プレスリリース
(研究成果) 農研機構乳酸菌データベースを公開
- 利用者と乳酸菌のマッチングを加速して発酵産業を支援 -
ポイント
農研機構は保有する約6000株の乳酸菌1)コレクションを整理し、Web上で詳細情報を検索・閲覧可能な乳酸菌データベースとして公開しました。このデータベースには乳酸菌のさまざまな特性情報が格納されており、用途・目的に合致した乳酸菌を探す上で非常に有用な情報源となります。本データベースは、有望乳酸菌の迅速かつ低コストな選抜を可能にし、国内の発酵産業を広く支援するプラットフォームとして成長することが期待されます。
概要
乳酸菌は、ヨーグルトやチーズといった発酵乳製品をはじめ、漬物、日本酒、味噌、醤油、ドライソーセージなど、幅広い発酵食品の製造に利用されています。近年、乳酸菌などの発酵微生物と腸内環境を介した健康維持に注目が集まり、海外では日本食ブームによる日本産発酵食品の需要が増加しており、国内でも地域ごとに異なる伝統・特徴を生かした発酵食品の価値が再評価されています。また、サイレージ用乳酸菌・微生物資材の開発、腸内細菌研究等、発酵食品製造以外の分野においても乳酸菌への関心が高まっています。しかしながら、使用する乳酸菌の選抜には多大な時間やコストに加え、経験が必要であり、乳酸菌利用産業の発展に向けたボトルネックとなっています。
農研機構は乳酸菌株の収集・保管事業を長期に渡り実施しており、公的機関として最大規模となる6000株超の乳酸菌コレクション(NARO乳酸菌コレクション)を保有しています。そこで今回、我が国の強みである発酵技術を支援する乳酸菌データ基盤の構築を目指し、これまでに蓄積してきた各乳酸菌株の情報をデータベース化し、菌株の検索と情報閲覧が可能な「農研機構乳酸菌データベース」を公開しました。URL: https://lacticbacteria.nfri.naro.go.jp/ からどなたでもご覧いただけます。
このデータベースでは、メタデータ(菌種、分離源、遺伝子名など) のキーワード検索と各種特性(ストレス耐性2)、糖資化性3)、豆乳・牛乳発酵性など)による絞り込み検索や検索結果の並び替えに加え、菌株ごとの個別ページではより詳細な情報の閲覧が可能です。
これらの情報を活用することは、新規開発を目指す発酵食品のデザイン業務を効率化し、研究・開発の実現可能性を大きく高め、時間的・経済的コストの低減につながることが期待されます。
本データベースの活用により、分離源、分類、発酵特性、代謝物4)など、利用者の目的に合った乳酸菌を容易に選択することが可能となりました。選抜した乳酸菌株は共同研究や有償分譲による提供形態を想定しており、NARO乳酸菌コレクションを活用した発酵産業の支援・拡大を念頭に、更なるデータ拡充を進める予定です。
関連情報
予算 : 研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)『国産ダイズの用途拡大に向けたフードテック企業等支援基盤の整備』(2023-2025年)
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構食品研究部門 所長髙橋 清也
研究担当者 :
同 食品研究部門 食品加工・素材研究領域
研究領域長木村 啓太郎
グループ長補佐野村 将
主任研究員冨田 理
研究員須志田 浩稔
研究員林田 空
広報担当者 :
同 食品研究部門 研究推進室 渉外チーム長亀谷 宏美
詳細情報
開発の社会的背景
乳酸菌は、幅広い発酵製品に利用される代表的な微生物です。発酵乳(ヨーグルトやチーズ)だけでなく、味噌、醤油、日本酒といった我が国の伝統的な発酵食品の製造においても乳酸菌は重要な役割を担っています。昨今は、発酵食品と発酵微生物の機能性に対する期待の高まりを受け、特に発酵乳製品を中心とした国内需要の拡大が続いています。さらに、日本食の「ヘルシー」「安全・安心」といったイメージは海外での日本食ブームを生み出しており、発酵食品の国外需要拡大(輸出増)も注目されています。また、家畜の健康維持に関する腸内細菌研究等、発酵食品製造以外の分野においても乳酸菌利用に対する期待が高まっています。しかしながら、使用する乳酸菌を新たに選定するためには、①乳酸菌の収集、②発酵特性評価、③各種機能性評価という複数のステップが必要となり、時間・労力・コスト面で大きな負担が生じます。これらは、新たな製品開発におけるボトルネックであり、国内外の需要に応じた発酵産業の発展を目指す上で解決すべき課題となっています。このような背景から、用途に応じた乳酸菌を簡便・迅速に検索できるデータベースと乳酸菌の提供体制を包括した、発酵産業支援プラットフォームの構築が求められています。
研究の経緯
農研機構では、約30年に渡り乳酸菌収集を実施しており、公的機関としては世界最大規模となる6000株超の乳酸菌コレクションを保有しています。このコレクションを効率よく活用してもらうため、2021年よりデータ基盤の構築を開始しました。今回、これまで蓄積してきた乳酸菌の情報を集約したデータベースを構築するとともに、農研機構外の利用者による乳酸菌株の検索・選択にも広く活用可能なWebシステムの公開を目標としました。
研究の内容・意義
- 「乳酸菌データベース」の公開
