開発の社会的背景・経緯
九州・四国等の温暖な地域では、江戸時代にサトウキビ栽培が広がり、その名残として、四国では讃岐・阿波の和三
盆製造が行われているほか、福岡県朝倉市の三奈木砂糖といった地域特産黒糖製造を継続している地域があります。こうした地域で栽培されるサトウキビ品種
は、その多くが「在来品種」と呼ばれるもので、一部の和三盆で利用されているような江戸時代の品種や、明治時代以降に沖縄等から導入された品種が用いられ
ています。これらの在来品種では、糖分上昇が遅く糖度が不十分で、原料あたりの砂糖生産量(製糖歩留)が低く、また高品質な黒糖製造が難しいという問題が
あります。
九州沖縄農業研究センターでは、糖分上昇が早く高品質なサトウキビ系統について黒糖製造者等の協力得て試験を行い、「黒海道」が高品質黒糖の製造に向くことを見出しました。
「黒海道」の来歴・特徴
- 「黒海道」は、鹿児島県の基幹品種となっている「NiF8」と、かつての沖縄県の基幹品種「Ni9」を両親として得られた交配種子をもとに、1996年から選抜を行い、系統名「KY96T-547」として育成されました。(写真1)
- 糖分上昇が早く、甘蔗糖度の高い極早期高糖性を特徴とし、育成地の種子島では、収穫期のブリックス(可溶性固形物含有率を示す値で、その9割をショ糖が占める)が基幹品種「NiF8」を2ポイント上回る19%以上に達します(表1)。
- 九州本土においても十分な収量が得られ、そのブリックスは、良質な黒糖製造の目安となる18%以上に達します(図1)。
- 試験的に製造した黒糖では、「NiF8」で製造した場合に比べ色彩(淡緑色)や香味などの点において「NiF8」よりも品質評価が優れています(図2)。
- 「黒海道」は株出し栽培での萌芽が良好で、その栽培法での砂糖生産量は「NiF8」を上回り、南西諸島の極早期高糖性の製糖用品種としての普及も見込まれます(表1)。




品種名について
国内で育成したサトウキビは国際的な慣例に従い「Ni+農林認定番号」が用いられてきましたが、本品種については、これまでにない地域特産品製造が期待さ
れることから、それにふさわしい名称として「黒海道」としました。黒糖の「黒」をイメージしつつ、品種育成地である種子島から黒潮にのせて本土に届けたい
との思いを込めました。
今後の予定・期待
高品質な黒糖の製造に取り組む種子島や九州での特産黒糖の製造に向けて普及活動を開始し、ま
た、四国では、黒糖およびラム酒製造に取り組む高知県黒潮町などで「黒海道」の普及を進める他、和三盆地域への普及も目指します。これらの地域において高
品質なサトウキビ生産が実現することによって、地域ブランドとしての黒糖の生産とこれを用いた菓子類を中心とした加工産業の創出と、関連製品の多様化を通
じて、地域活性化に貢献することを目指します。
用語解説
主要サトウキビ生産地域
地域の基幹産業としてサトウキビが栽培されている地域は種子島以南の南西諸島に限られ、主として蜜成分を除いた分蜜糖(粗糖)または沖縄純黒糖が生産されています。
早期高糖性
糖分上昇が早く(早生)、かつ収穫期のショ糖含有率が高いこと(高糖性)を合わせ持つ品種の特性。
黒穂病
奄美以南で頻発する重要病害で、発症すると茎が細茎化して徒長し、最終的に生長点から胞子を含む黒い便状物を抽出して枯死することを特徴します。枯死茎の発生によって減収につながります。
さび病類
さび病は葉身に鉄さびが付着したような病徴を示すサトウキビの重要病害です。2種類のさび病菌によって褐色を呈する場合と黄色を呈するものがあり、両者を併せてさび病類としています。
葉焼け病
下葉を中心に、火で焼けたように一斉に枯れ上がる病気で、大きな減収につがる重要病害ですが、最近の抵抗性品種の普及によって発生が減少してきています。
原料品質
収穫したサトウキビの茎の品質のこと。ショ糖の含有率や繊維分の含有率、製糖を阻害する物質の量が品質の主要項目で、その中でもショ糖の含有率はもっとも重視されています。黒糖を製造する場合は、搾汁率とその汁液の品質(ショ糖含有率)が重要となります。
蔗汁(しゃじゅう、しょじゅうとも言う)
サトウキビは「甘蔗(かんしゃ)」と呼ばれることから、サトウキビの搾り汁は蔗汁と呼称されます。
ブリックス
汁液中の可溶性固形物含有率のこと。蔗汁の場合はその9割がショ糖で、糖分の簡便な指標として用いられます。果実の場合はブリックスのことを糖度と呼びますが、サトウキビでは、糖度という場合はショ糖含有率を指します。
甘蔗糖度(かんしゃとうど)
サトウキビ茎の重量をベースとした場合のショ糖含有率のこと。蔗汁糖度という場合は、汁液中のショ糖含有率を指します。
NiF8
1990年度に九州農業試験場(現九州沖縄農業研究センター)が開発した当時としては画期的な早期高糖性品種。現在も南西諸島全域で栽培される主力品種で、種子島では栽培面積の9割を占めます。
Ni9
1990年度に国の指定試験事業により沖縄県農業試験場(現:沖縄県農業研究センター)が開発した多収品種。一時は沖縄県全域で栽培面積の大半を占めるに至りましたが、黒穂病に弱いため、現在の栽培面積は大きく縮小しています。
サトウキビの品種名
世界的に品種育成地のイニシャルと育成番号を付す名称が国際慣例となっており、日本で育成された品種は日本を意味する「Ni」に農林認定(旧農林登録)番
号を付して品種名としています。NiF8の場合の「F」は種子の交配を行った台湾(Formosa)のイニシャルを加えています。生産者の間では、一般に
農林○号の呼称が通用しています。