントシアニンやプロアントシアニジンといった機能性成分を含むことから、近年の健康志向に応える食材開発や農村の地域振興の目的で、雑穀米飯の素材や菓子、日本酒等の加工品の着色素材として普及が拡大しています。九州地方では、赤米については「ベニロマン」や「紅染めもち」等の九州地方向き品種が育成されており、栽培されてきました。しかし、紫黒米については、九州地方向きの育成品種がなかったため、本来は東北地方向けの「朝紫」が栽培されていました。しかし、「朝紫」は、九州地方では極早生の熟期であり、スズメの食害や高温登熟による着色不良等の問題があるため、九州地方に適した熟期で、着色の良い紫黒米品種の育成が望まれていました。
研究の内容・意義
- 「さよむらさき」は、紫黒もち系統「東北糯(もち)149号」と温暖地向きで多収のもち品種「ハクトモチ」を1990年に交配した後代より選抜、育成された紫黒米の水稲もち品種です(図1、写真1)。
- 出穂期は「ヒノヒカリ」と同程度の中生の熟期で、平野部と山間地の両方で栽培できます。一般的な食用米と近い時期に成熟するため、スズメ害を集中して受けるリスクが少なくなります(表1)。
- 稈長が80cm弱と短く、「朝紫」と同じく、倒れにくいです(表1、写真2)。
- 九州地方で栽培した場合、玄米の着色が「朝紫」より濃く、ムラが出にくく、紫黒米としての品質は「朝紫」よりも優れています(写真3)。
- 玄米に通常のもち米には含まれない紫の色素アントシアニンを含んでいます(平均して20mg/100g程度)。
- 「朝紫」と同様に、食物繊維、ビタミンB2(リボフラビン)、カルシウム等を通常のもち米より多く含んでいます(図2)。
- 収量性は「ハクトモチ」の60%~70%と低収ですが、「朝紫」とほぼ同等です。
- 栽培上の留意点としては、玄米がやや細長く粒厚が薄いので選別のふるい目を粒厚に合わせて調整する必要があります。
- 2010年4月に品種登録を出願しました。品種の名前は、夜(小夜;さよ)のように黒い米であることに由来します。
今後の予定・期待
機能性成分アントシアニンを活かし、雑穀とブレンドする健康食品の素材や米粉としての麺や菓子等の原料等に利用することが考えられます。福岡県筑紫野市、熊本県球磨地域の有色米生産組織が栽培と紫黒米の特性を活かした特産品の開発を計画しています。また、「紅染めもち」や「ベニロマン」等、他の有色米を扱っている生産団体や食品加工会社などにも、普及を働きかけていく予定です。
参考データ
図1 「さよむらさき」の系譜図
注)BP-1:インドネシアバリ島原産の紫黒もち在来種
写真1 育成地における草姿
左:さよむらさき 右:朝紫
写真2 稲株の比較
左:朝紫 中:さよむらさき 右:ハクトモチ
黒線は稈長(株下から穂の基部の節までの長さ)を示す。
表1 「さよむらさき」の栽培特性(2003~2009;育成地)
注)ヒノヒカリの出穂期、成熟期はそれぞれ8.26、10.07
写真3 籾と玄米
左:朝紫 中:さよむらさき 右:ハクトモチ
図2 玄米成分(100g中含有量)
用語解説
- 紫黒米
- 有色素米のなかで、玄米の果皮(ぬか層)にアントシアニン系の色素を含み濃い紫色(紫黒色)に着色する米を指します。主に、中国や東南アジアで在来種として栽培・利用されています。
- アントシアニン・プロアントシアニジン
- ともにポリフェノールの一種であり、抗酸化物質として知られます。アントシアニンは紫黒米のほか、ブルーベリー、黒豆、紫サツマイモ等に多く含まれています。プロアントシアニジンは赤米の他、ブドウ種子等に多く含まれています。
- ビタミンB2(リボフラビン)
- 水溶性のビタミンで、脂肪、炭水化物および蛋白質の代謝や呼吸、赤血球の形成、抗体の生産、正常な発育に必要とされています。