プレスリリース
(研究成果) 大規模な低酸素環境で殺虫を実現

- 地球環境に優しい窒素ガス置換殺虫技術 -

情報公開日:2025年6月11日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、窒素ガス置換により、酸素濃度0.1%、温度30°Cの条件を4日間維持することで、貯蔵穀物の害虫を殺虫できる技術を開発しました。本法は、化学くん蒸剤に替わる環境に優しいガス置換殺虫技術として植物検疫1)を含め広範囲に適用できます。特に穀物、乾燥食品原料、香辛料に対して薬剤を使用しない大規模な殺虫に応用が期待されます。

概要

輸入穀物等の植物検疫では、倉庫やサイロでの大規模殺虫にあたり臭化メチルやリン化アルミニウム剤等のくん蒸殺虫剤2)が使用されています。これらの薬剤の使用には、地球環境(オゾン層)の破壊、薬剤抵抗性害虫3)の出現、薬剤の残留に対する課題があります。現在、これらの課題に配慮した新しい大規模殺虫技術の開発が求められており、国際植物防疫条約4)の枠組みではガス置換処理の利用に関する要件が定められています(植物検疫措置に関する国際基準:ISPM No.44)。農研機構は、これまでも低酸素処理を用いた殺虫法の開発に取り組んできました。この度、窒素ガス置換による低酸素環境での殺虫技術を確立し、大規模殺虫を実現しました。

本技術は、大規模低酸素庫に殺虫を要する処理対象物を入れ、窒素ガス置換により酸素濃度0.1%、温度30°Cの条件を4日間維持することで、低酸素による十分な殺虫効果を得ることのできる技術です。殺虫条件の検討には、貯蔵穀物の害虫で低酸素耐性の高いコクゾウムシ5)タバコシバンムシ6)を用いました。なお、大量の処理対象物を処理する際は、殺虫条件(酸素濃度と温度)到達までに期間を要します。また、殺虫条件到達までの期間を含めた殺虫期間は、処理対象物のかさ密度が大きいと長くなり、形状や量によっても異なります。薄荷7)、玄米の殺虫期間は、薄荷50 kg/m3では5日、玄米800 kg/m3では8日を要し、コクゾウムシ、タバコシバンムシともに100%の死亡率を得ました。従来のくん蒸剤での殺虫期間3~7日と比べて大きな差がなく処理することができます。

窒素ガス置換殺虫技術は、オゾン層を破壊しないため、地球環境に優しい技術として、植物検疫を含めた大規模殺虫が可能になります。特に穀物、乾燥食品原料、香辛料に対する殺虫への応用が期待されます。

関連情報

予算:資金提供型共同研究(2024年)、運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構食品研究部門 所長榊原 祥清
研究担当者 :
同 食品流通・安全研究領域 主任研究員宮ノ下 明大
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室亀谷 宏美

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

大量の穀物を海外から輸入する日本では、倉庫やサイロ等を用いた貯穀害虫の大規模な殺虫のために、臭化メチルやリン化アルミニウム剤を用いたくん蒸が行われています。しかし、これら化学くん蒸剤の使用には、地球環境(オゾン層)の破壊、薬剤抵抗性害虫の出現、薬剤の残留に対する課題があります。現在、これらの課題に配慮した新しい大規模殺虫技術の開発が求められており、国際植物防疫条約の枠組みではガス置換処理の利用に関する要件が定められています(植物検疫措置に関する国際基準:ISPM No.44)。

ガス置換処理とは、二酸化炭素(CO2)量の増加(高二酸化炭素)、酸素(O2)量の減少(低酸素または無酸素)またはその両方となるよう空気中のガス濃度を変化させ、殺虫対象となる有害動物を死滅させることです。これまで、ガス置換処理は、窒素ガス置換や脱酸素剤を用いて小規模な空間(容器)や袋包装に利用されてきましたが、倉庫のような大規模な空間を低酸素状態に維持することは困難でした。しかし、近年、気密性を高度に維持できる施工技術の進歩により、大規模空間でも低酸素を維持することが可能になり、大規模低酸素庫の建築による殺虫技術への応用が望まれるようになりました。

そこで、農研機構では窒素ガス置換を用いた低酸素処理の殺虫条件(酸素濃度、処理温度、処理期間)を確立するための研究を開始し、大規模低酸素庫(図1)による殺虫技術を実現しました。

