開発の社会的背景
九州の基幹的農業従事者数は、2005~2020年の15年間で52万人から23万人に半減し、65歳以上が占める割合は56%から65%に増加しました。一方、農業経営体の耕地面積は、20 ha以上の割合が3.6%から21.6%の6倍に増加し、さらに100 ha以上の大型経営体が96(うち九州北部地域:77、九州南部地域:19)存在し、農業従事者の減少に伴う規模拡大が急速に進んでいます。
水稲の乾田直播栽培は、慣行の「移植」栽培体系で必須となる、育苗・苗運搬・代かき作業を省略できるため、規模拡大が進む九州北部地域において作業能率の向上が期待できる有用な技術です。しかし、これらの地域で主に行われている大麦-水稲、小麦-大豆(前作-後作)の二毛作体系で水稲の乾田直播栽培を行う場合には、前作となる大麦(もしくは小麦)の収穫後、水稲のほ場準備から播種まで約1か月程度しかなく、大麦の作付を行わない場合に比べて作業可能な期間が短いことに加えて、降雨によって土壌が高水分となると播種作業が困難となるため作業が遅延し、播種適期を逸しやすいこと、移植栽培のように代かきによって問題となりにくい漏水についても乾田直播栽培においては防止対策が必須になるという課題があります。漏水対策については振動ローラによる鎮圧作業で防止が可能となる九州版乾田直播栽培技術を開発して普及を進めていますが、降雨によって播種作業が困難となる問題が残されています。特に、乾きにくい土壌条件となるほ場の場合には、降雨によって播種作業とその後のローラ鎮圧作業(漏水防止対策)が遅れるため、規模が大きい生産者ほど適期播種を逃すリスクが高まることから、高水分条件でも使用可能な直播技術が必要となります。
そこで今回、漏水防止機能を有するだけでなく、高水分土壌でも効率的に播種作業を行うことが可能な畝立て乾田直播機及び本開発機を用いた直播技術を開発しました。
研究の経緯
一般に経営規模拡大は、機械による作業効率が向上し、面積あたりの作業労働時間が減少するため生産コストの削減につながる傾向があります。しかし、水稲の苗を育ててから田に植える「移植」栽培体系では、育苗・苗運搬作業等が経営規模拡大の阻害要因になるため、近年、種籾を直接水田に播種する「直播」栽培体系が全国的に増加傾向にあります。直播栽培は、耕起・代かき後に水を張った水田に播種する湛水直播栽培と湛水していない水田に播種する乾田直播栽培の2種類に大別されます。北陸および東北地域では、それぞれ直播面積の約8割および7割、全国では約6割が湛水直播栽培です。しかし、九州地域の水田にはスクミリンゴガイ5)(通称:ジャンボタニシ)が生息し、水稲の生育初期に食害を及ぼすことから、これが湛水直播栽培の普及を妨げる主要因の一つになっています。
一方、乾田直播栽培は、湛水していない水田に播種するため湛水直播栽培で必要となる代かき作業や催芽・種子コーティング作業6)を省略できる、より低コストかつ省力的な技術であり、生育初期に湛水しないためスクミリンゴガイの食害を軽減・回避できる栽培方法です。乾田直播技術には、代かきに代わる漏水防止対策として播種前後にローラ鎮圧を行うプラウ耕-グレーンドリル体系7)や、冬季や春季代かきを行う不耕起V溝直播技術8)等があり、それぞれ東北・北海道地域および東海地域を中心に普及面積が拡大しています。しかし、大麦-水稲、小麦-大豆の二毛作体系が展開される九州北部地域では、大麦収穫期である5月中旬から水稲播種適期である5月中~6月上旬までの期間が短いため、大麦収穫後の速やかな播種と漏水防止を図ることが同時に可能となる乾田直播技術を開発する必要がありました。
そこで農研機構では、漏水防止機能を有し作業適期が降雨に左右されにくい「畝立て乾田直播機」について、I-OTA合同会社協力のもと実用化試作機の開発と現地実証試験を行い、乾田直播技術の社会化実装の推進に取り組みました。
研究の内容・意義
- 開発機は、トラクタの後方に装着して使用します。土壌反転ディスクを利用した畝成形補助部でタイヤ跡を均(なら)し、ソロバン玉状の回転・駆動する畝成形部で表面を鎮圧しながら、表面が硬い台形断面状の播種畝を成形して、直播作業部、種子繰出し部および覆土鎮圧部で畝の上面に播種することで、ほ場の漏水防止と生育初期の降雨・滞水による湿害回避を図る構造です(図1)。
- 開発機の直播作業部は、作溝ディスクの土付着防止スクレーパと作物残渣進入防止スクレーパ(図2)により、高水分かつ麦作後の作物残渣が多いほ場条件においても播種作業が可能になります。作業幅は210 cm、条間は30 cm、条数は7条で、水稲以外に大豆や麦類の播種にも対応可能です。適用トラクタは40~60 馬力(29.4~44.1kW)です(図2)。
- 熊本県玉名市の現地ほ場(灰色低地土9))での実施例では、播種2週間前から前日までに214 mmの降雨があり、土の付着が顕著となる塑性限界10)(現地ほ場の場合:含水比11)32%)より高い土壌水分(含水比42%)となった条件下でも播種作業が可能でした(図3)。また、播種直後から2日目にかけ80 mmの降雨が観測されたほ場でも、湿害と考えられる症状は確認されず苗立率は9割程度確保できました(図3)。ただし、本技術は入水後(播種後3~4週間後)に、畝の上面が常に水面上に現れた水管理では、除草剤の効果が低減するため注意が必要です。
- 開発機を用いた畝立て直播での坪刈収量(品種「ヒノヒカリ」)は、福岡県筑後市の試験場内ほ場で541kg/10a(慣行移植栽培区562 kg/10a)、熊本県玉名市の現地ほ場で531 kg/10a(慣行移植栽培区483 kg/10a)となり、移植とほぼ同等の収量が得られました(図4)。また、開発機による漏水防止対策及び播種の作業能率は、12 分/10aで(ほ場面積60~72 a、作業速度3.5 km/h)、従来の乾田直播技術より高いことがわかりました(図5)。
今後の予定・期待
水稲では、全国の直播面積が約3.5万 ha(2020年度)で、全水稲面積の2.4%あるのに対し、九州ではスクミリンゴガイ等の影響により、九州の全水稲面積の0.6%(926 ha)にとどまっています。また、農水省調べ(2020年3月)では、全国の水田面積238万 haのうち67%(159万 ha)が区画整備済みですが、そのうち31%(49万 ha)のほ場で排水が良好でなく、九州北部地域でも高水分条件で播種可能な畝立て直播機の適用性は高いと考えられます。
開発機は、I-OTA合同会社によるブラッシュアップを継続中です。また、本技術については、都道府県の公設試験研究機関や普及指導センター等と連携し、ほ場が乾きにくい半湿田地域を中心に、5年後に現在の九州における直播面積にあたる1,000 ha程度の普及面積拡大を目指します。
用語の解説
発表論文
深見公一郎、高橋仁康、中野恵子、岡崎泰裕、松尾直樹、西村修、淺野和人、関英一(2022):暖地二毛作に対応した畝立て直播機の開発と評価、農作業研究57(4):239-251
参考図