プレスリリース
ウンカの海外からの飛来を高精度に予測するシステムを開発

情報公開日:2004年6月 2日 (水曜日)

独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構(理事長 三輪睿太郎)と日本原子力研究所(理事長 岡﨑俊雄)は、日本原子力研究所が開発した放射性物質の大気中の拡散予測技術を応用して、平成13年度からイネの重要害虫であるウンカ類のアジア地域長距離移動の高精度予測に関する研究を進めてきましたが、このたび、ウンカの飛来を高精度に予測するシミュレーションシステムを完成させました。ウンカは風に乗って飛来するため、数日先までの風や温度などの情報が含まれている気象予報データを利用することにより、アジアのどの地域から日本のどの地域にウンカが飛来するかを2日先まで予測することができます。これらの情報を得ることで、より適切なウンカの防除対策が可能となります。このシステムの評価を行った結果、2003年の梅雨期における予測精度は74%で、これは同期の降雨予報の的中率とほぼ同じ精度でした。このことから、今年(2004年)のシーズンから実用システムとして予測を開始します。


詳細情報

背景と目的

unka.jpgウンカはイネの害虫で、イネの汁液を吸って増え、イネに害を及ぼします(写真)。現在、一般的な水稲作では田植えの直前に農薬を使用し、ウンカの発生を予防的に防除しています このウンカは海外から飛来します。主に梅雨期に中国南部から1,000km以上を飛行して、九州をはじめ西日本各地へ多数飛来すると考えられています。ウンカは体長4mmと小さく、自力では秒速1m程度での移動しかできません。1,000km以上の長距離の移動を可能にするのは梅雨時に東シナ海上で発達する南西風(下層ジェット)です。この風は秒速10m以上の速度で吹きますので、これに運ばれたウンカはおよそ1日から1日半程度で中国から九州に到着します。 ウンカが日本のどの地域へいつ飛来するかがわかれば、ウンカの発生開始時期、被害の発生時期などが予測できるため、その地域で適切な防除が可能となります。またウンカは飛来源において栽培されている品種や使われている農薬によって、抵抗性の稲を加害できる能力や殺虫剤抵抗性の発達程度が異なります。そこでどこから飛来するかがわかると、その地域のイネの作付け、ウンカの発生動向や農薬の使用状況の情報と合わせて、日本に飛来するウンカがどのイネの品種を加害できるかや、ウンカの農薬に対する抵抗性なども予測できるようになります。 これまでも気象情報を利用した飛来予測は行われていましたが、それは上空1500mの風の情報のみを利用した平面上での解析で、格子点の間隔が約150kmでした。また気象観測地点の情報だけを利用していたので、海上など気象観測地点の希薄な地域の予測精度が低く、飛来地域や飛来源の詳細な推定には問題がありました。 そこで、この研究では高い精度でウンカの飛来を予測するために、立体的な空間での飛来シミュレーションモデルを開発し、そのモデルとオンライン気象データを利用した飛来予測システムを開発しました(格子点の間隔約30km、鉛直方向に20層)。原研は世界版緊急時環境線量情報予測システムWSPEEDI(Worldwide version of System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information)の粒子拡散モデルGEARN(ゲルン)を改良しウンカ移動シミュレーションモデルを開発しました。農研機構は予測システムを開発し、ウンカの捕獲調査や、過去の飛来データの解析を通してシステム評価を行いました。

研究の成果

世界で初めて害虫の長距離移動を高精度に予測するシステムを開発しました。システムは、2日先までの、日本のどの地域にウンカが飛来するかを予測できます。今年(2004年)のシーズンから予測を開始し、予測結果は次のホームページ上で公開されています。

○http://agri.narc.affrc.go.jp/indexj.html

開発したシステムにより2003年シーズンの初飛来(6月12日)を予測できました。また2003年6、7月の40日間の日別捕獲データを用いて評価したところ、的中率は74%でした。これは気象庁が発表した翌々日に九州地区に1mm以上の雨の降る予報の的中率75%(2003年6月)と同程度でした。的中率は、ウンカの飛来を正しく予測できた日数/合計予測日数×100で計算しました。 加えて、これまではウンカの飛来源は中国南部と考えられていましたが、昨年日本に飛来してきたウンカの主要な飛来源をこのシステムで推定したところ、東シナ海沿岸の比較的限られた地域や台湾である可能性が高いことが明らかになりました。このことは、その地域の稲作情報(品種、農薬使用、ウンカの発生状況)がわかれば、日本で事前の対策につながることが考えられます。

システムの仕組みについて

ここではどのようにウンカの飛来を予測するかを説明します。図1はシステムの概念図です。ウンカは風によって運ばれると考えられますから、風を予報することが必要です。まず気象庁が毎日午前9時現在の大気の状態を解析します。その気象データが農林水産研究計算センターのデータベースにオンラインで到着します(図1の気象データ)。それから数値予報モデル(天気予報をコンピュータで行う数値モデル)を用いて当日の午前9時の大気を初期値として3日間の予報を行い、3次元の風の状態を計算します(図1の風速場)。さらにその風をウンカ移動シミュレーションモデルに入力して、ウンカの分布を計算します。結果はインターネットのサイトで公開されます。 モデルでは、ウンカは中国や台湾の水田地帯に設定された複数の飛び立ち域から、朝方と夕方に飛び立ちます。(ウンカは水田で成虫に羽化した後、1日のうちでも明け方と夕方の薄暗い時間帯だけに一斉に上空に飛び立つことが知られています。)その後風とおなじ速度で移動します。移動中は摂氏16度より高い温度領域中を移動します(ウンカは気温が摂氏16度以下になると羽ばたきをやめることも知られています。)。移動の一例を図2に示しました。この図からウンカがいつ、どこに飛来するかを予測できます。

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図1 ウンカ飛来予測システムの概念図

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図2 ウンカ飛来予測の一例

2003年6月11日06時に中国を飛び立ったウンカの、13日00時における分布

原研における大気拡散シミュレーション研究

原研では、米国のスリーマイル島原子炉事故を契機とし、原子力施設の事故による大気中への放射性物質の放出に備えて「緊急時環境線量情報予測システムSPEEDI」を開発しました。このシステムは現在、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムとして、文部科学省により運営されています。 その後、チェルノブイル事故のような大規模事故に対応するために、SPEEDIの世界版(WSPEEDI)も開発し、国外の事故の日本への影響の評価も可能にするとともに、放出源が不明な場合にモニタリングデータとWSPEEDIから放出源や放出量を推定する放出推定機能を整備してきました。これらのシステムは、すでに様々な拡散実験などのデータによって検証されており、旧動燃の火災爆発事故やJCO事故の解析で実績を上げています。以上のように、原研では、放射性物質の大気拡散シミュレーション研究に対する経験と実績を持っています。これを応用し、現在、さまざまな環境問題に対応できる新しい環境中物質循環予測システムを構築中であり、すでに三宅島の火山性ガスの移行解明等で実績を上げています。今回の研究もその一環であり、原研ではウンカの特徴を組み込んで高精度シミュレーションモデルを開発し、上記の放出源推定機能を応用して、ウンカの発生源の特定を行いました。

○関連ホームページ http://www.jaea.go.jp/jaeri/jpn/open/press/000907kan/sanko01.html