プレスリリース
微生物の「休眠遺伝子」を目覚めさせ、新たな抗生物質を発見

- 世界初、新薬発見に向けた革新的技術 -

情報公開日:2009年4月24日 (金曜日)

ポイント

・微生物とりわけ放線菌には「休眠遺伝子」(潜在遺伝子とも言う)が多数存在することを明らかにし、これらを「活性化」する技術を世界で初めて開発した。
・「休眠遺伝子」を活性化させた放線菌から、実際に新たな抗生物質を単離した。
・本技術は、新薬開発に向けた革新的技術となりうる。

概要

概要
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構【理事長 堀江 武】(以下「農研機構」という)とアステラス製薬株式会社【社長 野木森 雅郁】は、微生物の休眠している遺伝子を目覚めさせて新たな抗生物質を発見するための技術開発に世界で初めて成功しました。この成果は、国際的な有力科学誌Nature Biotechnologyの、特にトピック性が高い記事が取り上げられる「Brief Communication」のセクションに掲載されます。

多剤耐性菌や結核菌が脅威を増している現在、新薬の発見は企業にとっても国民にとっても急を要する重要関心事となっていますが、微生物からの新たな抗生物質の発見は、ここ10年来困難さを増しています。これは、過去50年にわたる抗生物質探索のたゆまぬ努力が、その限界に近づいていることを示しています。我々の研究成果は、この窮状を打破する有力な方法として評価されました。

最近のゲノムプロジェクトの成果から、微生物、とりわけ放線菌には、“眠った状態”の遺伝子、すなわち「休眠遺伝子」が予想をはるかに越えて多数存在することが判ってきました。抗生物質を作る遺伝子では、実に8割が休眠遺伝子です。つまり、大半の遺伝子が未利用のまま、「宝の山」として残されているのです。
これら休眠遺伝子を活性化できれば、次々と新たな抗生物質を発見する事が可能になるであろうと考えた我々は、リボゾームまたはRNAポリメラーゼに変異を導入するという、ごく簡便で実用性の高い技法で休眠遺伝子を活性化させることに、世界で初めて成功しました。しかも、得られた抗生物質はこれまでとは異なった特異な構造をした新規の物質であることを確認し(ピペリダマイシンと命名)、実際にこの技術が新規物質の探索に使えることを実証しました。

我々の技法は、微生物からの新薬発見に大きく道を拓くもので、この技術の汎用性を考えれば、医学面のみならず、農業・工業における微生物利用に大きな弾みをつけるもので、学問上のインパクトのみならず、社会的インパクトも極めて大きい成果であるといえます。

 

予算:文部科学省科学技術振興調整費「開放的融合研究プロジェクト」(25億円/5年)
文部科学省科学技術振興調整費「産学官プロジェクト」(3億円/3年)


詳細情報

背景と経緯

生物には、通常の生育条件では発現していない遺伝子、「休眠遺伝子」があることは以前から知られており、微生物、特に“放線菌”にはことのほか多くの休眠遺伝子があることが最近判ってきている。放線菌は抗生物質を作る微生物として昔から著名であり、放線菌の休眠遺伝子の活性化は新たな抗生物質の発見に直結している。多剤耐性菌や結核菌の脅威が増す中、このような休眠遺伝子を活性化する技術は、新薬創出に大きく貢献すると考えられる。とりわけ、放線菌の抗生物質を作る遺伝子は、その大半(約80%)が休眠状態にあるため、この「宝の山」を開発できれば、第二の抗生物質黄金時代も夢ではない。

我々は、文部科学省の二つの大型プロジェクト(25億円/5年と3億円/3年)を通して、これら休眠遺伝子の活性化におけるその発現原理の解明(基礎研究)と、それを利用した活性化技術の開発(実用化研究)に成功した。

