プレスリリース
2008年に西日本で多発したイネ縞葉枯病病の一因はヒメトビウンカの海外からの飛来

- 気流解析と殺虫剤抵抗性の検定で初めて判明 -

情報公開日:2010年8月 3日 (火曜日)

ポイント

  • 2008年6月初めに多量のヒメトビウンカが九州や山口県などに飛来し、その後、イネ縞葉枯病が多発しました。
  • 気流の解析およびヒメトビウンカの殺虫剤抵抗性の検定から、飛来源が中国江蘇省と推定されました。
  • 飛来個体群のイネ縞葉枯ウイルスの保毒虫率は、江蘇省の個体群と同様、我が国の土着個体群と比べて高い値を示しました。
  • この成果により、我が国で発生したイネ縞葉枯病の一因が海外から飛来したヒメトビウンカによるものであることを初めて明らかにしました。

概要

  • 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センターは、2008年に西日本で多発生したイネ縞葉枯病が、ヒメトビウンカ(図1)の海外からの飛来により引き起こされたことを解明しました。
  • これまで、イネ縞葉枯病は国内に土着しているヒメトビウンカが病原ウイルスを媒介して発生すると考えられてきました。しかし、気流解析と殺虫剤抵抗性の検定の結果、病原ウイルスを持っていたヒメトビウンカが海外から多数飛来していることもイネ縞葉枯病の発生原因の一つであることが明らかになりました。
  • 病原ウイルスの伝搬経路が明らかとなったことで、今後は、中国でのヒメトビウンカの発生情報を取り入れたヒメトビウンカの飛来予測システムを開発し、イネ縞葉枯病の防除対策に役立つことが期待されます。

関連情報

予算

農研機構交付金プロジェクト


詳細情報

研究の背景

水稲の病気であるイネ縞葉枯病は、ヒメトビウンカが媒介するイネ縞葉枯ウイルスにより引き起こされます。近年、九州地方や中部・関東地方の一部の県では、イネ縞葉枯ウイルスを持つヒメトビウンカの割合(保毒虫率)が5~10%前後と高い傾向が認められていました。

一方、中国の長江下流域では、2000年からイネ縞葉枯ウイルス保毒虫率が高いヒメトビウンカが多発していました。

このため、中国に近い西日本ではヒメトビウンカが海外から飛来しているのではないか、あるいは、海外から飛来したヒメトビウンカが原因となりイネ縞葉枯病が発生しているのではないかと専門家の間で関心が高まっていました。

研究の経緯

2008年6月5日に長崎県諫早市と鹿児島県南さつま市に設置されたトラップに多数のヒメトビウンカが捕獲されました。この多数のヒメトビウンカが捕獲されました際に、強い西風を伴っていましたので、九州沖縄農業研究センター難防除害虫研究チームは、ヒメトビウンカの海外からの飛来が起こっていたのではないかという仮説を証明するため、調査と解析を行いました。

研究の内容

  • 2008年6月5日に捕獲されたヒメトビウンカは、気流解析から中国江蘇省が飛来源と推定されました(図2)。また、移動シミュレーションから、ウンカは九州西岸および中国地方日本海沿岸に到達したものと推定され(図3、シミュレーション動画)、日本国内のトラップによる捕獲状況と一致しました。
  • この時期の中国における現地調査によれば、中国江蘇省ではヒメトビウンカが多量に発生しており、2008年6月上旬はヒメトビウンカが小麦畑から飛び立つ時期でした。
  • また、飛来推定日(6月5日)の直後に採集した個体群の特徴は、殺虫剤イミダクロプリドに対する抵抗性が高く、別の殺虫剤フィプロニルには抵抗性がみられませんでした(図4)。この特性は、江蘇省の個体群の特徴と一致しました。一方、これ以前に採集した我が国の土着個体群には、イミダクロプリドに抵抗性がみられず、フィプロニルに対する抵抗性が高いことから、両者の間には特性に差がみられました。
  • 飛来推定日の直後に採集した個体群のイネ縞葉枯ウイルス保毒虫率は9.2(鹿児島県)~11.5%(山口県)であり、江蘇省の同時期の保毒虫率(17.2%)と同様、九州における我が国の土着個体群の保毒虫率(2.9(山口県)~4.0%(長崎県))よりも高い割合でした。
  • 多くの飛来があったと推定される九州西岸と中国地方日本海沿岸(山口県、島根県)では、飛来推定日以後にイネ縞葉枯病が多発しました。
  • 以上のことから、2008年に西日本で多発生したイネ縞葉枯病は、ヒメトビウンカの海外からの飛来も原因になっていることが明らかになりました。
  • 中国から飛来した個体群と我が国の土着個体群とで殺虫剤抵抗性が異なること、飛来した個体群は日本で越冬可能で、かつ、土着個体群との間で交配可能であることから、飛来があった地域では、今後、殺虫剤抵抗性が変化する可能性があります。

