プレスリリース
(研究成果) 兵庫県の風土に適した 在来品種「播州白水菜(ばんしゅうしろみずな)」の復活に成功

- 地域の食文化の継承や地域社会の発展に向けて -

情報公開日:2022年6月27日 (月曜日)

農研機構
ファーマーズファクトリー

ポイント

農研機構と農業事業者のファーマーズファクトリーは、兵庫県の在来品種1)「播州白水菜」の復活に成功しました。「播州白水菜」は兵庫県で代々受け継がれてきた水菜品種ですが、近年は栽培されておらず発芽する種子がなかったため、途絶えかけていました。今回の種子の復活により、再び「播州白水菜」が生産可能になりました。本成果は、地域の食文化の継承や地域社会の発展に繋がると期待されます。

概要

兵庫県の水菜の在来品種「播州白水菜」は消失寸前でしたが、農研機構と農業事業者のファーマーズファクトリー(代表:岡野圭佑、兵庫県多可町(たかちょう))は、わずかに残っていた古い「播州白水菜」の種子を発芽させ、「播州白水菜」の新たな種子を得ることに成功しました。

近年、在来品種の保全は日本だけでなく世界中で緊喫の課題と捉えられています。農研機構は、農業生物資源ジーンバンク事業により、日本国内在来品種の収集と保存を進めています。2021年6月に兵庫県における在来品種の保全状況を調査したところ、多可町で受け継がれてきた水菜の在来品種「播州白水菜」が消失寸前であることが明らかとなりました。多可町で兵庫県の在来品種を中心に自家採種と有機栽培での野菜作りを進めている農業事業者のファーマーズファクトリーは、「播州白水菜」を地域に継承するために、10年余り前に採種された種子を用いて栽培を試みました。しかし、残っていた種子は活性が低下しており、畑に播いても発芽しませんでした。

そこで、農研機構とファーマーズファクトリーは「播州白水菜」の古い種子を無菌環境で発芽させることに着手しました。種子が発芽に必要な水分を十分に吸水できるように種子の表面を溶かし、滅菌したあと、植物の成長に必要な栄養素を含んだ寒天培地に播種することで、活性が低下した種子でも発芽できるよう環境を整えました。その結果、およそ50粒の種子を発芽させることに成功しました。その後、成長した苗を土に移植して栽培を続け、新しい種子を採ることができました。本成果は生物多様性の保全だけでなく、「播州白水菜」を後世に残すことで、地域の食文化の継承や地域社会の発展に繋がると期待されます。今後、ファーマーズファクトリーは「播州白水菜」の栽培を続け、販売していく予定です。また、農研機構は「播州白水菜」の種子をジーンバンクで保存します。

関連情報

農研機構「農業生物資源ジーンバンク事業」、農林水産省委託プロジェクト研究「植物遺伝資源の収集・保存・提供の促進」JPJ009843(PGRAsia)

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 遺伝資源研究センター
センター長 熊谷 亨
ファーマーズファクトリー代表 岡野 圭佑
研究担当者 :
農研機構 基盤技術研究本部 遺伝資源研究センター
研究員 有賀 裕剛、主任研究員 高橋 有
広報担当者 :
農研機構 基盤技術研究本部 研究推進室
渉外チーム長 野口 真己

詳細情報

開発の社会的背景

日本国内には特定の地域において栽培が続けられ、その地域の気候や風土に適応した在来品種が数多く存在します。このような在来品種には地域の歴史や文化を伝える媒体として、また新品種開発の素材等(遺伝資源2))としての価値があります。これまで在来品種は農業従事者が代々自家採種を繰り返すことで受け継がれてきました。しかし近年では種苗会社等が販売する画一的な近代品種が一般的になり自家採種の機会が減少したこと、農業従事者が減少したことなどから、在来品種が人知れず姿を消しています。在来品種に限らず、一度完全に失われてしまった植物は二度と戻ってきません。このため日本だけでなく世界的にも在来品種の保全は緊喫の課題と捉えられています。