内容・意義

  • 土壌から分離した放線菌1068株のうち、353株は抗生物質を生産しない菌であった。これら非生産株にリファンピシン耐性またはストレプトマイシン耐性を持たせると、66株が抗生物質の生産力を獲得した(つまり休眠遺伝子が目覚めた)。目覚める頻度は約20%(66/353)で、極めて高い効率と言える。図4b,cには、目覚めた結果、生産された抗生物質の量比を、また図4dには構造を示した。
  • リファンピシン耐性株では、転写酵素RNAポリメラーゼに、また、ストレプトマイシン耐性株では、リボゾーム蛋白質S12に変異を生じている。
  • 休眠遺伝子が目覚めたメカニズムは以下の通りである。
    • RNAポリメラーゼの変異によって特定遺伝子のプロモーター(発現調節領域)への親和力が増大し、結果として抗生物質を作る遺伝子が活性化された(図5a,b)。
    • リボゾーム蛋白質S12の変異によって、細胞の増殖が停止した後にも高い蛋白質合成を行えるようになり、結果として抗生物質を作る遺伝子が活性化された(図5c,d)。
    すなわち、RNAポリメラーゼの改変とリボゾーム蛋白質S12の改変は全く異なったメカニズムで休眠遺伝子を活性化している。
  • 我々は上記の技術をリボゾームを改変して細胞機能を変えるという意味を込めて「リボゾーム工学」と呼んでおり、これまでの微生物利用技術になかった全く新しい切り口と言える。
  • この技術は、新物質探索のみならず新しい微生物の育種にも活用できるものであり、薬剤耐性を逐次的に付与することにより、抗生物質生産力、酵素生産力を著しく高めることにも既に成功している(育種への利用に関しては、既に多くの論文を発表済み)。

本技術の最大の利点は、遺伝子工学手法によらず、特定の薬剤耐性を選択するという従来の育種手法を用いたシンプルな技術のため、産業界への普及、また創出された有用微生物の実用化が容易である点であり、この点が、Nature Biotechnology誌の編集者が「プラグマティックである」と評した所以であろう。

 

今後の予定・期待

人間も含め、生物には隠された能力(潜在能力)が存在する。この潜在能力は、普段発現していない遺伝子(潜在遺伝子または休眠遺伝子という)が活性化して発現することにより現れてくる。植物、微生物の場合であれば、ほどよいストレス(水欠乏、栄養源欠乏など)によって潜在能力が現れてくることは経験的によく知られている。
今回の我々の成果は、微生物を対象として、いかなる技法を用いればその潜在能力を人為的に発揮できるかを示したものである。結論として、遺伝子発現に関わる最も重要な転写酵素であるRNAポリメラーゼ、または蛋白質合成器官であるリボゾームを“改変”すればこの目的を達成できること、およびその改変の技法を示したことになる。ここで重要なのは、改変の技法として、「薬剤耐性変異株の取得」という非常に単純で容易な手法を用いている点にある。それ故、数千の菌株に対してこの技法を適用することも比較的容易であり、ここに本技術の「実用的技術」としての利便性、汎用性、重要性がある。

 

用語の解説

放線菌
土壌に多く生息し、抗生物質を作る菌として知られる。

リボゾーム
蛋白質合成器官で、全ての生物が有する。

RNAポリメラーゼ
遺伝子発現のための転写酵素で、DNAを鋳型にしてRNAを作る。

リボゾーム工学
リボゾームを改造して微生物の潜在能力を活性化する技術。
変異
自然界では約10-8 の頻度で起きる。

 

添付図の説明

  • 「産学官プロジェクト」提案書(図1、2)。
    藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬株式会社)との共同プロジェクト
    (平成16~18年度)
  • 休眠遺伝子を目覚めさせる技術「リボゾーム工学」の概略(図3)。
    リボゾーム自体を改造、または転写酵素、RNAポリメラーゼを改造
  • 土壌分離放線菌ストレプトマイセス631689の休眠遺伝子の活性化(図4)。
    RNAポリメラーゼに変異をいれることにより遺伝子を目覚めさせ、新抗生物質(ピペリダマイシン)を取得。構造的にもオルニチンが4分子連結した珍しい骨格を有している。病原菌に対する生育抑止力も高い。
  • なぜ休眠遺伝子は目覚めたか?(図5)。
    そのメカニズムは以下のとおりである。
    1.変異型RNAポリメラーゼのDNA親和力の増大
    2.変異型リボゾームによる蛋白質合成活性の著しい増大