背景
平成22 年12 月に閣議決定された「バイオマス活用推進基本計画」には、2020 年を目標年とした、炭素量換算で約2,600 万トンのバイオマス利用、新たな5,000億円の市場創出等の目標が記載されています。この目標を達成するためには、農山漁村で豊富に得られる草本からバイオ燃料等を製造する技術の開発が不可欠となります。
農林水産省では、国内に賦存するバイオマスを活用し、農山漁村地域におけるエネルギーの地産地消を推進する観点から、草本を利用したバイオエタノールの低コスト・安定供給技術を開発することとし、平成24年度から、委託プロジェクト研究「地域資源を活用した再生可能エネルギーの生産・利用のためのプロジェクト」(草本を利用したバイオエタノールの低コスト・安定供給技術の開発)を推進しています。農研機構では、この中で、稲わらの収集・貯蔵技術の開発、資源作物の作出等の研究テーマに加えて、年産1.5万キロリットル規模での国産バイオエタノール製造に向けたCaCCOプロセスの改良・技術評価を行っています。
研究の内容・意義
1.CaCCOプロセスとは
CaCCOプロセスは、小規模バイオエタノール製造のための国産技術として農研機構で研究開発を進めてきたものです。本プロセスは、地域の多様な原料を使って糖液を製造できるよう、以下に示すような簡素な技術となっています。
本技術では、原料に水酸化カルシウム(Ca(OH)2)を添加して前処理を行い、原料中の細胞壁構造を変えて酵素分解性を向上させた後、二酸化炭素を導入して酵素が働けるpH範囲内にまで中和し、同じ容器内で酵素による前処理物の糖化を行います(図1)。
今回、原料の前処理時に、新たに湿式粉砕技術を導入し、これまで利用が難しかった濡れた稲わらなど、高い水分量の原料も扱えるようになりました。
また、水酸化カルシウムは、農業資材、食品添加物などとして使われるアルカリです。中和に必要な二酸化炭素は、エタノール製造工程内の発酵槽やボイラーなどから賄うことが可能で、中和用の酸を別に用意する必要がありません。さらに、中和後は、カルシウムを炭酸カルシウムとして沈澱させることで、酵素糖化後の糖液から簡単に分離回収できます。
図1 CaCCOプロセスによる糖液製造とエタノール製造の概要
今回、世界初の二酸化炭素加圧糖化リアクター(100 リットル容量)を導入し、二酸化炭素加圧下でpHを制御しながら、強力な攪拌羽根を用いて、固形分濃度28%(w/w) 6)の前処理物に対して酵素糖化試験を行うことで、雑菌の繁殖を抑えつつ15%(w/v)を超える高濃度の糖液を得ることができました(図2)。
図2 二酸化炭素加圧糖化リアクター
2.CaCCOプロセスのメリット
今回、CaCCOプロセスにより、稲わら原料から16.9%(w/v)、エリアンサス原料から15.5%(w/v)の高濃度の糖液を得ることができました。糖液の濃度が高ければ、発酵時の糖濃度を高く設定でき、発酵槽の小型化に繋がります。また、バイオエタノールを発酵製造する際には、エタノール濃度を高くでき、蒸留にかかるコストやエネルギーを削減できます。さらに、糖液濃度が高いため、廃液の量が減り、廃液処理費用が節減できるものと考えられます。湿式粉砕技術の導入によって、乾燥後の稲わらのみならず、収穫直後の資源作物や食品製造残渣など、濡れた原料にまで受け入れ範囲が広がり、地域特性に応じた多様な原料を使うことができます。
なお、従来の方法では、例えば濃硫酸法で75%硫酸・90°Cの処理、希硫酸加水分解法では1~1.5%硫酸で170~220°C処理、希硫酸前処理・酵素糖化法では1%硫酸で190~220°C処理など、苛酷な条件が設定されているものが多く報告されています。それに対して、CaCCOプロセスでは、水酸化カルシウム前処理の温度を95~100°Cに設定して前処理を行っています。
今後の予定・期待
CaCCOプロセスの有効性が確認されたことにより、小規模バイオエタノール製造技術の開発が加速します。さらに、この技術により製造された糖液は、バイオエタノールのみならず、多様な発酵産物の製造に使用できますので、地域活性化のための重要な資源となる可能性があります。
我が国では、地域特性を生かした酒類、味噌、醤油、漬物などを製品とした、地域伝統型の発酵産業が成立しており、国内バイオ産業が醸成される基盤も整っています。それに対して、今回の繊維質由来の糖液製造技術については、我が国の発酵産業基盤を生かしつつ、生分解性ポリマーなどのマテリアル製造用途に供するための新たな発酵産業へ展開することが考えられます。農研機構では、地域研究機関、大学、企業等との連携・共同研究によって、本プロセスを用いた新たなバイオマス利用技術の開発を進めていく予定です。
小規模製造を念頭に置いたバイオエタノール製造技術開発は、世界的に見ても極めてユニークな挑戦です。スケールメリットが発揮されにくい小規模製造技術を完成させるためには、多様な原料の使用、大胆な工程簡素化や革新技術の導入などが必要となります。このような技術が完成すれば、地域における環境負荷低減や新産業創出に繋がるブレイクスルーとなり、世界をリードする技術になることが期待されます。
発表論文
池正和ら, High Solid-Loading Pretreatment/Saccharification Tests with CaCCO (Calcium Capturing by Carbonation) Process for Rice Straw and Domestic Energy Crop, Erianthus arundinaceus, Journal of Applied Glycoscience (https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jag/advpub/0/_contentsに掲載)
(参考情報)
農研機構食品総合研究所ホームページ内(CaCCOの未来)
http://www.naro.affrc.go.jp/nfri/introduction/files/cacco20130920.pdf(日本語)
http://www.naro.affrc.go.jp/english/nfri/files/cacco20130920e.pdf(英語)
用語の解説
1)エリアンサス
永年生イネ科植物であり、高乾物収量が得られる潜在能力が高いセルロース系資源作物として注目されている。
2)%(w/v)
溶液の体積(ミリリットル)に対して溶質の重量(グラム)が占める割合(パーセント)。
3)バイオエタノール
ショ糖、澱粉や植物茎葉由来の細胞壁多糖などを主成分とするバイオマスから製造される、燃料用エタノール。ガソリン代替燃料として用いる際に、発熱量あたりの温室効果ガスの発生量がガソリンよりも低いことから、地球温暖化の抑制に貢献する燃料として注目されている。
4)バイオマス前処理・糖化
草の茎葉は主に繊維質から成っており、その主成分である二種類の多糖:セルロースやキシランを水溶性の単糖やオリゴ糖に加水分解する工程を糖化と呼ぶ。しかしながら、これらの多糖は、リグニンなどに覆われた強固な細胞壁構造をとっており、酵素を用いて糖化をする場合には、予め酸、アルカリや高温水などの化学処理、ボールミル粉砕などの物理処理、担子菌処理などによる生物学的処理などの“前処理”が必要とされる(CaCCOプロセスでは、アルカリである水酸化カルシウムで前処理を行う。)。
5)湿式粉砕技術
水分を多く含む原料を粉砕するための技術。原料の流動性及び表面積などが向上する。湿式粉砕の方式には、石臼や金属ディスクなどが回転する隙間に試料を導入して磨り潰す方式や、スクリュー内に原料を導入して磨り潰しながら排出口に送る方式などが知られている。
6)%(w/w)
固形分を含む懸濁液の重量(グラム)に対して固形分の重量(グラム)が占める割合(パーセント)。