プレスリリース
3種類の病害虫に強い水稲新品種「はるもに」を開発

- 特別栽培米への利用を期待 -

情報公開日:2011年10月28日 (金曜日)

ポイント

  • トビイロウンカ、縞葉枯病、穂いもちに対する抵抗性遺伝子を合わせ持ち、3種類の病害虫に強い水稲うるち品種「はるもに」を育成しました。
  • 「ヒノヒカリ」よりも高温下での玄米の外観品質が優れています。
  • 九州に適した、中生熟期の良食味品種として特別栽培米への利用が期待されます。

概要

  • 農研機構 九州沖縄農業研究センター【所長 井邊時雄】では、イネの主要病害虫であるトビイロウンカ、縞葉枯病、穂いもちに強い水稲うるち品種「はるもに」をDNAマーカー育種により育成しました。
  • 九州の主力品種「ヒノヒカリ」と同じ中生熟期の品種であり、「ヒノヒカリ」よりも高温下での玄米の外観品質が優れています。
  • 耐病虫性をもつ良食味品種として特別栽培米生産向けの利用が期待され、熊本県球磨地域の環境保全型稲作を実践する生産組織による試作が行われています。
  • 「はるもに」は農林水産省委託プロジェクト「ゲノム育種技術の開発と実証(平成17~19年度)」、「新農業展開ゲノムプロジェクト(政策ニーズに合致したイネ新品種の開発)(平成20~22年度)」の成果であり、平成23年4月に種苗法に基づく品種登録出願を行いました(出願番号:第25818号)。

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

近年、暖地の稲作では大陸から飛来するトビイロウンカの被害が増える傾向にあり、また、縞葉枯病については、大陸由来のヒメトビウンカ保毒虫による感染拡大が報告されています。さらに、海外から飛来するこれらの害虫については薬剤耐性に変化が生じ、現在主流の防除薬剤が十分に効かないという新たな問題も生じてきました。一方で、近年の高温化傾向により、暖地での主力品種である「ヒノヒカリ」において白未熟粒の多発や充実不足による品質低下が深刻な問題になっています。そこで、これらの問題を解決するため、九州の普通期栽培に適し、トビイロウンカや縞葉枯病に抵抗性を持ち、かつ、高温による品質低下の少ない品種の育成が望まれていました。

品種育成の内容・意義

  • 「はるもに」は、トビイロウンカ抵抗性系統「関東IL2号(関東BPH1号)(トビイロウンカ抵抗性遺伝子bph11保有)」と「西海249号(縞葉枯病抵抗性遺伝子Stvb-i、穂いもち抵抗性遺伝子Pb1保有)」を2003年に交配した後代より選抜、育成された水稲うるち品種です(図1)。
  • 出穂期は「ヒノヒカリ」と同程度の中生の熟期です(表1)。
  • 稈長は「ヒノヒカリ」よりやや短く穂数はほぼ同等です(表1、写真1、写真2)。
  • 雑種第5世代でDNAマーカー選抜を行い、Pb1bph11およびStvb-iを合わせ持つ系統を選抜しました。これら3つの抵抗性遺伝子を合わせ持つ品種の育成は、日本で初めてです(写真3)。
  • 葉いもち抵抗性は"やや弱"ですが、穂いもち抵抗性は「ヒノヒカリ」より強い"中"です(表2)。縞葉枯病には抵抗性です(表2)。室内検定の結果、トビイロウンカのバイオタイプ 1(野生型)には抵抗性です(表2)。
  • 玄米の外観品質は「ヒノヒカリ」より優れます(表1、写真4)。高温登熟条件での品質低下は「ヒノヒカリ」よりも少なく、高温登熟耐性品種「にこまる」に近い耐性を示します(写真5)。食味は「ヒノヒカリ」並に良好です。(表1)。
  • 玄米千粒重は21g程度で、「ヒノヒカリ」よりやや小粒ですが、収量性は「ヒノヒカリ」よりやや優れます(表1)。
  • 栽培上の留意点としては、葉いもち圃場抵抗性が"やや弱"なので、発生が見られた場合には薬剤等による防除を行う必要があります。また、トビイロウンカについては、現在九州に飛来している一部の個体群に対して抵抗性がやや劣る事例が報告されています。害虫の発生状況を見極めながら、場合によっては薬剤防除を組み合わせる必要があります。
  • 2011年4月に品種登録を出願しました。品種の名前は、複数の耐病虫性を備え、環境と調和した特別栽培米に向く品種との期待から、「ハーモニー」に由来します。

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今後の予定・期待

耐病虫性を備えた良食味品種として特別栽培米向けに利用が期待されています。現在、熊本県球磨地域の環境保全型稲作を実践する生産組織による試作が始まっており、今後の本格的な普及が期待されます。また、他地域で同様の栽培を行っている団体や個人農家などにも、普及を働きかけていく予定です。

用語解説

トビイロウンカ
暖地で大被害をもたらす稲の害虫です。株元付近で多発生した成虫・幼虫による直接吸汁害で、被害株が急激に枯死し、いわゆる「坪枯れ」が起きます。国内では越冬できないため、梅雨の時季に毎年海外(中国南部)から飛来してきます。飛来元となる地域で単一の抵抗性品種を大面積で栽培することにより、この抵抗性を侵す新たなバイオタイプ(遺伝的・生理的特性の異なる虫の個体群)が容易に出現することが知られています。
縞葉枯病
稲のウイルス性の病害です。縞葉枯ウイルスはヒメトビウンカを宿主として経卵伝搬し、ウンカが稲を吸汁することにより感染・発病します。本田初期に発生すると、新葉が巻いたまま垂れ下がって枯れる、「ゆうれい症状」を発症し、生育後期に発病すると、出穂しても奇形となり、出すくみ症状を呈します。発病株は正常な結実がほとんど見込めなくなるため多発すると大きく減収することがあります。防除法は抵抗性品種の利用以外には、ヒメトビウンカの薬剤防除しかないのが現状です。
いもち病
稲の病害の中で、わが国で被害が大きい主要病害の一つです。糸状菌(かび)により感染・発病します。苗、茎葉など稲のほとんどの部位を侵しますが、とりわけ穂首や籾に発病する(穂いもち)と、実が入らなくなるため被害が大きくなります。現在、日本ではほとんどの場合薬剤により防除されていますが、抵抗性品種を利用することにより薬剤に頼らずに発病を抑制することが可能です。
DNAマーカー育種
イネゲノム(遺伝子セット)の解析により、病害虫抵抗性など農業上有用な遺伝子のゲノム上の位置や数が明らかにされています。この情報を利用し、目的とする遺伝子のすぐそばにある標識(マーカー)を手がかりに選抜することで、効率的に選抜を行う技術です。病害虫抵抗性の場合、従来の選抜法では病害虫の多発する環境下で稲を育てたり、人為的に病原菌や害虫を接種するなど選抜に多くの労力と時間を要していました。DNAマーカー選抜を利用することで、少量の稲の葉から抽出したDNAを分析することにより、効率よく目的形質の選抜が行えるようになります。