プレスリリース
(研究成果)温暖化条件下で威力を発揮する 水稲の再生能力を活かした米の飛躍的多収生産

- 試験圃場レベルでおよそ1.5t/10aの超多収を達成 -

情報公開日:2020年9月 8日 (火曜日)

農研機構は、温暖化条件下で威力を発揮する「水稲再生二期作」において、1回目稲の収穫時期や高さを工夫することにより、試験圃場レベルでおよそ1.5t/10aの飛躍的な多収が得られることを明らかにしました。本成果は、今後の世界食料需要の逼迫が予想される中での米の安定供給や、国内の加工用米や業務用米の低コスト生産への貢献が期待されます。

概要

九州地域は、国内のほかの地域に比べ、春や秋の気温が高く水稲の生育可能期間が長い、つまり、早く移植して遅く収穫できるといった特徴があります。更に近年、地球温暖化の影響で春や秋の気温も上昇しており、今後、生育可能期間が一層長くなると予想されます。

国内で栽培されている水稲は、多年生1)の性質を持つため、収穫後にひこばえ2)が発生します。ひこばえを栽培して2回目稲を収穫する再生二期作3)は、1回目稲だけを収穫する通常の栽培に比べ、2回目稲の分だけ収量が増えますが、収穫に至るまでの十分な気温が必要です。

そこで農研機構は、水稲の生育可能期間が長いといった九州地域の地の利を活かした再生二期作において、1回目稲の収穫時期や高さを工夫することにより、4月に田植えして8月に収穫する1回目稲と11月に収穫する2回目稲の合計でどれだけの収量が得られるのかを、近年研究用に開発された多収系統4)を用いて調べました。その結果、試験圃場において1回目稲を十分に成熟させた時期に株元(地際)から高い位置で収穫することにより、1回目稲と2回目稲の合計(2年間の平均値)で1.41t/10aの粗玄米収量5)(精玄米収量6)で1.36t/10a)が得られることを明らかにしました。なお、気象条件に恵まれた年には、生産現場の平均収量のおよそ3倍に当たる1.47t/10aの粗玄米収量(精玄米収量で1.44t/10a)に達しました。

本成果は、今後の世界食料需給の逼迫が予想される中での米の安定供給や、国内の加工用米や業務用米の低コスト生産への貢献が期待されます。

関連情報

予算:運営費交付金


詳細情報

開発の社会的背景

世界の人口は2050年に100億人に迫ると予想され、そのおよそ半数が主食とする米の画期的な多収技術の開発は喫緊の課題となっています。また、国内においても、加工用米や業務用米については多収による低コスト化が強く求められています。現在のところ、生産現場の優良事例では、多収品種を用いておよそ800kg/10aの収量が得られています。

九州地域は、国内のほかの地域に比べ、春や秋の気温が高く水稲の生育可能期間が長い、つまり、早く移植して遅く収穫できるといった特徴があります。更に近年、地球温暖化の影響で春や秋の気温も上昇しており、今後、生育可能期間が一層長くなると予想されます。

研究の経緯

国内で栽培されている水稲は、多年生の性質を持つため、収穫後にひこばえが発生します。ひこばえを栽培・収穫すると、その分だけ収量が増えますが、収穫に至るまでの十分な気温が必要です。水稲再生二期作は、2回の収穫を要するものの田植えは1回だけであり、2回の田植えを行う二期作に比べ低コストになります。また、1回の田植えで1回の収穫を行う通常の栽培と比べると、多収による低コスト化が期待できます。再生二期作は、これまでに国内においても栽培事例がありますが、近年育成された多収品種・系統や最近の気象条件での収量性の検討は十分に行われていませんでした。

そこで農研機構は、水稲の生育可能期間が長いといった九州地域の地の利を活かした再生二期作で、1回目稲の収穫時期や高さを工夫することにより、1回目稲と2回目稲の合計でどれだけの収量が得られるのかを、近年開発された多収系統を用いて明らかにしようとしました。

研究の内容・意義

本研究は、福岡県筑後市にある農研機構九州沖縄農業研究センターの試験圃場において、生育期間の気温が比較的高かった2017年と2018年に、研究用に開発された多収系統を用いて行いました。両年とも、3月中旬に苗箱に播種・生育させた苗を4月中旬に本田に移植し、1回目稲を8月中旬(早刈、出穂からの積算温度7)900℃)又は下旬(遅刈、出穂からの積算温度1200℃、多収品種では標準的な収穫時期)に地際から50cm(高刈)又は20cm(低刈)の高さで収穫した後、2回目稲を11月上中旬に収穫しました(図1)。また出穂は、1回目稲が7月中旬で、2回目稲が1回目稲を早刈すると9月上中旬に、遅刈すると9月中下旬になりました。なお、稲体の窒素を常に高く保つため、追肥を1~2週間毎に行いました。

1回目稲を遅刈すると、1回目稲は早刈に比べて登熟8)が良くなり、精玄米で180kg/10aの増収になりました(図3)。また、このときの2回目稲は、早刈に比べて出穂が遅れ、気温の低下により登熟が悪くなったものの、成長に利用可能である非構造性炭水化物9)が切株に多く残った(図2c)影響で籾数が減少せず、30kg/10aの減収(高刈と低刈の平均値)に留まりました。このため、1回目稲と2回目稲の合計収量は、150kg/10aの増収(高刈と低刈の平均値)になりました(図2b)。

