プレスリリース
(研究成果) コメ中無機ヒ素の簡易・安価な定量法をアップデート

- 標準作業手順書を公開 -

情報公開日:2024年2月20日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、コメ(精米および玄米)中の無機ヒ素1)を従来の機器分析に比べて簡易、安価に定量するための標準作業手順書2)を本日ウェブサイトに公開しました。コメの生産、加工、輸出に関わる事業者による自主検査に利用できる他、農業試験研究機関等によるコメ中無機ヒ素を低減する栽培技術や品種、資材の効果の検証に利用できます。

概要

図1.標準作業手順書表紙

農研機構では、2019年にコメ中無機ヒ素の簡易分析法を開発し技術マニュアルとして公開しましたが、このたびこのマニュアルを一部改良し、より詳細に手順を示した「コメ中無機ヒ素の簡易分析標準作業手順書」(図1)を公開しました。(https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/161923.html)

現在、コメ中無機ヒ素の分析には、高価で高度な測定機器と熟練した分析技術者を要しますが、本標準作業手順書に沿って作業を進めれば、従来法より簡易、安価に分析が可能です。1検体あたりの分析費用は100円程度であり、機器分析を自身で実施する場合の1/5以下、民間の分析会社へ依頼する場合の1/100以下となります。実態把握等では本手順書を使い、国際基準値や輸出先国の基準値に近い値が出た場合は国際的に認められた機器分析法や輸出先国が定める分析法で確認することで、経済的、低労力的、効率的にコメ中無機ヒ素の分析ができます。

本手順書の主な手順は、コメ(精米および玄米)粉末から無機ヒ素を抽出し、抽出液中の無機ヒ素をガス状の無機ヒ素とします。円形ろ紙に塗布しておいた硝酸銀とガス状の無機ヒ素が反応すると、無機ヒ素の量に応じて無色から黄褐色に変化します。その色をスキャナーで読み取り、色見本から作成した検量線を用いて無機ヒ素濃度を定量します。

本標準作業手順書は、生産、加工、輸出業者による自主検査や農業試験研究機関等によるコメ中ヒ素の低減対策効果の検証、実態把握等での活用が期待されます。

関連情報

予算:運営費交付金、農林水産省委託プロジェクト研究「食品の安全性と動物衛生の向上のためのプロジェクト(水稲におけるヒ素のリスクを低減する栽培管理技術の開発)」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センター センター長山崎 俊正
研究担当者 :
同 環境化学物質分析ユニット 上級研究員馬場 浩司
広報担当者 :
同 研究推進室 渉外チーム 主査杉山 憲明

詳細情報

開発の社会的背景

無機ヒ素は自然環境中に広く存在し、その毒性に関しても知られています。コメ(精米および玄米)に含まれる無機ヒ素に関しては、その含量について国際機関や諸外国が基準値を設定しています。

コメ中無機ヒ素の一般的な分析法では、液体クロマトグラフを組み合わせた誘導結合プラズマ質量分析装置、もしくは水素化物発生装置と組み合わせた誘導結合プラズマ発光分光分析装置や原子吸光分析装置など高価な機器が必要であり、分析にも十分な知識・技能・経験を有する必要があるため、実施できる機関も限られています。このため、簡易かつ安価に分析できる方法が求められています。

開発の経緯

2017年度で終了した農林水産省委託プロジェクト研究「食品の安全性と動物衛生の向上のためのプロジェクト」の成果の一部を利用し、農研機構においてコメ中無機ヒ素の簡易分析法の開発を行い、技術マニュアルとして2019年に公開しました。その後、ワークショップの開催や、技術講習生等に実際に分析する機会を設けるなど普及を進めると同時に、利用者からの要望を反映させ、精度の向上や分析時間の短縮等の改善を行い、この度、より分かりやすい詳細な標準作業手順書を作成しました。

本手順書のポイント

図2.手順の概要
図3.分析費用と作業時間

本手順書(図2)は大きく3つの手順、①抽出、②検出、③定量から構成されます。
本手順書の分析精度は、「食品中の金属に関する試験法の妥当性確認ガイドライン」(食安発第0926001号)で要求される精確さの目標値を満たしています。現時点では、コメ中無機ヒ素は国内基準が無く、国内の公定法も存在していませんが、一定の規準を満たすため上記のガイドラインを参考としました。機器分析に比べて分析費用は1/5、分析時間は半分以下となります(図3)。

各手順のポイントは、

  • ① 抽出
    粉末状にしたコメから無機ヒ素を加熱抽出する際に、過酸化水素水溶液を使うことで無機ヒ素検出を妨害する硫化物イオンを酸化することにより、その影響を抑制します。
  • ② 検出
    試験管内で抽出液中の無機ヒ素を塩酸酸性下で亜鉛により還元し、発生したガス状の無機ヒ素を試験紙に塗布した試薬と反応させると、無機ヒ素の濃度に応じて試験紙が無色から黄褐色に変化します。この際、還元助剤3)を加える工夫により、効率よくガス状無機ヒ素を生成できます。また、試験紙に塗布する試薬には、水銀化合物に対して代替品の使用が求められていることから、利用事例の多い臭化水銀に代えて硝酸銀を使用しています。
  • ③ 定量
    数千万円以上する測定機器を使わずに、フラットベッドスキャナー(家庭用の安価な機種で対応可)で試験紙の色の濃さを読み取り、本手順書に付随する色見本から作成した検量線によりコメ中無機ヒ素濃度を求めます。このため、従来法で検量線作成の基準となる標準物質として使われている毒性の高い無機ヒ素試薬を使用しません。

※色見本入手希望の方は、以下までメールにてご連絡ください。
基盤技術研究本部・研究推進室・渉外チーム:

想定される利用場面

  • ① 農林水産省や農研機構のウェブサイトにおいて、「コメ中ヒ素の低減対策の確立に向けた手引き(https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_as/As_tebiki.pdf)、や「コメのヒ素低減のための栽培管理技術導入マニュアル~コメの収量・品質への影響を抑えつつ、ヒ素を低減するために~ (第2版)」(https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/130313.html)が公開されており、栽培に際しての水管理や資材によるコメ中無機ヒ素の低減対策が紹介されています。これらの対策を現場で実証していくにあたり、効果の把握を本手順書において行うことができます。また、当該手引きに無い現場独自の工夫の検証や実態把握にも利用できます。
  • ② 輸出重点品目のコメの輸出に際して、早い段階で自主検査により無機ヒ素レベルを把握しておくことで、発生し得る経済的損失を予防することができます。

用語の解説

無機ヒ素
ヒ素は様々な化学形態をとりますが、一般的に健康への悪影響が大きいとされるものは炭素を含まない「無機ヒ素」(炭素を含むものは「有機ヒ素」と呼ばれます)です。無機ヒ素が長期間にわたって、継続的かつ大量に体の中に入った場合には、皮膚組織の変化やがんの発生などの悪影響があると報告されています。[ポイントへ戻る]
標準作業手順書
技術の必要性、導入条件、具体的な導入手順、導入例、効果等を記載した手順書。農研機構は重要な技術について標準作業手順書を作成し、社会実装(普及)を進める指針としています。[ポイントへ戻る]
還元助剤
還元とは酸化の反対で、対象化学物質に電子を供与することであり、還元助剤はその作用を高めるものです。[開発の経緯へ戻る]

参考資料

コメ中の無機ヒ素の簡易分析法(農研機構 普及成果情報 食品・健康 2018年)
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2018/18_048.html