開発の社会的背景
米の収量や品質の安定化は、生産者の収益の安定化に繋がるため、極めて重要です。しかしながら、近年、米の収量や品質は、異常気象・気候変動の影響による不安定化が懸念されています。例えば、2019年及び2020年の九州地域では、栄養成長期2) の日照不足、登熟期3) の高温、台風や虫害等の影響で作況指数や1等米比率が大幅に低下しており、技術的対策が重要となっていました。また、水田作経営体では、農業者の高齢化に伴って担い手への農地集積が進んでいるため、特に大規模経営体では、効率的に水稲を栽培管理できる技術の導入が求められています。
研究の経緯
窒素は、水稲を栽培する上で最も重要な肥料成分の1つです。出穂20日前~出穂期4) 頃の窒素追肥量を増加させると、収量が増加するほか、登熟期の気温が高い場合に発生する基部未熟粒5) や背白粒6) が減少します(図1 )。一方、過剰な窒素追肥は、収穫作業を困難にしたり減収の原因になったりする倒伏や、食味低下に結びつく玄米タンパクの上昇を助長します。このため、生育診断により水稲の生育状況を把握した上で適量の追肥を行うことが重要になります。これまで、地上で生育診断をするとなると、ほ場毎又は領域毎にNDVI等を取得する必要があり、膨大な時間を要していました。
近年、ドローンの利用は、水稲の農薬や肥料の散布で先行して普及が進んでいるほか、生育診断でも始まっています。しかしながら、ドローンによる上空からの生育診断では、太陽光を植物群落が反射した光を測定しており、太陽高度や日射量の影響を受けます。このため、生育診断に用いるNDVI等は、同じ植物群落であっても撮影日時によって異なってしまいます(図2 )。一方、地上において、測定器の光を植物群落が反射した光を測定する場合には、NDVI等が測定日時の太陽高度や日射量の影響を大きく受けません。
本研究では、2020年及び2021年に得たNDVIと収量との関係を調べました。その結果、地上NDVIは、上空NDVIに比べ、収量との相関が高いことを明らかにしました(図3a、b )。さらに、上空NDVIを地上NDVIで補正すると、収量との相関が上空NDVIに比べて高くなることも明らかにしました(図3 )。そこで、ドローンによる広範囲の上空NDVIを数か所の地上NDVIで補正することで、広範囲の全てのほ場について、地上NDVIを取得する場合に比べて簡易で、かつ、上空NDVIのみを利用する場合に比べて精確な生育診断を行い、その結果に基づいて、目標とする収量等に応じて追肥量を算出するシステムの開発を行いました。
研究の内容・意義
今回開発した水稲生育診断・追肥量算出システムの中で、収量を目標にする場合の作業手順(1~5)(図4 )及び実証概要(6)(表1 )は、以下の通りです。
水稲の出穂1~4週間前に、マルチスペクトルカメラ7) 搭載のドローンで生育診断したい全てのほ場の画像を撮影し、画像解析ソフトで上空NDVIを取得します。
1と同じ時期に、地上において自ら光を発する測定器で、生育が良い部分、悪い部分、その中間の部分等、3か所程度の地上NDVIを測定します。測定地点を増やすと精度が高まりますが、移動時間を含めずに1か所当たり数分の測定時間が掛かります。この際、地上NDVIの測定は、対応する上空NDVIが得られる場所であれば、ほ場内のどこで行っても構いません。
上空NDVIと地上NDVIとの相関関係から回帰式8) (地上NDVI=a×上空NDVI+b、aは傾きでbは切片)を求め、全てのほ場の上空NDVIを地上NDVIで補正します(図5 )。
あらかじめ生育ステージ毎に作成しておいた追肥量算出式9) (必要追肥量=c×目標収量+d×地上NDVI+e、c及びdは傾きでeは切片)に目標収量及び補正したNDVIを代入し、必要追肥量を求めます。
基肥として緩効性肥料10) を利用した場合には、地温や気温から基肥残存量を求め、4で算出した必要追肥量(仮必要追肥量)から差し引き、必要追肥量を求めます(必要追肥量=仮必要追肥量−基肥残存量)。
