品種開発の背景
わが国の夏秋季のイチゴは、業務用として安定した需要がありますが、この時期には良質な国産果実の供給量が少なく、大部分を輸入に依存しています。
これは、イチゴ生産の主力となっている一季成り性品種は夏~秋の栽培には適さないことが原因です。この時期のイチゴ生産を行うためには、比較的高温(20°C前後)で昼間の時間が長い(長日)条件でも花芽(つぼみ)ができる四季成り性品種の栽培が必要です。
しかしながら、現在、栽培されている四季成り性品種は、暖地や温暖地では秋季の収量低下等の問題があり、気温の比較的低い高標高地であっても、安定生産ができませんでした。このため、暖地や温暖地でも夏秋どり栽培に適した四季成り性の優良品種の育成が望まれていました。
育成した品種「夏の輝」の特性
- 「夏の輝」は、暖地の夏から秋の高温・長日条件下でも連続的に開花・結実する性質を持ち、夏秋どり栽培に適します。
- 夏季でも旺盛な生育を示し、既存の四季なり性品種と比較すると、商品となる果実の収量(商品果収量)は「サマーベリー」7)より多く、特に秋季(8月~10月)の商品果収量が多い特徴があります(図1)。
- 果実の甘さを示す糖度は「サマーベリー」と同程度でやや高く、酸度はやや低く、糖酸比は高く、香りは中、食味は良好です(表1)。果実の硬さ(硬度)は「サマーベリー」と同程度です(表1)。
- 萎黄病に対しては強度の抵抗性、うどんこ病に対しては中程度の抵抗性、炭疽病に対しては「とよのか」と同程度の中程度抵抗性を示し(表2)、減農薬栽培も可能と考えられます。
- パッドアンドファン冷却8)やクラウン(株元の短縮茎)部温度管理技術など高度な環境制御を導入した太陽光利用型植物工場における栽培体系に、本品種を用いた夏秋どり栽培と一季成り性品種を用いた促成栽培(冬~春に収穫)を組み合わせることで、周年栽培も可能となります(図2)。
今後の普及見込み
現在、新潟県、岡山県等で試験栽培が行われています。夏から秋にかけて連続して開花・結実する特性を有し、収量性と果実品質にも優れることから、全国の夏秋どり品種の栽培地で普及が見込まれます。農研機構と利用許諾契約を結んだ種苗会社により種苗の増殖が行われており、近日中に種苗の供給が行われる予定です。
用語解説
1)一季成り性品種と四季成り性品種:
イチゴの品種は、花芽ができる条件により、一季成り性品種と四季成り性品種に大別されます。一季成り性品種は低温かつ日の長さが短い(短日)条件で花芽が着き、四季成り性品種は20°C前後の比較的高温かつ日の長さが長い(長日)条件で花芽が着きます。
2)糖酸比:
糖度を滴定酸度で除した値のことで、おいしさを説明する指標の一つです。糖酸比が高いほど、濃厚な味になります。
3)夏秋どり栽培:
主に四季成り性品種を用いて、夏秋季に収穫する作型で、夏季に気温が比較的低い寒冷地や高冷地で栽培が行われています。越冬させた苗を3月下旬~4月下旬に定植し、6~11月に収穫します。
4)萎黄病(いおうびょう):
イチゴ栽培において最も重要な土壌病害です。被害株は果実の肥大が悪く、品質は低下し、ひどくなると枯死してしまいます。日本の主要栽培品種には耐病性品種がなく、いったん土壌が菌に汚染されると根絶することが難しい病害です。
5)うどんこ病:
ハウス栽培で特に被害の著しい病害です。発病によって株全体が枯死することはありませんが、果実に発生すると商品価値が失われるので経済的な被害が大きい病害です。日本の主要な品種には耐病性品種がないので、防除は農薬に頼っているのが現状です。
6)炭疽病(たんそびょう):
イチゴ栽培における最も重大な病害の一つです。6月~9月の育苗期に発生して深刻な苗不足の原因となるばかりでなく、本圃においても株の枯死を引き起こします。日本の主要栽培品種は本病に抵抗性を持たないため、発生すると大きな被害を受けます。
7)サマーベリー:
1988年に育成された四季成り性品種。四季成り性が強くないため、夏秋どり栽培では生産が不安定になる傾向があります。
8)パッドアンドファン冷却
温室内の温度を下げる技術の一つで、外気を湿らせたパッド(格子状パネル)を通すことで、気化冷却された空気を温室内に送り込み、室温を低下させます。