プレスリリース (研究成果) 適切な環境で保存すると、種子の寿命はどのくらい?
- 30年間の保存と発芽試験の結果から、長持ちする種子が判明 -
ポイント
農研機構は、昭和60年から農業上重要な植物の種子等を保存するジーンバンク事業1) を行っています。今回、保存している種子の30年間にわたる発芽試験2) の結果から、主要な50種8万点の種子寿命(保存開始時の発芽率の85%以上を維持できる期間)を推定しました。種子寿命は作物ごとに大きく異なり、10年未満の牧草から約130年のキュウリまでさまざまであることがわかりました。得られた結果は、ジーンバンク事業を始め種子の保存を行う自治体や民間業者、研究者が、長期的な採種計画をたてるのに役立ちます。
概要
植物の種子の発芽能力は、作物の栽培において非常に重要な特性です。保存中に種子の発芽率が落ちやすい(種子寿命が短い)作物や維持しやすい(種子寿命が長い)作物があることが知られており、これまでにも加温等により人為的に種子を老化させて発芽率の変化を調査する研究が行われてきました。
今回、農研機構は、−1
° C、湿度30%という保存に適した環境条件で保存していた種子について、30年間にわたり5年おきに発芽率を直接調べ、その結果から主要な50種8万点の種子寿命を推定しました。その結果、一定以上の発芽率(保存開始時の発芽率の85%以上。おおむね60~85%)を維持できるおおよその期間はダイズで15年、コムギは20年、トマトは30年、ソバは70年、キュウリは130年などと推定されました。
この情報は、ジーンバンク事業において、種子の寿命に合わせて発芽試験の間隔を調整することにより、より効率的、高品質な種子の保存・配布に役立ちます。また、種子の保存を行う自治体や民間業者、研究者が、長期的な採種計画をたてるのに役立ちます。
関連情報
予算:運営費交付金
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構遺伝資源センター センター長 川口 健太郎
詳細情報
開発の社会的背景と経緯
農研機構では、35年前からジーンバンク事業として、農業上重要な遺伝資源の保存を行っています(図1 、2 )。このうち、約19万点の植物遺伝資源が種子として保存されています。種子は、低温・低湿度で保存すれば発芽能力が長持ちすると言われていますが、作物ごとの潜在的な種子寿命、それぞれの種子の採種時の環境や、採種後の処理などにも大きく影響を受けることから、保存中に定期的に実際の発芽率を確認する必要があります。ジーンバンク事業では、種子で保存している遺伝資源について、原則として5年に1度の発芽試験を行い、発芽率が低くなったものについては新しい種子を採種しなおして、常に発芽率が高い遺伝資源を提供できるように努めてきました(図3 、4 )。これまでに得られた発芽試験のデータは主要な50種だけでも約40万件に及びます。
これまでに発表された種子の保存に関する研究では、加温など人為的な加齢処理3) (加速劣化)の手法によって寿命を推定してきましたが、それが実際の長期保存での発芽率の変化と一致するかどうかは不明でした。農研機構では今回、約40万件の発芽試験データをもとに、植物種ごとの保存中の発芽率の変化を明らかにし、その結果から主要な50種8万点の種子寿命を推定しました。
研究の内容・意義
保存に適した状態で長期間保存した植物種子の発芽率を30年間調査し、作物種ごとに発芽率の推移を明らかにしました(図5 、表1 )。30年にわたる実際の種子保存事業で得られた50種8万点ののべ40万件にのぼる発芽率データに基づいた研究は世界で初めてです。
その結果、-1° C、湿度30%の条件で、ダイズの種子はおおよそ15年、コムギは20年、トマトは30年、ソバは70年、キュウリは130年保存できることが分かりました。
今回取りまとめた50種の作物に関する試験結果には、雑穀や日本ではあまり馴染みのない作物のものも含まれており、今後こうした作物の保存や産業上の利用にあたって役立てることができる情報です。
今後の予定・期待
あなたが採種した種子はいつまで発芽する?
