新品種育成の背景と経緯
食料自給率向上のために、小麦の生産力の増強が求められています。特に、パン・中華めん用小麦は自給率がうどん用の小麦に比べて低いことから一層の作付け拡大が求められています。現在、九州地域ではパン用小麦品種として「ミナミノカオリ」が栽培されていますが、成熟期がやや遅いために収穫期が初夏の降雨時期に重なりやすく、穂発芽被害が問題になっていました。また、実需者からは食パンに適する強力小麦品種だけでなくフランスパンに適する準強力小麦品種が欲しいとの要望がありました。
農研機構はこれまで、小麦粉のパン加工適性評価には食パンをつくり評価してきましたが、フランスパンを焼くノウハウがありませんでした。このため農研機構は、鳥越製粉株式会社の協力によりフランスパン焼成試験による評価を行い、フランスパン適性のある早生で穂発芽性を改善したパン用小麦品種を開発しました。
新品種「さちかおり」の特徴
- 栽培性が優れる「西海174号」を母、パン加工適性がある「中系05-44」を父として人工交配を行い、半数体育種法3)により育成されました。
- パン用小麦「ミナミノカオリ」より出穂期は3日早く、成熟期は2~4日早い早生の品種で、稈長は4~6cm程度短く、収量は1割程度向上します(表1)。穂発芽検定の結果から、穂発芽性はやや難で「ミナミノカオリ」より穂発芽耐性に優れています(表1)。
- 種子の特性については、千粒重は「ミナミノカオリ」より小さいですが、容積重は大きくなっています。外観品質は「ミナミノカオリ」よりやや優れています(表1)。タンパク質含量は、「ミナミノカオリ」よりやや低いですが、灰分含量4)は低く優れています。
- 小麦粉の生地の力の程度は「ミナミノカオリ」より弱く、準強力的です(表2)。フランスパン適性の評価では、「ミナミノカオリ」よりも体積が大きく、焼き色が濃くなります(表3、図1、図2)。うま味および甘味成分であるアスパラギン酸、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、アラニン含量が高く、おいしいフランスパンが焼けます(表4)。アミロース含量が「ミナミノカオリ」よりやや低いため、クラム5)がもちもちした食感になります(九州栄養福祉大学の協力により行ったフランスパンの官能評価より)。
生産上の留意点
多収のためタンパク質含量が低くなりがちなので、品質評価の基準値のタンパク質含量を得られるように出穂期以降に実肥を施用する必要があります。フランスパン用途としての「さちかおり」の目標原粒タンパク質含量は11.5%になります。
今後の予定・期待
佐賀県みやき町において、平成30年産(平成29年秋播種)から本格的に栽培が開始されました。栽培面積は7haとまだ少ないですが、今後国産小麦の需要の高まりにより、国産パン用小麦の1つのアイテムとして、徐々に作付けが拡大されると期待されます。
品種の名前の由来
本品種の普及により、パンの香り(かおり)にあふれ、幸(さち)豊かな食卓が日本中に拡がることを願い、名付けられました。
種子入手先に関するお問い合わせ先
農研機構九州沖縄農業研究センター 企画部 産学連携室 産学連携チーム
TEL 096-242-7513
利用許諾契約に関するお問い合わせ
農研機構連携広報部 連携広報部 知的財産課 種苗チーム
TEL 029-838-7390 FAX 029-838-8905
用語の解説
1)準強力
小麦粉は用途別に求められる生地の力によって、強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉の4つに大きく分けられます。代表的な用途は、強力粉は食パン、準強力粉はフランスパン・中華めん、中力粉はうどん、薄力粉は菓子・天ぷら粉になります。強力粉はタンパク質の量が多く、グルテンの力も強いですが、準強力粉は強力粉に準ずるタンパク質の量とグルテンの力を備えています。薄力粉はタンパク質の量が少なく、グルテンの力も弱いです。中力粉は準強力粉と薄力粉の中間になります。小麦粉のタンパク質の量でみると、強力粉は11.5~13.0%、準強力粉は10.5~12.5%、中力粉では7.5~10.5%、薄力粉では6.5~9%くらいです。
2)穂発芽
小麦の収穫時期に降雨が続いた場合に、種子が穂についたまま発芽する現象。程度が軽い場合でも種子中のデンプン分解酵素であるアミラーゼの活性が高まることにより、デンプンがダメージを受けます。穂発芽した小麦は商品価値がなくなります。
3)半数体育種法
小麦の花の雌しべにトウモロコシの花粉をかけると、受精して幼胚ができますが、やがてトウモロコシの染色体だけが消失してしまいます。この時点で幼胚を取り出して培養すると、通常の半分の染色体だけをもつ、すなわち半数体の小麦に育ちます。この半数体の小麦をコルヒチンという薬品で処理すると、染色体が倍加して通常の小麦と同じ染色体数になります。この仕組みを育種に利用するのが半数体育種法で、育種の初期世代(交雑第1代など)で用いることで、通常は何年もかかる遺伝的固定が短期間で行えます。
4)灰分含量
灰分とは小麦粉を燃焼した時に残る灰の事で、カリウム、カルシウム、ナトリウム、マグネシウム、リン、鉄などのミネラル分(無機物)が、この灰の成分です。灰分が多いと小麦粉の色がくすんだ色になるため、灰分が少ないほど良質の小麦粉とされます。このため、タンパク質含量とならび、灰分含量は小麦粉の品質をあらわす重要な指標のひとつで、1等粉や2等粉などの等級は灰分含量が少ないほど高くランク付けされます。
5)クラム
フランスパンの内部の白い部分のことをいいます。日本人の嗜好として、もちもちしたクラムを好む人が多いです。これに対し、パリパリした表皮の部分はクラストと呼ばれます。
参考図
表1 「さちかおり」の生育特性、収量性および子実特性
表2 「さちかおり」の製粉性および小麦粉の品質
表3 一般社団法人日本パン技術研究所によるフランスパン焼成試験(2012年農研機構九州沖縄農業研究センター産材料)
図1 フランスパン焼成試験(鳥越製粉(株)にて実施、2013 年農研機構九州沖縄農業研究センター産材料)
図2 一般社団法人日本パン技術研究所によるフランスパン焼成試験におけるフランスパンの内相と外観 (2012 年農研機構九州沖縄農業研究センター産材料)
表4 遊離アミノ酸分析(鳥越製粉(株)分析、2016 年佐賀県産材料)