2021年に行った本システムの現地実証試験では、目標収量を600 kg/10aとして、全てのほ場の上空NDVIを3筆の地上NDVIで補正して算出した必要追肥量(全ての追肥ほ場の平均値、以下同様)は3.4~3.5 kg N/10aとなり、全てのほ場について地上NDVIのみで算出した必要追肥量(3.3~3.4 kg N/10a)に極めて近い値となりました(表1 )。一方、地上NDVIで補正せずに上空NDVIのみで算出した必要追肥量は6.9~16.7 kg N/10aとなりました。実際に、本システムで算出した必要追肥量を尿素で施用すると、倒伏や玄米タンパクの有意な増加を伴うことなく、目標値に近い実収量592±13 kg/10a(目標収量±5%以内)を得ることができました。なお、基部未熟粒及び背白粒は、両者合わせて5%となりました。また、2022年にも同様の現地実証試験を行ったところ、2021年と同程度の追肥量が算出され、目標値に近い実収量を得ることができました。本システムは、肥料価格の高騰が問題となる中で、追肥時に過剰な肥料の投入を防ぐため、肥料代の削減にも繋がります。
今後の予定・期待
今回開発した水稲生育診断・追肥量算出システムは、大規模生産者や民間企業等が農研機構提供のMicrosoft Excelで作成したプログラムを通じて利用できます。それに加えて、利便性の向上に向けてAPI11) を開発しました。開発したAPIについては、民間企業等が農業データ連携基盤(WAGRI)を介して各社の営農管理システム等で利用できるよう農研機構のサーバーに搭載しました。
また今回、全国で最も広く栽培されている品種「コシヒカリ」及び西日本の主力品種「ヒノヒカリ」について追肥量算出式を作成したため、本システムは全国の作付面積の40%以上に対応することができます。今後、農研機構や公設試験研究機関育成の他の水稲品種について、各組織が追肥量算出式を作成・追加することにより、利便性が向上すると考えられます。また、麦類についても、追肥量算出式を作成しているところです。
このほか、本システムではドローンによる広範囲の上空データを数か所の地上データで補正することにより簡易に精確な生育診断値を得られるため、今後はNDVIによる必要追肥量の算出だけでなく、新たな算出式の作成により、病害虫や雑草の管理のための農薬散布等にも利用できる可能性があります。
用語の解説
正規化植生指数(NDVI)
植物の葉緑素が赤色光を吸収し、近赤外光を反射する性質を利用した、植物の生育状態を表す指数。NDVI=(NIR-Red)/(NIR+Red)。NIRは近赤外光の反射率、Redは赤色光の反射率。値が1に近い程、生育状態が良いことを表します。 [概要へ戻る]
栄養成長期
水稲においては、発芽して(発芽期)から幼穂が茎の中で分化を開始する(幼穂分化期)までの期間。花(生殖器官)以外の葉、茎及び根(栄養器官)が成長する期間。 [開発の社会的背景へ戻る]
登熟期
開花・受粉・受精してから十分に米が稔る(成熟期)までの期間。[開発の社会的背景へ戻る]
出穂期
茎の中で成長した穂が茎の先端から出る時期。ほ場全体の出穂期は、半数が出穂した時期。[研究の経緯へ戻る]
基部未熟粒
登熟期の気温が高いと発生する胚に近い基部が白濁した粒。[研究の経緯へ戻る]
背白粒
登熟期の気温が高いと発生する胚と反対の側面が白濁した粒。[研究の経緯へ戻る]
マルチスペクトルカメラ
人の目で見えない波長を含む複数の光の波長情報を取得できる分光カメラ(通常のデジタルカメラは赤・青・緑の波長のみに対応)。[研究の内容・意義へ戻る]
回帰式
2組のデータから作成される散布図において、中心的な分布傾向を表す直線。回帰式を使うと、2組のデータのうち一方の値からもう一方の値を予測できます。[研究の内容・意義へ戻る]
追肥量算出式
試験ほ場等で得られた収量等を目的変数とし、出穂前の地上NDVI等及び窒素追肥量を説明変数とした重回帰分析(1つの目的変数を複数の説明変数で予測するために、説明変数を使って数式化)を行うことにより作成します。出穂1~4週間前の1週間毎に追肥量算出式を用意しているため、移植期や出穂期が異なるほ場が含まれる場合にも対応できます。[研究の内容・意義へ戻る]
緩効性肥料
散布後、時間をかけて成分が土壌中に溶出する肥料で、溶出速度は地温や気温の影響を受けます。[研究の内容・意義へ戻る]
API(Application Programming Interface)
異なるソフトウェアやプログラム同士を連携するための規格や機能。[今後の予定・期待へ戻る]
発表論文
Nakano, H., Tanaka, R., Guan, S., Ohdan, H., 2023. Predicting rice grain yield using normalized difference vegetation index from UAV and GreenSeeker. Crop and Environment. https://doi.org/10.1016/j.crope.2023.03.001