研究の経緯

農研機構は遺伝資源の収集、保存、配布を行う農業生物資源ジーンバンク事業を1985年から実施しており、日本国内の在来品種の収集・保存を進めています。この一環として2021年6月に、「ひょうごの在来種保存会」の情報に基づいて、兵庫県における在来品種の保全状況の調査を実施しました。その調査において、多可町(図1)に伝わるアブラナ属の水菜の在来品種「播州白水菜」が消失寸前であることが明らかとなりました。「播州白水菜」は70年以上前から同町で栽培が続けられてきたものの、10年余り前から栽培が途絶えており、その姿や特徴を知る人はいませんでした。このような状況の中、多可町の農業事業者のファーマーズファクトリーが、先代が採種した古い「播州白水菜」の種子を保存していました。そこで、農研機構とファーマーズファクトリーは、「播州白水菜」を地域に継承するため、共同で「播州白水菜」の種子の復活と保存に着手しました。

研究の内容・意義

多可町に残っていた「播州白水菜」の種子は少量であり、採種から時間が経過していたため、畑に播いても発芽しませんでした。そこで種子が発芽に必要な水分を十分に吸水できるように種皮を溶解した上で滅菌し、植物の成長に必要な栄養素を含んだ寒天培地に播きました。無菌環境で発芽を誘導した結果、およそ50粒の種子が発芽しました(図2)。その後、寒天培地で生育させた苗をプランターに移植し、温室内にて防虫網で囲って栽培しました。一般的に水菜を開花させるためには冬のような低い気温で一定期間栽培する必要があります。しかし、今回の種子の復活では、時間の経過による種子の更なる劣化を防ぐため、水菜の開花には不適な夏ではありましたが、すぐに栽培を開始しました。迅速に新しい種子を得るために、人工気象器3)を用いて冬に近い低温環境を温室内に再現しました。十分な低温栽培期間を経た「播州白水菜」は開花し、人工授粉によって新しい種子を採ることができました。

多可町では水菜の在来品種「播州青水菜」が栽培されています。今回復活に成功した「播州白水菜」は「播州青水菜」と比較して、鮮やかな黄緑色の葉をもち、分枝4)の数が多く、葉が広く、柔らかいという特徴がありました(図3)。

今後の予定・期待

今後、ファーマーズファクトリーは「播州白水菜」を有機栽培し、販売していく予定です。また、「播州白水菜」の他にも「播州青水菜」など、多可町の在来品種の栽培を続け、地域に継承していきます。在来品種に限らず、一度完全に失われてしまった植物は二度と戻ってきません。そのため、これから先、自然災害などで種子が途絶えることのないように、農研機構は「播州白水菜」の種子をジーンバンク5)で保存します(保存種子ID: JP274393)。

農研機構は、本件のように無菌環境を利用した在来品種の種子の復活に携わるのは初めてですが、今後も都道府県や農業事業者と連携して、在来品種の保全に努めてまいります。

用語の解説

在来品種
近代育種が行われる前からある限られた地域で選抜・栽培されてきた品種。[ポイントへ戻る]
遺伝資源
遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物に由来する素材であって、顕在的または潜在的な価値を有するもの。[開発の社会的背景へ戻る]
人工気象器
温度や湿度、光の強弱や明暗周期などを人為的に制御できる装置。[研究の内容・意義へ戻る]
分枝
茎の枝分かれ。葉に加えて茎を食用とする水菜では分枝の数が重要な形質となる。[研究の内容・意義へ戻る]
ジーンバンク
生物多様性の保全のほか、新品種や医薬品の開発等に活用するため、植物、動物、微生物の遺伝資源を収集し、人工的に管理することで、保存、配布する仕組みまたは施設。
農業生物資源ジーンバンク : https://www.gene.affrc.go.jp/index_j.php[今後の予定・期待へ戻る]

参考図

図1. 「播州白水菜」が栽培されていた兵庫県多可町(黄色)
多可町は兵庫県のほぼ中央に位置し、中国山地(三国岳、千ヶ峰、笠形山、竜ヶ岳、篠ヶ峰など)の山々に囲まれている。ファーマーズファクトリーは、多可町で伝統野菜を中心に有機栽培し、「チヨちゃんの野菜」のブランド名で販売している。
図2. 無菌環境で発芽した「播州白水菜」
植物の成長に必要な栄養素を含んだ寒天培地(滅菌済み)の上に、表面を滅菌した「播州白水菜」の種子を播くことで、発芽させることに成功した。
図3. 復活した「播州白水菜」の苗
左側 : 「播州青水菜」。兵庫県多可町で栽培が続けられている在来品種。
右側 : 「播州白水菜」。今回復活に成功した在来品種。「播州青水菜」と比較して、鮮やかな黄緑色の葉をもつこと、分枝の数が多いこと、葉が広く柔らかいことを特徴とする。