プレスリリース
(研究成果)黒穂病抵抗性のサトウキビを選抜できる DNAマーカーを開発

- 抵抗性品種の効率的な育成が可能に -

情報公開日:2021年6月23日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、トヨタ自動車(株)と共同で、黒穂病(くろほびょう)1)に強い(抵抗性の)サトウキビ個体の選抜に利用できるDNAマーカー2)を開発しました。本成果によって、サトウキビの重要病害である黒穂病に対し、抵抗性品種の育成を効率的に進めることが可能になります。

概要

農研機構はトヨタ自動車(株)と共同で、高次倍数性3)を示しDNAマーカーの開発が困難だったサトウキビにおいて、重要病害である黒穂病の抵抗性に関わる染色体領域を明らかにし、さらに、抵抗性個体を効率的に選抜できるDNAマーカーを開発しました。
黒穂病は世界中のサトウキビ生産地域で発生が確認されている重要病害です。黒穂病に感染したサトウキビに対して有効な薬剤はなく、抵抗性品種の利用が主要な防除手段となっています。品種育成の際は、苗の準備に3年以上を要する接種試験により黒穂病抵抗性の個体を選抜する必要があり、効率的な選抜が可能なDNAマーカーの開発が望まれていました。
トヨタ自動車(株)が2016年に開発したゲノム解析技術「GRAS-Di(グラスディーアイ)技術4)」により、サトウキビにおけるDNAマーカー開発の道が開かれました。そこで農研機構はトヨタ自動車(株)と共同で、サトウキビの黒穂病抵抗性個体を選抜できるDNAマーカーの開発に着手しました。黒穂病抵抗性に優れる飼料用サトウキビ品種「やえのうしえ」について、連鎖地図5)を作成し、黒穂病抵抗性の遺伝解析を行った結果、黒穂病抵抗性に関わる遺伝領域が第8連鎖群5)にあることが明らかになりました。さらに、この遺伝領域に存在し、黒穂病抵抗性の個体を選抜できるDNAマーカーを開発しました。
本DNAマーカーの活用により、黒穂病抵抗性サトウキビ品種の育成を効率的に進めることが可能となります。

関連情報

特許:特開2020-065540

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構九州沖縄農業研究センター 所長 森田 敏
研究担当者 :
同 暖地畑作物野菜研究領域 梅田 周
広報担当者 :
同 広報チーム長 仲里 博幸


詳細情報

開発の背景・経緯

黒穂病は世界中のサトウキビ生産地域で発生が確認されている重要病害です。罹病すると生育に異常が生じ、製糖原料としての品質が低下します。罹病株では鞭状物(べんじょうぶつ)の発生によって病原菌の胞子が拡散し周囲の株に被害が拡大するため(図1)、早期に罹病株を掘り起こし焼却処分をする必要があります。また、欠株が生じるために、特に株出し栽培6)での収量の低下につながります。黒穂病に感染した植物体に対して有効な薬剤はなく、抵抗性品種の利用が主要な防除手段となっています。農研機構では、国内に自生するサトウキビ野生種「西表(いりおもて)8」が高度な黒穂病抵抗性を示すことを見出しており、飼料用サトウキビ品種「やえのうしえ」など、「西表8」の黒穂病抵抗性を用いた品種育成を進めています。
品種育成の際は、接種試験により黒穂病抵抗性を持つ個体を選抜しますが、試験に使用する苗の増殖に3年以上かかるという問題があります。そこで、効率的な選抜が可能なDNAマーカーの開発が望まれていましたが、サトウキビは高次倍数性を示しゲノム構造が複雑であるため、DNAマーカーの開発が極めて困難でした。
そのような中、トヨタ自動車(株)が2016年に開発したゲノム解析技術「GRAS-Di技術」により、サトウキビのような高次倍数性を示しゲノム構造が複雑な作物においても、高精度なゲノム情報の取得と、得られた情報を用いたDNAマーカーの開発が可能になりました。そこで、農研機構はトヨタ自動車(株)と共同で、サトウキビの黒穂病抵抗性DNAマーカーの開発に着手しました。