2024年6月28日に「農研機構 乳酸菌データベース」(URL: https://lacticbacteria.nfri.naro.go.jp/)を公開し、外部利用を開始しました。
このデータベースでは、メタデータ(菌種、分離源、遺伝子名など) のキーワード検索と各種特性(ストレス耐性、糖資化性、豆乳・牛乳発酵性など)による絞り込み検索や検索結果の並び替えに加え、菌株ごとの個別ページではより詳細な情報の閲覧が可能です (図1)。
図1 乳酸菌データベースのトップページ(菌株の検索画面)
- データベース上に格納されている乳酸菌とデータ種別
格納データは随時追加・更新しています。2024年8月末時点では、乳酸菌6106株 (31属189菌種)を収蔵しています。そのうち、約半数が食品由来、残りの半数は農作物・畜産飼料(サイレージ)などの環境サンプル由来となっています。菌株の検索に際しては、食品・非食品の区別、食品の種類・主原材料などを指定した絞り込みに対応しています(図2)。
収蔵株のうち280株については全ゲノム情報を掲載しており、2025年度中に約1000株分まで拡充予定です。ゲノム情報については、遺伝子名やタンパク質機能を文字列で検索できるほか、菌株ごとのページからダウンロードが可能です。これにより、薬剤耐性や機能性判定などの用途に沿った追加の解析にご利用いただけます
各菌株の詳細ページにガス生産性5)、ストレス耐性、糖資化性、牛乳・豆乳発酵性など、発酵食品の製造プロセスで一般に試験される乳酸菌の性質・データを網羅した特性情報を掲載しています。また、発酵食品の味、香り、色調、保健機能性等に関与する乳酸発酵代謝物についても、約3000株について、核磁気共鳴(NMR)法に基づくメタボローム解析(多成分一斉分析)6)により取得した発酵豆乳代謝物情報を格納しています。
これらに加え、抗菌活性やプロバイオティクス特性に関する情報も掲載しており、機能性発酵食品の需要にも対応できるデータベースとなっています。
図2 検索結果(上)、条件指定による絞り込み(下:食品/みそ由来の乳酸菌を絞り込んだ例)
詳細検索では、乳酸菌の由来(食品/非食品)、ゲノム情報の有無、各種の糖資化性、耐塩性、低温増殖性など、多数の条件指定による絞り込みが可能です。
- 乳酸菌データベースの利用方法
本データベースは、乳酸菌の検索、および菌種名・分離源情報の閲覧については利用者登録なしで使用可能です。ただし、全データの閲覧には利用者登録が必要となっておりますので、詳細は本データベースのお問合せサイト(URL: https://lacticbacteria.nfri.naro.go.jp/Contact)よりご確認ください。
本データベースに登録されている乳酸菌株の大多数は非公開であり、知的財産権の取得に活用できる可能性を有しています。また、本データベースの利用を前提とした農研機構との共同研究を実施する場合には、食品製造の実環境を反映したスクリーニングや培養試験など、農研機構の研究者によるサポートを行うことも想定しています。利用者登録に限らず、乳酸菌の利用を検討中の場合にも、上記Webサイトから具体的な相談に応じます。
今後の予定・期待
本データベースの利用により、分離源、分類、発酵特性、代謝物など、利用者の目的に合った乳酸菌を容易に見出すことが可能となります。これは、乳酸菌の選抜に要する時間・コストの低減による製品開発の加速のみならず、付加価値の創出、製造プロセスの安定化による品質改善など、我が国の発酵産業の発展と競争力の向上へ貢献し得るものです。本データベースを利用して農研機構との共同研究を実施することで、利用者は農研機構の支援やフォローアップを受けることも可能です。今後もデータ拡充を進め、「農研機構乳酸菌データベース」を通じて我が国の発酵産業を支援していきます。
用語の解説
- 乳酸菌
- 分類学上の名称ではなく、糖を代謝して多量の乳酸を生産する微生物の総称です。そのほか、細胞形態が球菌または桿菌であり、グラム染色が陽性、カタラーゼ陰性で、一般には運動性がないことなどが乳酸菌の定義として挙げられます。[ポイントへ戻る]
- ストレス耐性
- ここでは生育環境上の負荷(ストレス)に対する乳酸菌の生残性を意味します。本データベースでは、発酵食品の製造・流通過程におけるストレス因子として想定される食塩、亜硝酸、低温(15°C、20°C)について、各乳酸菌株の耐性情報を取得しています。[概要へ戻る]
- 糖資化性
- 乳酸菌等の微生物がブドウ糖、果糖、ショ糖、オリゴ糖などの糖類を利用して増殖する性質です。菌種・菌株によって異なるため、発酵作用に影響します。[概要へ戻る]
- 代謝物
- 酵素反応等の代謝活動により、生物が細胞内外に作り出す化合物の総称です。[概要へ戻る]
- ガス生産性
- さまざまな化合物の代謝変換に伴って気体(主に炭酸ガス)を発生させる特性です。乳酸菌の場合、殺菌不良による包装の膨張などとして観察されることがあります。[研究の内容・意義へ戻る]
- 核磁気共鳴(NMR)法に基づくメタボローム解析(多成分一斉分析)
- 分析機器の一種であるNMR装置を用いて試料中に含有される代謝物(数十~数百成分)を一斉に検出し、その組成の違いと、試料の状態・品質・機能性などとの相関性を統計解析する手法です。[研究の内容・意義へ戻る]
参考資料
林田・冨田、「NARO乳酸菌コレクションの確立に向けたデータ収集とその活用事例」、食品の試験と研究、第58号、P22-24、2023年