プレスリリース
タンパク質再生技術の開発に成功

- ポストゲノム研究、医薬品産業への波及効果に期待 -

情報公開日:2001年10月23日 (火曜日)

背景・ねらい

急速に進展している遺伝子組換え技術を活用することにより、ヒトや植物由来のタンパク質を微生物(主に大腸菌)を使って大量かつ安価に製造することが可能となっています。しかし、微生物に作らせたヒトや植物由来のタンパク質は、しばしば不活性型(間違った高次構造のため本来の働きを失っている)の凝集物になるという問題がありました。このような不活性型凝集タンパク質の間違った構造を解きほぐし、正しい立体構造に巻き戻す(リフォールドする)ことにより、活性型タンパク質へ変換するための技術開発は数多く行われて来ました。しかしながら、いずれの方法も、(1)あるタンパク質には有効だが必ずしも他のタンパク質には有効ではなく汎用性が低い、(2)複雑な操作を必要とするため、多数のサンプルの並行処理には適さない、(3)一連の操作に長時間(数日)を要する、(4)活性型に変換される程度が低い、等の問題を抱えていました。

成果の内容・特徴

独立行政法人食品総合研究所、江崎グリコ株式会社(本社:大阪市、社長:江崎勝久)、生物系特定産業技術研究推進機構は、不活性型タンパク質を活性型へと変換する、新規リフォールド技術の開発に成功いたしました。この技術は、生物の細胞の中でタンパク質が正しい立体構造を形成する過程を、試験管内で人工的に再現させることを特徴としています。生体内では、多くの細胞内因子の助けにより、タンパク質の正しい立体構造が形成されていきます(図1)。そこで、これらの機能を試験管内で代行可能な物質を種々検討しました。その結果、適当な界面活性剤と高重合度シクロアミロース(以下CAと省略、図2)の組み合わせが効果的に機能し、不活性型タンパク質を効率的に活性型タンパク質に変換することがわかりました。

今回の新技術は従来技術と比較して

  • 操作が簡便
    不活性型凝集タンパク質に対し、3種の試薬を順次添加するだけという簡便な操作であり、特殊な装置、作業を要求しません(自動化、スケールアップへの対応が容易)。
  • 汎用性が高く、変換効率も高い
    現時点までに試験に供した各種タンパク質は、全てが活性型に変換され、変換効率も非常に高いものでした。特に従来技術では困難とされている、S-S結合を有するタンパク質に対しても、本技術は効果的に利用できます(図3)。
  • 操作に要する時間が短い
    従来法の多くは、数日程度の時間を要しましたが、本技術では半日で操作が終了します。

などの優れた特徴を有しております。本技術は、医薬品、抗体、酵素などの有用タンパク質の製造への利用に加え、ポストゲノム研究における多数のタンパク質の発現などの基礎研究にも利用が期待できるなど、バイオ産業全体への幅広い波及効果を有する基盤技術であると考えております。

新技術の詳細

今回の技術により不活性型タンパク質を活性型に変換する具体的な操作と、実際に試験管の中で生じている反応は以下のように考えられます(図1)。

  • 不活性型凝集タンパク質を変性剤により溶解します。
    不活性型凝集タンパク質に6M塩酸グアニジン溶液を加え室温で放置します。この段階で、タンパク質分子は大きく広がったランダムな状態となります。
  • 界面活性剤溶液を加えます。
    この段階で変性剤が稀釈されます。変性剤の濃度が低下すると、タンパク質分子は大きく広がったランダムな状態をとれずに再び凝集しようとします。しかし、界面活性剤がタンパク質と結合することにより、タンパク質が再び凝集して不活性型になるのを阻止します。
  • CA溶液を加えます。
    CAが、タンパク質に結合している界面活性剤を徐々に取り去ります。界面活性剤が取り去られる過程で、タンパク質分子は自発的に活性型になり、数時間待つだけで活性型のタンパク質が得られます(図4)。
    従来技術として、尿素で変性後透析により4日ほどかけて活性型に変換する手法がありましたが、時間と手間が掛かる上、効率も低いものでした。

今後の展開

本技術を多くの研究者に評価、利用していただくため、遺伝子工学用試薬において国内最大手である宝酒造株式会社より、本年11月より、研究用試薬(リフォールディングCAキット)として販売いただくことになりました。大規模での実施や商用利用を希望されますユーザーには、江崎グリコ(株)から、CAを販売していく考えです。


詳細情報

図1 本技術による活性型への変換過程と生体内における酵素の構造形成との比較

図2 重合度26のCAの結晶
図2 重合度26のCAの結晶
CAは、 17~数百個のグルコースが環状につながった新規環状等質です。
これまで環状オリゴ糖として知られているシクロデキストリン(グルコースが6~8個よりなる環状糖質)とは異なる環状構造を有しているのが特徴です。
CAはへリックス構造内側に中空部分を有しており、ここに種々の物質を取り込むことが可能です。今回の技術は、この物質を取り込む能力を、効果的に利用したものです。江崎グリコ(株)はCAの物質及び製造方法特許を日本、米国、欧州で保有しています。

図3 S-S結合を切断したリゾチームの活性回復リゾチームの活性には分子内S-S結合が必須です。
図3 S-S結合を切断したリゾチームの活性回復リゾチームの活性には分子内S-S結合が必須です。
S-S結合を切断するような条件で変性したリゾチームを界面活性剤処理した後、異なった濃度のCAを添加しました。

図4 CAによるクエン酸合成酵素の活性回復の経時変化界面活性剤と反応した後、最終濃度で0.6%のCAを添加し、一定時間毎に活性の回復を測定しました。
図4 CAによるクエン酸合成酵素の活性回復の経時変化界面活性剤と反応した後、最終濃度で0.6%のCAを添加し、一定時間毎に活性の回復を測定しました。
●:重合度40以上のCA;▲:重合度22-45のCA
○:重合度7のCA;■:CAの添加無し