参考図
図1 収量と窒素追肥量(a)及び玄米外観品質(基部未熟粒+背白粒)割合と窒素追肥量(b)との関係 試験は2018年に福岡県筑後市で実施。品種は「ヒノヒカリ」(以下、全ての試験で「ヒノヒカリ」を使用)。肥料は、移植7日前~移植28日後に6 kg N/10a施用した後、出穂16日前及び出穂9日前に合わせて0、2及び4 kg N/10a施用。a 米の収量は出穂20日前~出穂期頃の窒素追肥量の増加に伴って増加。b 登熟期の気温が高いと発生する基部未熟粒や背白粒は出穂20日前~出穂期頃の窒素追肥量の増加に伴って減少。
図2 上空(ドローン)及び地上で測定した正規化植生指数(NDVI)と測定時刻との関係(a)及びNDVIと天気との関係(b) a 試験は2022年8月2日に福岡県筑後市で実施。● はドローンで上空から測定したNDVI(P4 MULTISECTRAL、DJI)、▲ は地上で測定したNDVI(GreenSeeker、Trimble)。測定対象の植物群落や測定日・時刻は同じで、天気は晴れ。b 試験は2022年8月2日及び3日に福岡県筑後市で実施。■ は晴れ、■ は曇り。測定対象の植物群落や測定時刻は同じで、晴れと曇りの日の差は1日。
図3 複数年の試験におけるドローンで上空から測定した正規化植生指数(NDVI)と収量との関係(a)、地上で測定したNDVIと収量との関係(b)及び補正したNDVIと収量との関係(c-e) 試験は2020年及び2021年の2年間に福岡県筑後市で実施。NDVIは出穂3週間前にドローン(Phantom 4 Pro、DJIにParrot Sequoia、Parrot Groupを搭載)及びGreenSeekerで測定。追肥量は4 kg N/10a。相関係数(r)は、***が0.1%水準で有意、*が5%水準で有意。a 上空NDVIと収量との関係。b 地上NDVIと収量との関係。c 各年毎に上空NDVIを生育が良い領域及び悪い領域の地上2点のNDVIで補正したNDVIと収量との関係。d 各年毎に上空NDVIを生育が良い領域、悪い領域及びその中間の領域の地上3点のNDVIで補正したNDVIと収量との関係。e 各年毎に上空NDVIを生育が中程度で差が小さい3領域の地上3点のNDVIで補正したNDVIと収量との関係。生育の差が大きい地上2点のNDVIで補正したNDVI(c)は上空NDVI(補正なし)(a)に比べて収量との相関が高く、さらに生育の差が大きい地上3点のNDVIで補正したNDVI(d)は地上NDVI(b)と同様に収量との相関が極めて高い。
図4 生育診断・追肥量算出システムの作業手順 収量を目標とする場合、まず、水稲の出穂1~4週間前に、マルチスペクトルカメラ搭載のドローンで生育診断したい全てのほ場の画像を撮影し、画像解析ソフトで正規化植生指数(NDVI)(上空NDVI)を取得。同じ時期に、地上において生育が良いほ場(図のNo.2)、悪いほ場(図のNo.9)、その中間のほ場(図のNo.1)等、数か所の地上NDVIを測定。次に、上空NDVIと地上NDVIとの相関関係から回帰式を求め、全てのほ場の上空NDVIを地上NDVIで補正。さらに、あらかじめ生育ステージ毎に作成しておいた追肥量算出式に目標収量及び補正したNDVIを代入し、必要追肥量を算出。
図5 上空(ドローン)で測定した正規化植生指数(NDVI)の地上で測定したNDVIによる補正方法
表1 現地実証試験において取得した正規化植生指数(NDVI)を目標収量600 kg/10aとした追肥量算出式に代入して得た必要追肥量(全ての追肥ほ場の平均値)
試験は2021年に佐賀県鳥栖市のほ場8筆(うち4筆は生育診断結果に基づいて追肥し、残りの4筆は追肥なし)で「ヒノヒカリ」を用いて実施。「上空NDVIを地上NDVIで補正」は全てのほ場の上空NDVI(Phantom 4 Pro、DJIにParrot Sequoia、Parrot Groupを搭載)を3筆の地上NDVI(GreenSeeker、Trimble)で補正して算出した必要追肥量。「地上NDVI」は全てのほ場について地上NDVIのみで算出した必要追肥量。「上空NDVI(補正なし)」は上空NDVIのみで算出した必要追肥量。算出式1は2019年のデータから作成した追肥量算出式、算出式2は2019年及び2020年のデータから作成した追肥量算出式。