図1 大規模低酸素庫の外観

研究の内容・意義

  • 低酸素殺虫条件の検討
    農研機構では3 Lアクリル容器を用いて、窒素ガス置換により、複数の貯穀害虫を対象としてガス置換殺虫の条件(酸素濃度、処理温度、処理期間)の検討を行いました。酸素濃度0.1-0.6%、処理温度30°Cを維持したところ、コクゾウムシとタバコシバンムシ(図2)は卵が100%死亡するまでの日数が長く、低酸素耐性が高いことが分かりました。これら2種の害虫は、同条件を維持して14日目で両種とも卵が100%死亡しました(図3)。ここでは、低酸素殺虫として効果が期待できる酸素濃度や処理温度の目安を明らかにでき、殺虫対象となる供試虫の種類が選定できました。
    図2 供試虫として用いた低酸素耐性の高い2種類の貯穀害虫
    図3 複数の貯穀害虫の卵に対する低酸素処理による致死日数
  • 殺虫期間の短縮を目的とした低酸素殺虫条件の確立
    殺虫期間の短縮を目的に、3 Lアクリル容器を用いて、選定した低酸素耐性の高いコクゾウムシとタバコシバンムシの成虫と卵を対象とし、窒素ガス置換により、酸素濃度0.1-0.2%、処理温度30°Cを4日間維持することで100%の死亡率を得ました(図4)。低酸素濃度を1日おきに測定し0.1%に修正することで、殺虫期間が短縮できました。
    図4 低酸素処理によるコクゾウムシとタバコシバンムシの成虫と卵の死亡率
  • 小規模低酸素庫における殺虫評価
    窒素ガス置換の規模拡大を目的に、小規模低酸素庫(容量7 m3)を製作設置し、薄荷と玄米内のコクゾウムシとタバコシバンムシの成虫と卵を対象にして規模拡大した殺虫試験を行いました。その結果、酸素濃度0.1%、処理温度30°Cを4日間維持することで100%の死亡率を得ました(表1)。なお、大量の貯蔵穀物を処理する際は、殺虫条件(酸素濃度と温度)到達までの時間を要します。また、殺虫期間は、処理対象物のかさ密度が大きいと長くなり、形状や量によっても異なります。殺虫条件到達までの期間を含めた殺虫期間は、薄荷50 kg/m3では5日、玄米800 kg/m3では8日を要しました(表1)。
    表1 小規模低酸素庫における薄荷と玄米内の貯穀害虫2種の死亡率100%までの日数
    1) 酸素濃度0.1%、温度30°C
  • 大規模低酸素庫における殺虫評価
    大規模低酸素庫(容量210 m3)(図1)を製作設置し、薄荷と玄米内のコクゾウムシとタバコシバンムシの成虫・卵を対象に小規模低酸素庫と同様、窒素ガス置換処理により、酸素濃度0.1%、処理温度30°Cで4日間を維持することで、100%の死亡率を確認し、十分な殺虫効果が示されました。従来のくん蒸剤での殺虫期間3~7日と比べて大きな差がなく処理することができます。
  • 窒素ガス置換による低酸素殺虫処理の手順(図5)
    殺虫を要する貯蔵穀物等の処理対象物を低酸素庫内に持ち込み、①窒素ガス置換により 処理対象物付近の酸素濃度を0.1%まで下げ、②同時に温度を30°Cにします(殺虫前処理)。③この条件を4日間維持します。殺虫条件到達までの期間を含めた殺虫期間は、最短5日間です。なお、殺虫期間は、処理対象物のかさ密度が大きいと長くなり、形状や量によっても異なることに留意が必要です。
    図5 窒素ガス置換による低酸素殺虫処理の手順の模式図
    *低酸素庫内の処理対象物付近が酸素濃度0.1%、温度30°Cに到達するまでの期間

今後の予定・期待

今後、企業と連携し、植物検疫の穀物貯蔵庫等で本技術が導入可能となる予定です。本技術が植物検疫に導入されると、大規模殺虫に用いる従来の化学くん蒸の課題である地球環境(オゾン層)の破壊、薬剤抵抗性害虫の出現、薬剤の残留等に配慮した新しい殺虫技術を提供できます。特に穀物類の米、小麦、トウモロコシ、豆類の大豆等、香辛料といった乾燥した対象物について適用が期待されます。本技術は、植物検疫だけでなく、国内一般の穀物倉庫や乾燥食品の加工施設で適用可能であり、貯蔵穀物や加工食品原料の殺虫に使用できます。また、殺虫を要する貯蔵穀物等の量や殺虫頻度を考慮した小規模低酸素庫を施工することで、施設導入コストを大幅に削減できます。

用語の解説

植物検疫
植物の輸出入に伴い植物の病害虫がその植物に付着して侵入しないように輸出入の時点で検査を行い、検査の結果消毒などの必要な措置をとること。[ポイントへ戻る]
くん蒸殺虫剤
気密性の高いくん蒸庫やガスバリア性の高い天幕の中で、有効成分を気化させて対象物を暴露し殺虫する薬剤。[概要へ戻る]
薬剤抵抗性害虫
特定の薬剤が繰り返して使用されることで、薬剤の効きにくい性質を 持った個体が選抜され繁殖し、通常の薬剤使用濃度では殺虫効果が低下した害虫。 [概要へ戻る]
国際植物防疫条約
植物に有害な病害虫が侵入・まん延することを防止するために、植物検疫措置の調和を図ることを目的とした条約で、185の国と地域が加盟している。植物検疫措置に関する国際基準(ISPM)の策定を行っている。[概要へ戻る]
コクゾウムシ
米、小麦、トウモロコシ等を加害する甲虫で、成虫は茶褐色や黒色で体 長約3.5 mm、象の鼻のように長い口(口吻(こうふん))を持つのが特徴。世界に広く分布する。幼虫は穀粒内部を、成虫も外部から穀粒を食害する。 [概要へ戻る]
タバコシバンムシ
乾燥ハーブ、穀粉、香辛料等を幼虫が加害する。成虫は体長約3 mmで赤褐色をした光沢のある卵型の甲虫である。世界に広く分布する。 [概要へ戻る]
薄荷(ハッカ)
シソ科ハッカ属の植物地上部。本試験に用いたのは乾燥体。[概要へ戻る]

発表論文

宮ノ下ら(2022)低酸素処理における貯穀害虫の成虫と卵の死亡率.都市有害生物管理12: 25-31.
宮ノ下ら(2023)低酸素処理におけるコクゾウムシとタバコシバンムシの成虫と卵の死亡率.都市有害生物管理13: 53-61.
宮ノ下ら(2024)小規模低酸素庫におけるコクゾウムシとタバコシバンムシの成虫と卵の死亡率.都市有害生物管理14: 41-50.