プレスリリース
トマト黄化葉巻病の媒介昆虫「タバココナジラミバイオタイプQ」を迅速に診断する技術

情報公開日:2007年4月19日 (木曜日)

「トマト黄化葉巻病」は1996年に日本で初めて確認され、西南暖地を中心に分布が拡大しています。特に、九州・沖縄から関東地方のトマト産地を中心に被害が深刻になっています。この病気は、「トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)」をタバココナジラミという微小な昆虫が媒介して感染が広がります。タバココナジラミには複数のバイオタイプがあり、バイオタイプBは1989年頃国内に侵入後、広く国内に定着しています。近年、薬剤の効きにくいバイオタイプQの拡大が懸念されていましたが、バイオタイプは見た目で識別することは極めて困難です。
九州沖縄農業研究センターでは、国内に先駆けて、タバココナジラミバイオタイプQの生息を確認し、新たにPCR-RFLP法を用いた迅速・簡便なバイオタイプ識別法を開発し、関係試験研究機関に普及しました。


詳細情報

背景とねらい

Bemisia tabaci(タバココナジラミ)(図1)は、バイオタイプB(シルバーリーフコナジラミ)の侵入後、広く国内に定着していますが、見た目でバイオタイプの違いを識別することは極めて困難です。
近年、海外で、トマトや野菜などの主な農薬であるピリプロキシフェンやネオニコチノイド系の薬剤が効きにくいタバココナジラミ(バイオタイプQ)の分布拡大が報告されており、国内各地でも薬剤抵抗性個体群の存在が問題化しています。そこで、タバココナジラミのミトコンドリアチトクロームオキシダーゼI (mtCOI)遺伝子を解読することにより、国内におけるバイオタイプQの生息を確認しました。
さらに、PCR-RFLP法を用いた簡便なバイオタイプ識別法の確立に取り組みました。この方法により、各地域のタバココナジラミバイオタイプの分布を迅速・簡便に把握でき、ウイルス病害や虫害の予察、診断・防除の指導に役立てることができます。

 

成果の内容

  • バイオタイプQをPCR-RFLP法を用いて迅速・簡便に識別する手法を開発し、関係試験研究機関に普及しました。
    • 2004年に国内各地からサンプリングしたタバココナジラミを用いて、それらのmtCOI遺伝子をPCR法で増殖し、得られたPCR産物を制限酵素EcoT14I (StyI)またはStuIで消化する(PCR-RFLP法)と、バイオタイプQの場合EcoT14Iでのみ、バイオタイプBの場合StuIでのみ、各々1カ所が切断されました(図2)。
    • 本方法を用いることによって、塩基配列解析を行うことなくバイオタイプQの有無を確認することができます。
  • 本手法により1日程度でバイオタイプQの有無を確認することができます。
  • 地域ごとにサンプリングした国内タバココナジラミ12個体群について、mtCOI遺伝子を用いて遺伝子診断法をにより系統解析を行った結果、三原(広島県)、西合志(熊本県)、宮之城(鹿児島県)、大口(鹿児島県)の4個体群は、海外の既知バイオタイプQと99%の相同性を示しました(図3)。
    • 系統解析によって得られた結果に基づいて地域と作物にあった効果のある農薬を使用することで、ウイルス病及び虫害の発生頻度を低下することができます。

 

今後の展望

本技術は、バイオタイプQの診断だけでなく、バイオタイプBや国内在来系統など、他のバイオタイプの診断にも利用できます。
さらに、虫害およびウイルス病害の予察、診断・防除指導に役立ちます。

 

参考データ

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図1 タバココナジラミ(Bemisia tabaci)
バイオタイプの形態による識別は困難

 

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図2 タバココナジラミバイオタイプQの簡易識別法
(A)ミトコンドリアチトクロームオキシダーゼI (mtCOI)遺伝子に特異的なプライマーを用いて増幅したPCR産物の泳動像
(B) 制限酵素EcoT14I (StyI)で処理後の泳動像(バイオタイプQは2つに切断される)
制限酵素StuIで処理後の泳動像(バイオタイプBは2つに切断され、バイオタイプQは切断されない) 。個体群の地名は採集地を示す。

 

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図3

 

用語解説

トマト黄化葉巻病:
「トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)」は、タバココナジラミという微小な昆虫が罹病した植物から健全株へウイルスを伝搬することにより感染が広がります。トマトに感染すると1~2週間後からトマトの新葉が黄化、葉巻し、株全体が萎縮します。発病後は開花しても結実しないことが多く、特に大玉トマトの場合はほとんど収穫できなくなります。

タバココナジラミ:
タバココナジラミは世界中に広く分布している微小な昆虫で、成虫は体長 0.8mm程度です。多くのバイオタイプ存在が報告されています。国内ではバイオタイプB(シルバーリーフコナジラミ)とバイオタイプQそれに在来系統が確認されています。現在、施設ハウスで発生しているバイオタイプBとバイオタイプQは、ともに「トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)」を媒介する能力が極めて高いことが確認されています。

バイオタイプ:
バイオタイプとは、形態的(見た目)では区別できませんが、遺伝子型や生物学的性質が異なる系統のことです。

PCR-RFLP法:
制限酵素によって切断されたDNA断片の長さが、同一種内の個体間で異なることを利用して、特定の遺伝子を識別する方法です。大まかな作業手順は、次のとおりです。
比較的粗雑なDNAの採取→PCR法によるDNAの増幅→制限酵素によるDNAの切断→電気泳動→遺伝子断片の識別

制限酵素:
2本鎖のDNAを切断する酵素です。多様な制限酵素の認識する塩基配列のパターンはそれぞれ異なっています。制限酵素はDNAの中にあるそのパターンを認識し、その付近あるいはその配列の内部で切断します。
複数の制限酵素を組み合わせて利用することにより、目的とする塩基配列を切り取ったり、識別することが可能となります。

ミトコンドリアチトクロームオキシダーゼI (mtCOI)遺伝子:
ミトコンドリアは、呼吸反応時に細胞内でエネルギーを合成する役割を持っている細胞内小器官です。チトクロームオキシダーゼIは、電子伝達系と呼ばれる酸化還元反応の重要な役割を担っている酵素の一つです。
多くの生物種で遺伝や進化の痕跡を探るための指標としても用いられています。

ピリプロキシフェンやネオニコチノイド系の薬剤:
主にトマトや野菜に使用される殺虫剤。