プレスリリース (研究成果) 青果物のおいしさを非破壊的に計測
- 人が感じる食味・食感を直接AI学習させた光センサーを開発 -
ポイント
人が食べて感じる「食味」や「食感」を、AI技術1) で光センサーに学習させることによって、トマトの「おいしさ」を計測することに成功しました。今回発表する試作機は、果実を光センサーの上に置くだけで、「甘味」「うまみ」「ジューシー感」「かたさ」などのおいしさの特徴を、糖度やリコピン含有量などと一緒に瞬時に表示します。農産物の「おいしさ」や成分含有量を可視化するツールによって、消費者の細かなニーズに合わせた流通サービスの提供など、おいしさデータを活用した新たな「食のビジネスモデル創出」が期待できます。
概要
食の生産・流通・消費を最適化するスマートフードチェーンの構築には、食品が持つ様々な品質をデータ化する技術が必要とされています。なかでも「おいしさ」は消費者が最も重視する品質の一つですが、これまでは実際に人が食べて評価を行う官能評価2) によって「おいしさ」が調べられていました。しかし、官能評価では一度に大量の試料を調べることが難しく、評価者によって結果にバラつきが生じるなどの問題がありました。一方、糖度については、果実を切らずに(非破壊的に)測定できる光センサー3) (近赤外糖度計)が開発され、選果場などで広く普及しています。農研機構ではこの光センサー技術を応用して、実際に食品を食べなくても「おいしさ」を推定できる技術を開発しました。
具体的には、訓練された官能評価パネリストが採点した「食味」や「食感」を、光センサーに直接AI学習させることによって「おいしさ」の計測を実現し、市販機(フルーツセレクター、株式会社クボタ製)をベースにした試作機を開発しました。トマトの果実に光を照射することで、甘味、うまみ、ジューシー感、かたさなどの官能評価結果を推定します。さらに、果実の糖度、酸度などととともに、農研機構が開発した技術で機能性成分のリコピンを同時に測定して瞬時にチャート表示します。
今回の研究成果で、食品のおいしさを簡便かつ客観的に評価できる可能性を示し、誰でも簡単においしさを測ることができる試作機を完成させました。今後はまず、実際に「おいしさ」という評価軸が食品の商品価値にどのような影響を及ぼすのか、本装置を用いて効果を検証する予定です。
(関連動画) 青果物のおいしさセンサーによる測定
https://youtu.be/wbVCkxKOyOg
関連情報
予算:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構食品研究部門所長亀山 眞由美
研究担当 者 :
農研機構食品研究部門 食品流通・安全研究領域分析評価グループ長池羽田( いけはた ) 晶文
広報担当 者 :
農研機構食品研究部門 研究推進室渉外チーム長萩はぎ 原わら 昌司
詳細情報
開発の社会的背景
日本の青果物は高い品質を誇りながらも、それをデータ化する取り組みは思うように進んでいません。現状、流通している商材のデータは品種や産地などのメタデータが中心であり、消費側で重要視されるおいしさや鮮度などの品質情報、およびそれらに基づく生産側へのフィードバック情報が相互流通しておらず、情報の隔絶が発生しています。しかし光センサー(近赤外糖度計)で計測された果実糖度は、消費者に届く品質情報として20年以上親しまれています。近年、このセンサーの元データである近赤外スペクトル4) に含まれる情報を、多様な品質計測に利用しようとするアイデアが提唱されるようになりました。
研究の経緯
2013~2017年に農水省の委託プロジェクト「国産農産物の多様な品質の非破壊評価技術の開発」において、光センサーによる人が感じるおいしさの評価の可能性開拓と、その背景にある代謝物の解析を実施しました。2018年からはNEDOプロジェクト「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」事業において開発を継続し、青果物の品質を客観的に数値化することでAI価格交渉や受発注支援に役立てる研究を進めています。
研究の内容・意義
今後の予定・期待
今回の研究成果で、食品のおいしさを簡便かつ客観的に評価できる可能性を示し、誰でも簡単においしさを測ることができる試作機を完成させました。今後はまず、実際に「おいしさ」という評価軸が食品の商品価値にどのような影響を及ぼすのか、同NEDOプロジェクトにおいて構築する価格交渉システムなどに本装置を組み込み、効果を検証する実証試験を予定しています。このような実証試験の積み重ねにより、これまで空白だった「食の目利き」領域のデータビジネス化を目指します。生産~消費のフードチェーンにおいて食味・食感の尺度を共通化し、電子商取引への活用はもちろん、調査ツールとして利用すれば消費者体験を数値化でき、将来的には海外向けやハイエンドな顧客など、消費者層別に品種や産地を自動選定することも可能になると考えられます。
用語の解説
AI(人工知能)技術
機械学習や統計解析のアルゴリズム。ここでは主に多変量解析と呼ばれる手法を用いました。[ポイントへ戻る]
官能評価
人の五感によって物の特性を測定する方法で、ここでは訓練された複数名の評価者(パネリスト)が表1 の項目について採点しました。[概要へ戻る]
光センサー
目に見えない近赤外光(波長700-2500 nm)を用い、非破壊的に果実内部の成分を測る装置です。[概要へ戻る]
スペクトル
対象の反射光や透過光の光強度の波長分布のことで、含まれる成分の種類や量によって変化します。[開発の社会的背景へ戻る]
参考資料
Xinyue Li, Mizuki Tsuta, Fumiyo Hayakawa, Yuko Nakano, Yukari Kazami, Akifumi Ikehata (2021). Estimating the sensory qualities of tomatoes using visible and near-infrared spectroscopy and interpretation based on gas chromatography-mass spectrometry metabolomics. Food Chemistry, 343(2021), 128470.
https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2020.128470
参考図
図1 官能評価値(横軸)と光センサーで推定した値(縦軸)の相関 左 ; うま味、右 ; ジューシー感
表1 トマトの官能評価項目の光センサーによる推定精度
赤太字で表示した評価項目で、官能評価の値と光センサーの値に高い相関が認められました。
図2 試作した青果物のおいしさセンサーの外観
図3 測定結果の表示画面例。表示項目は10項目まで搭載可能です。