研究の内容・意義

  • 「西表8」を交配利用して育成した、黒穂病抵抗性に優れる飼料用サトウキビ品種「やえのうしえ」について、「GRAS-Di技術」によるゲノム解析を行い、117の連鎖群からなる連鎖地図を作成しました。
  • 「やえのうしえ」と育成系統「KY08-129」を交配親とする解析集団154系統の黒穂病抵抗性を接種試験によって調べました。その結果を基に遺伝解析を行い、第8連鎖群末端に黒穂病抵抗性に関わる遺伝領域があることを明らかにしました。さらに、この遺伝領域中にDNAマーカー「AMP0007142」を作成しました(図2)。
  • 解析集団のうち、DNAマーカー「AMP0007142」について「やえのうしえ」と同じ遺伝子型(やえのうしえ型)の系統は極めて低い発病率を示したことから、このDNAマーカーを活用することで、黒穂病抵抗性を持つ個体の効率的な選抜が期待できます(図3)。

    今後の予定・期待

    黒穂病を防除するためには抵抗性品種の利用が最も有効です。今回開発したDNAマーカーの活用により、黒穂病抵抗性を持つ品種の育成において、抵抗性を持つ個体の選抜にかかる時間と手間が軽減され、高度な黒穂病抵抗性を有し地域適応性の高いサトウキビ品種の効率的な育成が可能となります。
    本DNAマーカーは、農研機構で活用するほか、関連する特許の使用許諾により外部機関の方でも利用できます。

    用語の解説

    黒穂病
    サトウキビの重要病害で担子菌類の感染により発生します。茎の先端部から黒色の鞭状物が発生するとともに(図1)、罹病茎は健全茎と比較して、徒長する・分げつを多く発生させる・葉が小さくなるといった生長の異常が生じ、製糖原料としての品質が低下します。[ポイントへ戻る]
    DNAマーカー
    ゲノム上の特定の塩基配列を利用した目印。調べたい形質を制御する遺伝子の目印となるDNAマーカーを芽生えなどから検出することで、調査に時間と手間のかかる形質を予測することが可能になります。[ポイントへ戻る]
    高次倍数性
    多くの生物は2セットの染色体を持つ二倍体に分類されます。例えばイネは12種類の染色体を2セット、計24本の染色体を持ちます。しかし、中には2セット以上の染色体を持つ生物種が存在し、そのようなゲノムの状態を高次倍数性といいます。サトウキビは18種類の染色体を100~130本持つとされますが、完全なゲノム構造は未だに明らかになっていません。[概要へ戻る]
    GRAS-Di技術
    トヨタ自動車(株)が開発したゲノム解析技術。独自のサンプル調整法と解析プログラムによって、サトウキビのような高次倍数性を示しゲノム構造が複雑な作物でも、再現性高くゲノムを一様にカバーする遺伝子情報の取得が可能です。[概要へ戻る]
    連鎖地図・連鎖群
    染色体上の遺伝子やDNAマーカーの相対的な位置関係を示した地図を連鎖地図と言います。また、同じ染色体上に存在する可能性の高いDNAマーカーの集まりを連鎖群と言います。サトウキビの染色体数は100~130本とされており、これに近い数の連鎖群からなる連鎖地図が作成されます。[概要へ戻る]
    株出し栽培
    前作の収穫後の株から再生する萌芽茎を養成し、再度、収穫する栽培法。[開発の背景・経緯へ戻る]

    発表論文

    Umeda M. et al. (2021) Detection of a major QTL related to smut disease resistance inherited from a Japanese wild sugarcane using GRAS-Di technology. Breeding Science(in press)
    URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsbbs/advpub/0/_contents

    参考図

    図1
    図1 黒穂病に感染したサトウキビ
    茎の先端部から黒色の鞭状物(矢印)が発生しています。
    図2
    図2 「やえのうしえ」の黒穂病抵抗性に関わる遺伝領域
    黒穂病抵抗性の遺伝解析を行った結果、「やえのうしえ」の第8連鎖群に黒穂病抵抗性に関わる遺伝領域があることが明らかになりました。
    図3
    図3 DNAマーカーの遺伝子型と発病率の関係
    九州沖縄農業研究センター種子島研究拠点内のガラス室で、解析集団154系統について接種試験を行いました。接種後7ヵ月の発病率を調査したところ、DNAマーカー「AMP0007142」について「やえのうしえ」と同じ遺伝子型(やえのうしえ型)の系統は極めて低い発病率を示しました。