開発の背景・経緯
我が国の肉用牛生産では、輸入濃厚飼料への依存度が高い一方、農村地域では、耕作放棄地が増大しており、これらを同時に解消することが喫緊の課題となっています。そのためには、飼料自給率が2%である肉専用種の肥育経営への放牧の導入が有効です。周年放牧肥育のためには、高度な家畜管理のほか、草地を周年放牧するための播種技術、栄養価の高い併給自給飼料作物の多収生産技術などが必要です。
また、消費者のライフスタイルの変化や健康志向の高まり、環境への配慮等といった多様なニーズに応えるため、脂肪交雑の偏重から多様な和牛肉生産への転換が求められています。これらの新たな消費者ニーズに対応し褐毛和種の品種特性を活かした肉用牛放牧肥育技術の開発に取り組みました。
放牧肥育技術の内容・意義
- 褐毛和種を夏はバヒアグラス等の夏牧草、冬はイタリアンライグラス草地で周年放牧し、他の圃場で生産したトウモロコシサイレージを併給する体系(表1)により、肥育期間中に飼料自給率100%、平均出荷月齢26ヶ月齢(24ヶ月齢~28ヶ月齢)、肉質等級A-2もしくはB-2で平均体重680kg(632kg~726kg)まで肥育できることを実証しました(表2、写真1)。
- 放牧草地を高栄養の状態で周年放牧利用するために、夏季に放牧と掃除刈りを組み合わせてバヒアグラスの草丈を低く管理し、9月下旬にイタリアンライグラス種子散布後、3t/10aの完熟堆肥を覆土代わりに散布する播種法を開発しました(図1)。
- トウモロコシの1作目として極早生品種(LG3457、36B08等)を4月上旬に播種、7月下旬に収穫、2作目に夏播き品種(なつむすめ、30D44等)を8月上旬に播種することにより、2作とも乾物率約25%以上の良質なサイレージを生産できる技術を開発しました(図2)。
- 周年放牧肥育で生産された牛肉は、高蛋白質、低脂肪、高ビタミン(β-カロテン)含量であり、健康に育った証にもなる筋肉機能の向上を示すクレアチン、脂肪燃焼効果のあるカルニチン、抗酸化性を有するカルノシンなどの機能性成分を多く含んでいます(図3、図4)。







今後の予定・期待
- 放牧牛肉を地域ブランドとして確立するために、機能性成分や食肉特性などの解明をさらに進めるとともに、赤身牛肉の評価のための新たな指標の開発に取り組む予定です。
- 24ヶ月齢で、出荷体重平均700kgを実現し、周年放牧による肥育技術のマニュアルを作成します。遊休農地を集積して放牧利用する繁殖肥育一貫経営の増加が期待されます。
用語解説
褐毛和種(熊本系)
飼養頭数では黒毛和種に次ぐ、我が国で成立した和牛品種の1つ。毛色は黄褐色であり、熊本では一般に「あか牛」と呼ばれています。黒毛和種に比べ体格はやや大きく、粗飼料の利用性が高いと言われています。
β-カロテン
β-カロテンは植物に多く存在する赤橙食色素であり、動物に摂取されると小腸上皮や肝臓、腎臓などで分解されビタミンAとなります。ビタミンAの不足により、粘膜や皮膚の乾燥や角質化、色素沈着、暗いところで目が見えにくくなる(夜盲症)などの症状が現れます。ビタミンAは抗酸化作用も有しています。
カルニチン
カルニチンは、必須アミノ酸であるリジンとメチオニンから生体内で合成され、脂肪酸の体内燃焼に不可欠な物質です。脂肪酸燃焼はカルニチン濃度が律速要素となっており、体脂肪燃焼やスタミナ源としてのカルニチンによる効果が期待されています。
カルノシン・アンセリン(イミダゾールペプチド)
カルノシンは2つのアミノ酸(β-アラニンとヒスチジン)のジペプチドであり、アンセリンはカルノシンの一部にメチル基が付いたものです。アンセリンとカルノシンは、両者の化学構造からイミダゾールペプチド、あるいはその効能から抗酸化ジペプチドと呼ばれたりしています。これらは運動時の筋肉中乳酸蓄積の弊害を予防する効果、および抗酸化性を有しています。また近年、疲労感の払拭効果、さらに疲労そのものの回復に役立つことが明らかになっています。
クレアチン
クレアチンは生体内でアルギニン、グリシン、メチオニンの3種のアミノ酸から合成される物質であり、体内でのATPエネルギーシステムの働きを効率よく行うための物質です。ヒトへの運動負荷(20秒間の自転車こぎ)において、クレアチン摂取による成績向上効果が報告されています。
ユビキノン
ユビキノンは、ミトコンドリアの電子伝達系で、水素受容体として電子伝達に関与する補酵素の一つです。補酵素Q、コエンザイムQ10(CoQ10)などとも呼ばれます。細胞に必要なエネルギーの産生に、また血中のユビキノンは抗酸化物質として体内で使用されています。