1回目稲を高刈すると、2回目稲は低刈に比べ、非構造性炭水化物や緑葉(葉面積指数10))が切株に多く残った(図2c、d)影響で籾数が増加するとともに登熟も良くなり、精玄米で190kg/10aの増収(早刈と遅刈の平均値)になりました(図2b図4)。

以上のことから、1回目稲を十分に成熟させた時期に地際から高い位置で収穫することにより、1回目稲と2回目稲の合計で多収となることが明らかになりました(図3図4)。なお、生育期間を通じて気温が高く日射量が多かった2018年には、生産現場の平均収量(福岡県で0.50t/10aの精玄米収量)のおよそ3倍に当たる1.47t/10aの粗玄米収量(精玄米収量で1.44t/10a)に達しました。

今後の予定・期待

今後、今回得られた知見を基に再生二期作に最適な品種の選定や施肥技術の開発を行った後、現地実証試験を行い、加工用米や業務用米の画期的な低コスト生産技術として九州地域を中心に普及させていく計画です。なお、既存のコンバインで地際から50cmの高さで収穫することは困難ですので、多収を確保できる最低限の収穫高さの検討や、コンバインの改良等も行う必要があります。

また将来的に、地球温暖化に伴う気温の上昇が続くと考えられますので、再生二期作の収量の増加や、適地拡大が予想されます。そのほか、再生二期作では、自然災害等に伴う国内外の米の需要に応じ、二期作目の実施の要否を判断することもできます。

用語の解説

1)多年生
多年にわたって植物体が生育すること。国内で栽培されている稲は、多年生の性質を持ちますが、冬の寒さで枯死してしまいます。

2)ひこばえ
植物の切り株から再生して出てくる芽。

3)再生二期作
1回目の稲を収穫した後に切り株から出てくるひこばえを栽培し、2回目稲(再生稲)を収穫する二期作。

4)多収系統
東北地域向けの多収品種「べこあおば」と関東以西向けの多収品種「北陸193号」を交配した後、「北陸193号」をもう一度交配した後代から選抜した稲

5)粗玄米収量
大きさで選別をしていない全ての玄米の収量。

6)精玄米収量
一定の大きさを持った玄米の収量。今回の研究では1.7mm幅の篩いで選別しました。

7)積算温度
毎日の日平均気温を積算した温度。例えば、西日本の基幹品種「ヒノヒカリ」では、出穂からの積算温度950~1000℃で収穫されています。

8)登熟
稲が開花・受粉・受精した後に、籾殻の中に澱粉が詰まること。

9)非構造性炭水化物(NSC)
澱粉やショ糖等から構成される炭水化物。再生の際、葉や茎等の成長に利用されます。

10)葉面積指数(LAI)
単位面積当たりの緑葉の面積。

発表論文

Nakano, H., Tanaka, R., Wada, H., Okami, M., Nakagomi, K., & Hakata, M. (2020). Breaking rice yield barrier with the ratooning method under changing climatic conditions: A paradigm shift in rice cropping systems in southwestern Japan. Agronomy Journal, DOI: 10.1002/agj2.20309.

参考図

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図1 1回目稲を遅刈した試験区における収穫直後の切株(a及びc)及び登熟中期の2回目稲(b及びd)
(a及びc) 写真内の左側の試験区は1回目稲を高刈した直後の切株。右側の試験区は1回目稲を低刈した直後の切株。
(b及びd) 写真内の左側は1回目稲を高刈した切株から再生した2回目稲の登熟中期。右側の試験区は1回目稲を低刈した切株から再生した2回目稲の登熟中期。

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図2 1回目稲及び2回目稲の合計粗玄米収量(a)及び精玄米収量(b)並びに切株の非構造性炭水化物量(c)及び葉面積指数(d)(2017年及び2018年の平均)
(a) 1回目稲と2回目稲の合計粗玄米収量。合計粗玄米収量は、収穫時期間では遅刈が早刈に比べ増加します。また、収穫高さ間では高刈が低刈に比べ増加します。
(b) 1回目稲と2回目稲の合計精玄米収量。合計精玄米収量は、収穫時期間では遅刈が早刈に比べ増加します。また、収穫高さ間では高刈が低刈に比べ増加します。
(c) 1回目稲の切株に残った非構造性炭水化物。非構造性炭水化物は、収穫時期間では遅刈が早刈に比べ増加します。また、収穫高さ間では高刈が低刈に比べ増加します。
(d) 1回目稲の切株に残った葉面積指数。葉面積指数は、収穫時期間では遅刈が早刈に比べ大きく減少しません。また、収穫高さ間では高刈が低刈に比べ大きく増加します。

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図3 1回目稲の収穫時期が1回目稲の収量に及ぼす影響の概念図
1回目稲を遅刈すると、1回目稲は早刈に比べて登熟が良くなり、増収します。

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図4 1回目稲の収穫高さが2回目稲の収量に及ぼす影響の概念図
2回目稲は、1回目稲を低刈すると切株に残る非構造性炭水化物(NSC)と緑葉(葉面積指数、LAI)が少なく籾数が少ないですが、高刈すると切株に残る非構造性炭水化物と緑葉が多くなり、籾数の増加を介して増収します。