その後の飛来と今後の予定

2009年の海外からの飛来を調査・解析した結果、6月1日に韓国の西側沿岸で、2008年より多量のヒメトビウンカの飛来が観察されました。気流解析から、この飛来も中国江蘇省からの飛来と推定されました。韓国では、この飛来後、イネ縞葉枯病が多発し、大きな被害となりました。

2010年の中国江蘇省は春先に低温となり、ヒメトビウンカと小麦の生育がともに遅れ、ヒメトビウンカが小麦畑から飛び立つ時期は例年より遅く6月10日頃でした。この時期は南よりの風が吹いており、中国江蘇省から日本へ向かう気流はありませんでした。また、この時期、各県のトラップには目立った捕獲はありませんでした。このため、2010年はヒメトビウンカの日本への海外からの飛来は起こらなかったと考えられます。

九州沖縄農業研究センターと中国江蘇省農業科学院植物保護研究所はヒメトビウンカの飛来実態の解明を目指した国際共同研究を2010年から開始しました。

今後は、中国でのヒメトビウンカの発生情報を取り入れたヒメトビウンカ版の飛来予測システムを開発し、精度の高い予測情報を提供していく予定です。

用語解説

イネウンカ類
水稲を加害するトビイロウンカ、セジロウンカとヒメトビウンカの3種をいい、小型(体長3-4mm)のセミの仲間です。これらは水稲の師管液を吸って枯らしたり、ウイルス病を媒介したりします。このうち、ヒメトビウンカのみ国内で越冬可能です。
イネ縞葉枯病
イネ縞葉枯ウイルスの感染により発症する水稲の病気です。イネ縞葉枯ウイルスは、ヒメトビウンカが媒介します。この病気を発症すると穂が出なくなったり、枯れたりすることがあります。小麦や大麦にも感染します。
保毒虫率
病原ウイルスを持った虫の割合。ヒメトビウンカのイネ縞葉枯ウイルス保毒虫率が近年日本で高くなっていることが問題となっています。
トラップ
虫を捕獲する器具。この研究では、長崎県のネットトラップと鹿児島県の吸引型トラップを利用しています。ネットトラップは、直径1mのリングに捕虫網をつけ、それを地上高10mの柱の先に設置したもので、飛翔している虫を直接捕獲します。吸引型トラップは、円筒の底部に直径60cmの大型ファンを取り付け、内部に捕虫網を設置したもので、空気を吸引して虫を捕獲します。
気流解析
飛来があった日を起点として、飛来地点の上空から風のデータを利用して気流を遡っていき、飛来源を推定する方法です。
移動シミュレーション
飛来源からウンカが飛び立ち、風とともに移動してくる様子をシミュレーションする手法です。トビイロウンカなどの飛来予測システムに利用されています。
飛来予測システム
トビイロウンカとセジロウンカの梅雨時期の海外からの飛来を予測するシステムです。天気予報で使われるような気象予報モデルと、ウンカの移動シミュレーションモデルを使って毎年5月から10月までの間、毎日、飛来予測を行っています。

ウンカのリアルタイム飛来予測(農研機構)

JPP-NET(社団法人 日本植物防疫協会)

殺虫剤抵抗性
殺虫剤を繰り返し使用すると、虫に抵抗性が発達してきて、その殺虫剤が効き難くなります。イネウンカ類では、主要な殺虫剤としてイミダクロプリドやフィプロニルなどが1990年代からアジア各国で利用されてきました。そのため近年ウンカにこうした殺虫剤に対して抵抗性が高くなっています。ウンカの種類や場所、時期により使用される殺虫剤が異なることで、異なる抵抗性が発達しています。
半数致死量LD50
農薬を害虫に投与し、その半数が死に至る単位体重当たりの量のことをいいます。LD50は50% Lethal Doseの略。

図1 ヒメトビウンカのメス(左)とオス(右)

図2 気流解析による飛来源推定(2008年)

図3 移動シミュレーションによる6月5日時点の飛来ウンカの分布図(解析)シミュレーション動画

図4 飛来推定日の直後に採集した個体群、中国個体群および土着個体群の殺虫剤抵抗性の検定結果