このデータは、種苗会社や研究者の採種計画に役立てることができます。種子を発芽率の高い状態で維持するには、適切な栽培管理と採種作業、および保存環境が必要になります。適切な環境であれば15年保存できる作物と、適切な環境でも数年程度しか発芽率を保てない作物とでは、長期的な採種計画が大きく異なります。何度も採種している作物であれば、長持ちしやすさが分かるものもありますが、初めて栽培する作物がどのくらいの寿命を持つのかの目安となります。
寿命の長い品種・遺伝子の利用へ
種苗産業では発芽率の保証された種子の提供が重要です。今回の結果からは、たとえば野生種と育成品種の間で種子の寿命が大きく異なるケースがあることが分かります。また、東アジア原産の在来イネ品種と東南アジア原産の在来イネ品種のように、品種の原産地によって寿命が異なる事例も見られました(図5 )。これらの結果をもとに、高い発芽率の維持が可能な品種の開発に向けた材料の提供が可能になります。
ジーンバンク事業の効率化が可能に
ジーンバンク事業では5年に一度の発芽試験を実施していますが、今回の結果をもとに、寿命の短い種子の再増殖のサイクルを短くすることで、より発芽率の高い種子を提供するとともに、長持ちする作物では発芽試験のサイクルを長くすることで効率的に事業を行うことが可能となります。
本成果は、農業生物資源ジーンバンク事業ウェブサイト にて公開します。
用語の解説
ジーンバンク事業
農業生物資源ジーンバンク事業。農業にとって重要な遺伝資源(植物の種子や動物の生殖細胞、微生物など)を保存し活用するための事業。国内外からさまざまな特性を持つ遺伝資源の収集を続け、現在、植物遺伝資源は芋や果樹を含めて約23万点という世界有数の規模のコレクションとなっています。
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発芽試験
決められた数の種子を湿らせたろ紙等の上に播き、定温器を使用してそれぞれの作物種に適した温度で保温して発芽させ、一定の期間内に発芽した種子の割合を観察します(https://www.gene.affrc.go.jp/?manu_pl_germ )。[ポイントへ戻る]
加齢処理
高温多湿(例:45° C、相対湿度60%)の環境下では種子の老化が著しく加速することが知られています。これを利用して、短期間の実験で種子の寿命を推定する研究が行われてきました。[開発の社会的背景と経緯へ戻る]
発表論文
Thirty-year monitoring and statistical analysis of 50 species’ germinability in genebank medium-term storage suggest specific characteristics in seed longevity
著者:Yamasaki, F., Domon E., Tomooka N., Baba-Kasai A., Nemoto, H. and Ebana, K. Seed Science and Technology, 48(2): 269-287.
DOI: https://doi.org/10.15258/sst.2020.48.2.14
参考図
図1 内部が−1° C、湿度30%に保たれた配布用種子貯蔵庫(茨城県つくば市)
約19万点の種子が保存されています。
図2 配布用種子貯蔵庫で種子保存に使用しているプラスチックボトル
図3 発芽試験の様子
年間約3万点の調査を続けています。
図4 発芽試験の結果
良好な発芽率を維持している保存種子(左、コムギ)と、発芽率が低下してしまった保存種子(右、イネ)。貴重な種子が失われることがないように、適切な間隔でモニタリングを続け、発芽率が低下した保存種子は次年度に採種しなおします。
図5 保存中に定期的に行った発芽調査の結果から算出された種子の発芽能の推移
保存開始時の発芽率の85%(ジーンバンクの国際基準で種子の再増殖が推奨されている目安)を下回った場合に発芽能を失ったと定義し、作物種ごとに算出した生存曲線。牧草の一種であるギニアグラスは8.4年で保存遺伝資源の半数が発芽能を失うのに対して、キュウリではそれまでの期間が127年あると推定されます。また、イネにおいては、原産地によって種子の寿命が大きく異なることが確認できました。
表1 -1° C、湿度30%の環境下における主な作物の推定種子寿命
作物種※ 検査ロット数※※ 推定種子寿命(年)※※※
イネ 28,679 17.2
イネ (東アジア在来) 5,036 14.8
イネ (東南アジア在来) 4,257 24.9
コムギ 20,843 20.5
オオムギ (六条) 6,856 31
アワ 2,880 17.5
ソバ 739 68.1
ソルガム 4,485 25.5
トウモロコシ 3,953 21.2
アズキ 3,094 14
ダイズ 14,247 15.8
キュウリ 835 127.1
トマト 1,063 31.3
ナス 571 36.2
メロン 834 59.3
ギニアグラス 516 8.4
※ 芋や果樹などの栄養体で繁殖させることが一般的な作物種は含まれていません。
※※ ロット: 保存の最小単位。同じ品種であっても、採種年が違えば別のロット番号が割り振られます。
※※※ -1° C、湿度30%の環境下で保存した場合に、初期発芽率の85%を維持できる年数。